21話 折り合い

「特超隊」代表として、ジンとハヤトは研究施設に入る。丘を登り、外に設置されたエレベーターに乗り、二階にあるのが研究施設だ。


 ジンとハヤトは会議室へ向かう。ハヤトがこの会議に出席するのは、数年振りだ。

会議で暴動を起こし、特超隊の代表として会議に出席していいのはジンだけになってしまった。そして今、緊急会議ということで、久しぶりに出席することになったのだ。



 会議室の扉を開ける。既に他の代表者達が全員席に着いていた。そして、全員がハヤトの姿を見て、目を見張った。


「なぜ貴様がここに」


「今回は特超隊に関わる重要なことだからな、言いたいことが山ほどあるんだよ」


 ハヤトの冷たいその言葉で、代表者たちに戦慄が走る。いつものハヤトとは違う、冷静には見えても内なる炎がうねっている。


「安心して下さい。ハヤトがまた暴れ出したりしたら、私が止めるので」


 ジンは微笑む。ジンのことは信用しているのか、安堵するように吐息を洩らした。



「それでは、早速始めましょうか。研究責任者のアリスさん、今回の事件について説明をお願いします」


 司会を務める医療班の代表が呼んだ、アリスという人はこの夢幻町にいる唯一の人間だ。本名かどうかは不明。超常人を研究する研究者の代表責任者である。


 勿論人間だから、感染しないように会議室に設置されたモニターの画面に映し出され、別の場所から会議に出席している。


 画面には白い壁が映されていたが、やがて白衣を着た女性が現れた。白い仮面をつけ、顔を隠している。


 席に着くアリスの表情はわからない。ハヤトは彼女が嫌いだった。



「事故の状況を報告させて頂きます。『特超隊』の隊員一名が、先日、逃走中の超常人を追っている途中、戦闘になってしまい、それを一般人が発見。すぐに警察に通報され、特殊部隊によって隊員と逃走中の超常人の二人が銃撃されました。深夜三時半頃の出来事です。結果は超常人の二人が重傷、民間人に怪我人はいないとのことです」


 アリスは報告書を、息をつく暇もなく読み上げた。

 とても淡々としていて、代表者達の表情は自然と暗くなっていた。アリスは平然と読み終えると顔を上げ、誰かが口を開くのをただ待っていた。



 初めに口を開いたのはジンだった。


「隊員は、一命は取り留めましたが、今もまだ昏睡状態が続いているとのことです。一方で逃走中の超常人は負傷しながらもその後すぐにまた逃走してその場を離れましたが、その後にハヤトが保護に成功し、医療班による治療をした後、現在は幻陰町に移動中です」


 代表者たちは安堵したように、胸をなでおろす。


「もちろん特超隊の全員は、人間に私達が超常人を追っていることを知られては絶対いけない、と教育してきました。しかし、戦闘になってしまえば、実際にそんなマニュアル通りにはいきません。それに政府からは、そういったことに関してこれまで何も言われてきませんでした。それよりも『超常人を差別してはいけない』と上辺だけをいつも言っています」


 ジンの言葉には威圧感があった。器の大きいジンでも、この深刻な事態には堪忍袋の緒が切れてしまっているようだ。



「警察の対処に問題があるとでも?」


 画面越しだからジンの威圧は感じないのだろうか、アリスは微笑んだままだった。

 ハヤトは眉をひそめた。


「問題しかないだろ、明らかにやりすぎだ。味方である隊員まで撃つなんておかしな話だろうが」


「それこそ、マニュアル通りにはいかなかったのでしょう。それに、例え無惨にも射殺してしまったとして超常人相手ですから、世間に批判されることはありません。だから、問題ないのです」


 ハヤトは目を鋭くさせ、殺気を放ち、睨みつける。


「理由になってない」


「そうでしょうか。事実、対処した警察は素晴らしい判断であったと、むしろ世間から賞賛されていますよ。しかも今までもこんなような事故は、何十件と起こっているではないですか。今さらいったい何を怒っているんですか?」


