22話 再会

 ユイと別れてから、数十分後、研究施設の中の一本道を通り、鉄の門に着いた。鉄の門には、ミオ、エリ、そしてジンの三人がすでに待っていた。


 ユーマが近づいてくると、ジンがすぐに気づいた。


「おっ、思ったよりも早かったな」


「遅くなってすみません」

 ユーマは軽く頭を下げた。


「気にするな、急に呼んだ俺も悪いからな」

 ジンは大きく口を開けて高笑いする。


「それで、どうしてここに集まったのですか? 仕事という感じでもないようですし」


「それは勿論、隊の新しい仲間がまもなく来るからだよ。おまえ達も早く会いたいだろうと思ってな」


「ええっ」


 ユーマは頓狂な声を上げてしまい、少し顔を赤くする。


 たしかに、この鉄の門にわざわざ集まる理由は、仕事へ行くか、新しい仲間を迎え入れるかだろう。

 ユーマが初めてこの町に来た時も、ジンとミオが待っていてくれたことを思い出していた。


「新しい仲間、一体どんな人なのですか?」


 興味が湧いて思わず訊いてみる。


「それは……もうすぐ来るから、それまでのお楽しみだな」


 ジンはニヤリと笑った。


 十分後。ついにエンジン音が遠方から聞こえて来た。森から新しい仲間を乗せてきた車が抜け出て来た。


 車はユーマ達の前で止まった。ブレーキで砂煙が舞う。そして運び屋が出てくると、仲間の乗る座席の扉を開けた。


 すると、ゆっくりと新しい仲間が降りて姿を現した。


 初めは砂煙のせいで、少し目に砂が入り、それで視界がぼやけたから、人違いだと思っていた。似ているだけだと。


 しかし、そのユーマよりも年下の少年は、間違いなくユーマの知っている人物であった。



「ケンタ……」



 シュンからの連絡により、特超隊にずっと追われていたことは知っていた。

 

 いつかこの町にくるだろうと覚悟していた。けれど、いざ目の前にすると身体が動かなかった。


 車から降りたケンタもユーマの存在に気づくと、同じように息を呑んだまま唖然とし、ただ立ちすくんでいた。


 しばらく沈黙が続いた。舞う砂煙が、長い時間の流れを示していた。


「ジン隊の新しい一員、ケンタ君だ。仲良くやれよ」


 ジンは微笑んだ。ケンタが何者か知らないミオは興味深そうに眺め、ケンタへ近づいていく。

 エリはこのケンタが弟だと思い出したのだろう、ユーマの様子をおそるおそる隣で伺っている。


「ジンさん」

 ジンの方を見ることなく、ケンタを一点に見つめながら、呟いた。


「知っていて、こんなことしたのですよね」


「こんなことって。むしろ私の心意気に感謝して欲しいね。君らが兄弟だと先ほど知って無理やり変更させて特超隊に入れたのだから」


 当然、ジンはユーマとケンタがあんな別れ方をしったのは知らないわけだ。こちらは気まずくて仕方ないというのに。


 ミオは、兄弟というワードを聞いて、二人が不穏な雰囲気を醸し出しているのに気付いたのか、一歩あとずさった。


「ケンタは今日来たばかりだから、仕事はなし。三人はケンタに町の案内をしてあげてくれ」


 まだ、頭の中で整理ができていない状況でケンタと行動しろというのか。

 了解といえず、思わず身体が固まる。


 ユーマの後ろでミオは明らかに嫌そうな顔を一瞬したが、すぐに真顔に戻り、ユーマの強張った顔を一瞥すると、仕方ないな、という顔をした。


「ジンさん。ユーマさんとエリさんはこれから用事があるそうなので、私が案内しますね」


「そうなのか、わかった」


 なんて気の利く人なのだろうと、ユーマは心の中で感謝する。


 ミオはケンタに「ついてきて下さい」と微笑む。


 ケンタは歩き出したミオに黙ったまま後を着いて行く。その時、ミオはジンに頭を下げ、ユーマとジンの間を通っていった。


 ユーマとケンタ。久々に正面で向かい合った。


 ケンタは前よりもどこか大人びた表情をしていた。そしてなぜか、あちこちに包帯を巻いていた。保護されるときに怪我をしたのだろうか。


 ユーマは何か言おうとしたが喉を詰まらせる。

 

 一呼吸。やっとのことで口を開く。


「ひ、久しぶりだな、ケンタ……」


 手袋をした左手を上げ、何とかケンタに声をかけた。

 しかし、左腕の刺青を一瞥しただけで、まるでユーマを他人のように素知らぬ顔で横を通っていった。思わず顔が引きつる。


 なんて冷たい目をしているんだ。


 遠のく記憶の中、鉄の門が閉じる鈍い音がやけに大きく頭の中に響いた。まるでユーマとケンタの間に大きく壁が立ちふさがったようだった。


「大丈夫か、ユーマ。悪いが俺もすぐに会議があるのでな、先に行くぞ」


 ジンはエリとユーマを残し、先に鉄の門の中へ入っていった。再びあの鈍い音。


 ユーマとエリも少ししてから鉄の門を通り、寮に戻る。道中、二人は会話を交わすことなく、無言で歩いた。


 バスで話して以降、正直ユーマはエリと何を話せば良いかわからなくなってしまっていた。



 寮に着いたとき、エリがようやく口を開く。


「ユーマ、ごめんね」


 はっ、とエリの方を見ると後悔しているように項垂れて肩を落としていた。


「なんで、エリが謝るんだよ」


「だってこの間の話、ケンタが来るタイミングで言うべきじゃなかったと思って。私って間の悪い人間なのよね」


 悲しそうに言った。悲しい感情がユーマにも染み込んでくる。


「エリは何も悪くないよ、責めるようなことじゃない。でも、ごめん。少しの間、一人で考えたいから……仕事を休んで迷惑かけるかもしれない」


 そう言うと、ユーマはエリをおいて先に寮の中へ入っていった。背後で、きっとエリは寂しい顔をしているのだろうと容易に想像できる。


 でも、今は誰かに優しくできる気分でもなかった。



 そしてユーマは、そのまま誰とも会話することなく自分の部屋に閉じこもった。



 壁、壁、壁。どうしてこうも、自分には災難しかやってこないのか。



 理不尽だ、心の中で叫ぶ。こんなの、一人でどうにかできる問題じゃない。


 もう何もかも止めてしまいたい気持ちと、それでもどうにかしないといけなんだという気持ちが、頭の中で混ざり合う。一体何でこんなことになったんだろう。


 ユーマの額には自然と汗がにじみ出てくる。思考が滅茶苦茶に絡み合い、自分でもわけが分からなくなってきた。


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