24話 暴走

「何よ、あれ……」


 四つん這いになりながら顔を上げたエリは、息をのんで固まった。ユーマも同じところを見る。


 ちょうど、建物に隠れていて爆発が起こった場所は見えないが、黒い煙の大きな柱が天に向かって立ち上っているのが見える。


 相当大きく炎が上がっているのが簡単に予想できた。


「ミオさん、あそこには何が?」


「あの場所は、ガソリンスタンドです」


 間違いない、ケンタが狙ってやったのだ。ケンタの能力はすべてに反発する板を生成して、空中に浮かしたり、その板の上に人を浮かせたりすることも出来る。上から建物を圧し潰すことだって可能なはずだ。


「急いで消防局に連絡しないと!」

「恐らくもう向かっているでしょう。あれだけ大きな爆音でしたから」


 頭をフル回転させる。火事のことは他に任せるとして、今はケンタを探さなければいけない。遠距離からの操作は恐らく出来ないだろうから、近くにいるはず。


「いた……!」


 振り返ると、エリがそう呟いて、天空を指差した。ミオとユーマは指差す方向を見る。


 あれは、ガソリンスタンドの真上辺りだろうか。地上から二、三百メートル上空に透明の反射板に乗る点、ケンタが見えた。本当に空中にいたのか。


 その時だった。


 ケンタが腕を上げたかと思うと、勢いよく振り降ろした。それと同時に、ケンタの左右にあった他の人達が住む寮がペシャンコになったのだ。


 あっという間に、まるで巨人の大きな足で踏み潰されたかのように、建物が粉々に砕け散った。


 周囲にどよめきが走る。所々で悲鳴も聞こえる。呆然と立ちすくむ者もいた。


 ユーマの目が鋭くなった。


「エリ! すぐにジンさんとハヤトさんをここへ連れて来てくれ! 俺たちだけじゃ対処できない!」


「わかったわ!」


 エリは立ち上がり、寮の方へと再び駆け出した。

 上空にいるケンタを仰ぎ見る。ケンタは歩き出した。迷いもせず、目的の場所へ。


(ケンタはどこへ行こうとしているんだ?)


 そう考えた途端、再び地響きが起きた。後ろに転んで尻餅をついてしまう。また建物がペシャンコにされたのだ。ケンタは町を破壊しながら、進んでいる。


 ケンタはやはりどこかへ向かっているようだ。曲がることなく前へと歩いている。ケンタが一歩ずつ進む度に町が壊れていく。大きな一本道を作っているようだ。


 ケンタが歩く先を見る。先にあるのは鉄の門だ。このまま空中を歩いて逃げるつもりか、でもそれならどうしてここまで町を破壊する。無駄に注目を集めてしまうだけだ。


(考えろ……ケンタが何をしたいんだ、何が目的だ……)



 やはりどこかへ向かっていることに間違いはない。ケンタが歩く先にあるもの。


 その時、行き詰まっていた思考に一閃の光が差し込んだ。


「……ミオさん」


 夢幻町にまだ残っている特超隊の隊員達に、ケンタを止めるよう指示していたミオだったが、やけに落ち着いたユーマの声が耳に入った。


「どうしました、ユーマさん」


 空を見上げながら、頬に冷や汗を垂らして立ち尽くしていた。ユーマのおかしな表情にミオは首を傾げる。


「わかったよ、ミオさん。ケンタの目的が」


 一つあるじゃないか、ケンタの歩く先に目的になるような場所が。


「目的? 彼に目的なんてあるのですか」

「目的は、人間への攻撃だと思います」

 ユーマは指差した。その方向にあるのは、丘の上に立ち鉄の壁に隣接しているあの施設。


「まさか、ケンタ君は研究施設を狙っていると? 確かにあそこには唯一、人間がいますけど」


「あの研究施設は、いわば超常人を差別するような場所ですから……」


 超常人を隔離しているこの夢幻町を破壊し、超常人を差別するような人間はケンタにとって攻撃対象だ。ケンタは差別されない世界を作るのが自らの使命だと言っていた。そのためには何でもしてくる。


