25話 戦闘

「俺は、世界を変える。これはカクメイだよ。まずはこの町を変えるんだ」


 ケンタは大きく高笑いをあげ、天を仰いだ。


 その姿をユーマは唇を噛みしめて見ているしかない、と思っていた。しかし、ミオはものすごい剣幕で、ケンタを睨んでいた。


「もう、我慢できません」


 ユーマが止めようとするのも間に合わず、ミオはケンタに向かって突進していた。


 ケンタはそれに気づくと、少し驚いていたが、ためらいもせずに手を突き出す。

 

 しかし、それとほぼ同時にミオも両手を前に突き出した。


「それは、私には効きませんよ」


 ミオの手に反発板が触れると、消失した。これにはさすがのケンタも驚いたようだ。少しうろたえている。


 ミオは構わず突進を続ける。ケンタは後ろに飛び、反発板で上空へ回避すると、すぐさま反発板を地面に叩きつけて衝撃波を生み出し反撃する。


 粉塵が舞い、ミオは衝撃であとずさった。


 その時、ふとユーマはアリスが研究員に向かって何かを指示しているのが見えた。そのことにケンタは気づいていない。


 さすが、四年間「特超隊」の仕事をしていただけのことはあった。

 ミオは良いところに位置取りしている。太陽を背にして進むことで、反発板がどこにあるか、光の反射で瞬時に判断し、華麗に避けている。ケンタは焦りを見せていた。


 ただ、たとえミオがケンタを抑え込めたとしても、研究員達が何かをして来ないという保証がない。


 先ほどから見て特にあの責任者は信用できなかった。


 ユーマは考えた。自分にできることはないか。この事態を止めることは無理でも、時間稼ぎならば、できる。




 気づけば、アリス達研究員の前に立ちはだかっていた。


「あなたは?」

 アリスは首をかしげる。


「今、あんたらが何をしようとしているかは知らない。でも手を引いてくれないか? ケンタは俺達でどうにかする」


 今出来ることは人間達の動きを止めることだ。ユーマは決意のこもった目でアリスに訴えかける。


 しかし、そんなことで納得するアリスではなかった。

「そんなこと言ったって、あなた達ごときで止められるわけがないでしょう。ほら、あなたの隣にいた彼女」


 アリスが指差すと、ユーマは振り返った。


 ミオはケンタと距離を取っているようだ。防ぎきれなかったのか、額から血が流れている。


 アリスは微笑んだ。

「私達はこれから奥の手を使います。人間だろうと超常人だろうと死に至る毒ガス弾です。あなた達にも被害が及ぶ可能性がありますが、この際致し方ありません」


「な……!」


 ユーマはうつむき、拳を握りしめた。やはり二人だけでは時間稼ぎにもなりはしないのだろうか。アリスはユーマに見向きもしない。


 物質を吸収してしまう「無角」の能力を持っていても、この能力は強すぎるが故に人を必要以上に傷つけてしまう。肝心なところで使えやしないのだ。


「やっぱり俺は何も出来ないのかよ……!」



 ――そのとき。

「何言ってんだ。お前らはよくやった、あとは任せろ」

 ハッと我に返ったように、ユーマは空を見上げる。ケンタも自分の真上から声が聞こえ、驚いたように見上げる。



 声の主はハヤトだった。ハヤトは右腕を身体に引きつけると、ケンタに向かって振り下ろす。


 暴風。


 ケンタの反発板のおかげでこちらには来なかったが、ミオは、ハヤトが放った拳によって巻き起こった突風に少し後ろに飛ばされてしまった。


 ケンタも拳は何とか避けたが、とてつもなく強い突風を受け、二メートル程、後ろに吹き飛ばされた。


 ハヤトは振り下ろした拳を開き、受け身を取ってすぐに起き上がると、よろめくケンタに間髪入れずに再び拳を振り上げた。


「――――――!!」


 拳は触れることなく、ケンタはユーマの方へと吹っ飛ばされた。その拍子に反発板が消失し、ユーマの方にも突風が来て、危うく転びそうになる。


「お前はたしか、この前俺が捕まえたやつだな。懲りずにまた暴れてるのか?」


 ハヤトには余裕があり、平然と構えている。


 ケンタは勢いよく地面に叩きつけられた。さすがに倒れたかと思われたが、よろめきながらも立ち上がった。


「また、お前かよ――!」

 

 顔面を殴打されても、獣のような鋭い目つきをしている。


 後ろでアリスがため息をつき、研究員に指示を出す。

「奥の手は取りやめるわ。彼らが来たのなら、使う必要ないもの」


 へたり込むミオの肩に後ろからつかむ手。ジンだ。隣には心配そうな表情をするエリもいる。


「二人とも、よく耐えたな。助かったぞ」

 ホッと胸を撫で下ろした。



 坂道から上がり切ったところにジン、エリ、ミオ。それからユーマ。皆に挟まれるように中央にケンタがいる。


 ケンタはもう暴れられないと悟ったのか、大きく舌打ちをした。


「まだ眠ったままのやつらがこんなにも……。何でお前らは! こんな差別してくるやつらの味方をするんだ!」


 心では憤りの感情が湧き上がっているのに、なぜか表情は薄笑いを浮かべて、おかしなことになっていた。


 すると、ケンタは振り返り、ユーマを見つめた。

「兄さんもそう思うだろう? こんなところで留まっていないで、俺と一緒に世界を変えないか? 世界を壊して新しいものを作ろう。弟の味方になるのが、兄ってものじゃないのかよ」


 この時、ケンタにはユーマが唯一この中で味方になってくれる、裏切って自分の方に来てくれると思ったのだろう。

 

 今まで弟の心を分かってあげられなかった、その償いをしなければならないのではないかと思ってくれるだろう、とでも考えているのかもしれない。



 気づけば一歩踏み出した。

「確かに、ケンタの言う通りかもしれない」


 アリスが後ろで眉を潜めた一方で、ケンタは明るい顔になった。


「でも」


 目の色が真剣になった。

「この町は俺の第二の故郷、そしてこの人達は仲間だ。それを傷つけるようなやつの味方になる気はない。それが例え弟だとしても、だ」

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