23話 事件の予兆

 ――朝八時。ミオは、料理を選んでいるエリに声をかけた。


「エリさん」

 ミオの顔は少し暗い。


「ミオさんおはよう。どうかした?」


「ユーマさん、新しくケンタ君が仲間に入ってから休むばかりで、ここ三日一度も仕事に来ていませんよ。何か知らないのですか」



「ユーマは……今はそっとしておいてあげて」



「何があったのです?」


「何があったかと言うよりは、ユーマは自分と戦っていると言った方がいいかな……」


 ミオは首を傾げた。

 ユイを守る者としても、ユーマがどういう状態なのか、心配になっているのだ。

 

 三日前、自分の部屋に入り、それから今まで一歩たりとも外に出ていない。エリやミオが食事を部屋まで持っていかないと食事もしない。


 エリに何があったと訊いても、こんな風にごまかすばかりなのだ。


(自分と戦っている)


「エリさん、ついにあのことを話したのですか」


 しかし、エリは微笑むばかりだ。


 あのこと、とはユーマとユイが「幻影の扉」を閉じたあと生きて帰ってこられないということだ。


 初めは二人の力を使って、と柔らかく言うけれど、真実は残酷だ。


 あのことをユーマに話したのなら、部屋から出てこないのも納得だ。おそらく決別した弟との再会とも相まって、相当思い悩んでいるのだろう。


(でもそうなら、あのエリさんがよく言えましたね)


 何かあったのはエリの方かもしれない、そう思った。エリはミオから離れて、料理を選んでいる。




 その時、ミオの前をふとケンタが通った。相変わらず何も見ていないような目をしていた。


 新しくミオ隊の一員になったケンタだが、あまり夢幻町の人達とは関わりたくないというように、受け答えは簡素だった。仕事へ行く時も黙々とミオ達の後ろをついて行くだけ。

 

 ここに来る前は、特超隊との闘いでは大暴れして逃げ続けていたという話を聞いていたので、ここまでおとなしいのは不気味だった。


「運び屋に仕事を変えさせるべきです」


 そう、ミオはジンに直談判したくらいだ。


 しかし、ジンは「そう言うな。ユーマに免じて、許してやれ」となだめるだけだった。

 そう言われてしまえば、言い返せなかった。


 ミオはケンタに微笑みかけた。


「ケンタ君、私達と一緒に食べませんか?」


 ケンタは顔だけ振り返った。



「……遠慮しておきます。今日は一人で食べたい気分なので」


 今日だけじゃなくていつもでは、とミオは思ったのだが、引きつった笑みを浮かべた。


「それなら仕方ないですね」


 もうケンタと話すのはやめよう、ミオは内心思った。私には隊長なんかは向かないのだろうと考えながら、ミオは近くの空いている席につく。



 だからミオは気がつかなかった。ケンタが声にならない嘲笑をし、獲物を狙うような鋭い目つきをしていることに。




 ――ひたすらに虚無の時間を過ごす一方で、皆に迷惑をかけているという罪悪感が日に日に大きくなっていた。


 自分の今の姿がひどく情けなかった。


 あのときの、エリの真剣な表情を思い出す。


「……そうだな。まだ諦めるわけにはいかないよな」


 こんなどん底から未来を切り開こうと言うんだ、簡単に行くわけがない。もう逃げるのは、諦めるのは止めにすると、エリと約束した。


 それに、これ以上ここで引きこもっていたら、ユイが怒ってとんできそうな気がした。


 ユーマやユイには時間がないというのに、ずいぶんと時間をかけてしまった。でもようやく、この部屋からは出られるほどの前進はできるような気持になっていた。


 一つ一つの壁に向き合う時が来たのだ。


 まずはケンタとどうにかして話し合う必要がある。幸いにもケンタはこの町でおとなしくしてくれている。機会はいつでもあるはずだ。


 ベッドから起き上がり、立ち上がった。一瞬、目眩がした。フラフラと歩きながら、久々に時計を見る。

 

 針は十一時を指していた。ジン隊の皆は町を出ているだろう。他の隊の人にジン隊が今どこにいるか聞いてみよう、そう考えた。



 カーテンを開け、日差しに当たって伸びをする。心地良い。

 顔を洗い、歯を磨く。白色のシャツを着て、半袖の紺のパーカーを羽織る。大きなあくびをした時だった。二回、ノックの音がしたのが聞こえた。


 ユーマの部屋の扉だ。扉の向こうから声がした。久々に、聞く声だった。



「今度こそ、本当のサヨナラだ。兄さん」



 耳を疑った。息を呑んで、思わず立ち止まった。しかし、すぐに我に返ると、ドアノブをひねって勢いよく開けた。


「ケンタ!」


 廊下にはいくら探してもケンタはいなかった。幻聴のはずがない。間違いなくケンタの声がした。能力を使って逃げたのだろうか。


(本当のサヨナラだ)


 悪い予感しかなかった。気づけば、ユーマは廊下を駆け出していた。




 ケンタの名を呼び、夢幻町を走っていると、なぜかミオとエリを見つけた。全速力で近づいていくと、二人とも驚いたように目を見張った。


「ユーマ! もう大丈夫なの?」


「ユーマさん! どうしてここに」


 エリもミオも心配してくれていたことに少し嬉しく感じた。


「今は俺のことはどうでもいいんだよ。それより、仕事はどうしたの」


「違いますよ! ケンタさんが……」


 ミオの話によるとこうだ。いつも通り、鉄の門の前で集合することになっていたが、集合時間を過ぎてもケンタが来なかった。

 ケンタの部屋に行っても、もぬけの殻、他の隊の人達に聞いても居場所が分からない。行方不明になったケンタを探しに、今ここにいるのだとか。


 やはり未来は悪い方向へと進んでいるようだ。部屋にいる時、扉の向こう側からケンタの声がしたという話をすると、二人は目を丸くして驚いた。


「ケンタの能力は『反発』だ。もしかしたら空中を飛んで逃げているのかもしれない」


「それは探すのが難しいですね。ケンタさんは何ヶ月も逃げられる力を持っているわけですから、もしかしたらもう町から出た可能性も……」


 ミオは悩む仕草を見せているが、表情は探すのさえ嫌だというようだった。


「そうなってしまったら、ジンさんに報告して掲示板に載せてもらうしかないのですが……」


「何かあったらいけないから、一応ジンさんにもこのことを伝えておくわ」


「はい、そうですね。お願いします」


 そしてエリがジンのいる寮へと走り出した。


 ――その時だった。


 地震のように地面が揺れたのと同時に、少し遠い場所でとてつもなく大きな爆音がして、町全体に鳴り響いた。


 揺れる地面に危うく転びそうになる。エリは四つん這いになって地響きに耐えている。


「何よ、あれ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る