 アリスは再び微笑む。夢幻町の代表者たちは心に溜まる怒りを抑え、拳を握りしめて必死に耐えている。そして何て無力なんだろう、と嘆く。


「これだから嫌いなんだ。醜い。目も当てられない程に」


「そうかもしれませんね。でも、あなた達超常人だけには言われたくありません。あなたのセリフ、そのままお返しします」


 その言葉に、代表者たちの表情がこわばる。


 ――しかし、ハヤトは他の人とは違い、怒りを抑える程の理性を持ち合わせていなかった。


 気づけば、ハヤトの席の前のテーブルは粉々に吹き飛んでいた。一瞬のことだった。周囲にどよめきが起きる。


「ハヤト! よせ!」

 ジンは立ち上がった。


「これは凄いですね」


 アリスはけらけらと笑う。ハヤトは目を血走らせていた。


「今すぐにでも、あんたのところへ行って、粉々にしてやろうか?」

「やれるものなら、やってみて下さい」


 それからしばらくの間、アリスとハヤトの睨み合いが続いた。いや、睨んでいるのはハヤトだけであるが。ジンはすぐに能力を発動できるように構えた。


 しかし、ジンよりも早く、ハヤトは動き出した。


 ジンが能力を使った時にはすでに、液晶画面は粉砕されアリスの姿は消えた。


 重力を倍にされたハヤトは耐えられずにしゃがみ込む。けれど、それ以上暴れるようなことはなく、一言だけつぶやいた。



「胸くそ悪い」




――エリと話してから数日経つが、未だにユーマは自分の中で消化しきれないでいた。

仙樹の陰の下、ユーマは腕で顔を覆って寝転んでいる。時折吹く風が心地良かった。


「死ぬ、か」


 試しに口に出してみると、途端に胸が苦しくなってもがいた。顔を上げ、深呼吸をする。頭のネジが飛びそうな気分で、頭痛がした。

 仰向けになって倒れた。「幻影の扉」のことを考えようとすると、それを脳が拒絶するように、頭の中でガンガンと音がした。


ユーマの生きる時間は、リミット=余命だ。そしてそれは二か月もないと、少し前にゲンジが言っていた。どうせ死ぬんなら、使命を果たす義務ってあるのかという考えが過る。

 

 そもそもエリたち一族の頼みを受け入れたのは、使命が終わったらケンタやユイとまた昔の日常に戻れるかも、と思ったからだ。それが叶わないのならいっそ――


(壊してしまえ)


 ユーマは頭をふった。どうしても心が悪い方へと傾いてしまう。


「いつまでしょげてんの、そろそろ元気出したら」

 ユイがコーラの缶を二つ持って声をかけてきた。一つをユーマに手渡す。缶はひんやりと冷たかった。


「ありがとう」

「どういたしまして」

 ぷしゅっ、と音を立てて缶をあけ、一気に喉に流し込む。爽快感がたまらなかった。


「…………ユイはもちろん知ってたんだよな」


ユイはユーマの横に腰を下ろした。


「ミオと初めて会ったときに、全部説明されたよ」 

「もう自分の中で折り合いは、ついているのか?」


「そう、ね。私はある目的を達成できたら、もう後悔はないつもりだから」


「ある目的?」


「それは、また今度話すよ。今はまだその時じゃない」


 何だか含みのある言い方で、ユーマは怪訝な顔をする。ユイはコーラを飲み、わざと無視しているみたいだった。


「とにかく、ユーマはさっさと立ち直ることね。誰かの命と引き換えに世界を救える状況で、その『誰か』が、私たちになった……まあ、仕方のないことだよ。諦めるしかない」


 ユーマは黙り、コーラの缶を見つめる。


(エリは……俺が生きて帰れる道を、探すつもりだ)


「死ぬ以外の道はないのかな。実は先代の『無角』はこっそり幽世から帰って来てたとか……」


「生きて『幻影の扉』の向こうから帰ってきた情報も、死体が出てきた情報もない。『幽世』に身体ごと何千年も取り残されてる……そうとしか考えられないわ」


「なんだか……ユイは別に、死んでも良いみたいだな」


 呆れた、というように首を横に振った。


「むりやり希望を持っても仕方ないってこと。特定の誰かが理不尽な目に合うことなんて、この世界にはザラにあることでしょ」

「達観しすぎじゃない?」

「そうやって考えた方が楽だし、それを前提に考えたら折り合いもつけやすいと私は思う」


 ユーマはあまり納得できないと、小さくうなる。それにしても、意外だった。ユイがこんなにも簡単に諦めてしまうなんて――



 そのとき、ユーマの携帯電話が震え出した。相手はジンだった。


「今から鉄の門に集合できるか?」


寮にいるのだろう、奥の方で騒がしい声がする。


「了解です。今、仙樹のところにいるので、少し時間がかかると思います」

「わかった、待ってるよ」


 電話を切ると、ユーマは一気にコーラを飲み干して、立ち上がった。


「呼ばれたから、いってくるよ。コーラごちそうさま」

「そう、じゃあね」と言って、ユイはこちらに手を振る。


 ユーマも手を振り返す。そして、急いで坂を駆け下りた。仙樹の陰から出ると、太陽が容赦なく照りつけ途端に暑さが襲ってきた。



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