「ミオさん、今はケンタを追いましょう。地上に降り立った時が反撃のチャンスです」


 再び、地響き。別のところでも火が上がる。


 ミオもこれを早く止めないと大変なことになると分かっているのだろう。真剣な顔になり、頷いた。


 ユーマとミオは何度も空を見上げながら、ケンタを追いかけた。


 何度となくやってくる地響きのせいで、砂煙や黒い煙の柱が空を舞い、いちいちケンタを確認しないと見失ってしまいそうになる。


 夢幻町に超常人達が慌ただしく駆け回る。騒然としていた。ユーマは砂煙が目に沁みて涙が出て来た。身体中が砂まみれになって、口の中はジャリジャリと砂を噛む音が聞こえる。ミオも似たような状態だった。


 のどかだった田園風景にも建物が崩れ落ちて、惨劇となっている。これを見ると、嵐が通り過ぎた後のような状態だと思うだろう。


 十分程度追いかけたところで、気がついた。ケンタが高度を下げ始めている、どこかへ降りるつもりだ。点のようにしか見えなかったが、段々とケンタがはっきり見えてくる。




 そしてついに、ケンタは地上へ降り立った。ユーマの予想通り、丘の上の研究施設の目の前で。


 ケンタは薄笑いを浮かべる。研究施設の前には、ガスマスクを装着したアリス研究責任者率いる研究員達が銃を持って待ち構えていた。

 アリスはケンタを前にしても微笑んでいる。ガスマスクの裏からくぐもった笑い声が聞こえてくる。


「俺はあんたらと話をしに来たわけだが、ホントにそんなので感染しないのか」


「平気ですよ。これは私達が開発した対負の精神用ガスマスクなので。それにしても、ここまで来るのに随分派手にやりましたね」


 壮観な光景です、とアリスは嬉しそうだった。ケンタはフン、と鼻を鳴らす。気に食わないようだ。


「派手なんかじゃないさ。朝早く起きる時に目覚まし時計を使うだろう。眠った人を覚醒させるための便利な機械だ。それと同じだよ。こんな小さい檻に囲まれ、見たくもないものに目を瞑り眠り続けていたこいつらを、叩き起こしてやっただけに過ぎない」


 ケンタは悪びれることなく、平然と言ってのけた。


「超常人の中でも、あなたは特別おかしいようですね」


「ずっと笑っている、あんたに言われたくない」


 アリスとケンタが会話を交わす中、ようやくユーマとミオが丘を駆け登り、ケンタに追いついた。その時には既に身体はボロボロになっていた。荒くなった呼吸を整える。


「ケンタ!」


 身体の底から叫んだ。しかし、ケンタはユーマとミオを一瞥しただけで、すぐにアリスの方へ向き直った。


「ユーマさん、何してるんですか、早くケンタさんを抑えないと」


「無理ですよ、俺の能力じゃ、捕まえられない。それにもし今抑えても、研究員の人達が撃って来ないとも限りません」


「ですが」

「ジンさんが来るまで待ちましょう。幸いにもケンタはまだ何かを起こそうとしているわけでもないようですし」


 ミオは押し黙った。ケンタとアリスの間に流れる不穏な空気を見ているしかなかった。

 アリスはニコニコと笑い続ける。


「それで、話したいというのは、何でしょうか」


 すると、ケンタは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「いや、もうあんたらと話す必要はなくなった」


「――? どういう意味です?」


「少し話しただけで分かったよ。あんたらは俺をまるでバケモノみたいに見てやがる。そういうのが気に食わねえ」


 表情に獣のような怒りがギラギラと光った。その瞬間、ケンタが手を前に突き出した。


 アリスの髪が風で巻き上がる。

 ゆっくりと横を見ると、反発板と建物に押し潰された研究員達が数人。血を吹いて倒れていた。


 アリスの顔がここにきて初めて笑みが止まる。


「俺には使命がある」


 ケンタは見下すような冷笑を浮かべる。それに怯えきった研究員達が一斉に銃を構えた。今にも撃ちそうな気配だったので、アリスが制止する。


「やめなさい。あいつは先ほどの板を自分の前に作っているわ。撃ったら自滅するだけよ」


 その言葉に慌てて銃を下ろす。ケンタはその時を見計らって、再び手を前に突き出した。

 そして、また一人、また一人と研究員達が潰されていく。


 しかし、アリスはどれだけ仲間が倒れていても平常心であった。


「容赦ないですね」

「俺は、世界を変える。これはカクメイだよ。まずはこの町を変えるんだ」

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