19話 一つの疑問

 ミオは特超隊としての用事があるといって、途中で分かれた。ユーマはそのままの足で屋敷に戻ると、相変わらず、ユイが本を散らかしていた。


「昔からユイは片付けないよな」


「いちいち閉まっているとまた取り出すときに面倒なんだもん。どこに何があるかはわかってるしー」


「でも片付けておかないと、またゲンジさんに怒られるよ」

 奥の方で座って本を読んでいるエリが冷やかす。ユイはそれを聞いて明らかに嫌そうな顔をした。

 散らばっていた本を少しだけ、素直に本棚にしまう。




「そういえば、この前幽鬼に襲われたんだって?」

 ユイは話題を変えた。


「……うん、なぜだか俺とエリを狙っているみたいだった」


 ユーマは深刻な顔つきになる。結局、どうして狙われていたのかはわからずじまいだった。あれ以降、外に出ても幽鬼に襲われるということはなく、「無角」と知られたから襲われたというわけでもなさそうだった。


「まあ、そんな気にすることじゃないよ」


 ユイはあっさり言ってのけた。


「そうなのか?」

「新しく夢幻町に入ってきた人はよく襲われてるよ。『無角』なのかどうか探るためだろうね」


 そういうことだったのか、とユーマは少しほっとした。


「でも、もし今度襲われたときはユーマが倒さないとね。ミオと特訓してるんでしょ?」


「うん、さっきも森に行って幽鬼と戦ってきた」

 得意げにユーマは言う。


「なっ」


 初耳だというようにエリは驚いた声を上げた。


「そんな危ないことをして……って、怪我してるじゃない! 大丈夫なの?」


 ユーマは絆創膏が貼られた頬をさする。


「エリは心配性だなあ。ただのかすり傷だし、平気だよ。幽鬼も上手く倒せたし、なんだか調子良いみたい」


 幽鬼三人を相手に一切遅れをとらなかったことで、自分の中でかなり自信がついていたユーマは、鼻を高くして言った。


「大丈夫なら、良いのだけど……」


「ユーマは良いなー。私は鍛えるか本を読むかくらいしか出来ないし、かといってここの本もあまり私には必要ないし」


 幽鬼に身元がバレてしまって、身動きが取れないユイは羨ましそうに言った。


「そうなのか?」


「幽鬼についての本がほとんどかな。あとは無駄に歴史の本が多いね」


「歴史って『無角』のことか? 俺は結構気になるけど。教えてくれよ」



「…………そんな面白い話でもないよ。私とユーマの力の起源は、はるか昔、幽世にいる主宰神が『幻影の扉』から、幽鬼や妖怪を使って現世の人間を大量に呪い殺してしまって、それに困った天上の神がそれを防ぐために人間に力を授けたのが始まりとか。それがやがて『幻影の扉』を閉じる役目も負うようになったんだって」



「じゃあ、今もその幽世の神様が扉を開けているってことなのかな。迷惑な神だ」


「ただの昔話でしょ……神とかいないって。何にしても、歴史を知ったところで今の私達には関係ないから、意味はないかなって感じね」


「たしかになあ。じゃあ、『幻影の扉』に入ってからのこととか、幽世がどんなところかを書いている本はないのか?」


「そんな本があったら苦労しないって。千年よりも昔なんて、誰が書いたかわからないし、信憑性がないものばっかり」


「千年前の『無角』が記述した本とかもないのか? ゲンジさんなら持っていそうだけど」



 ユイが眉を寄せてひどく呆れた表情をした。



「そんなの、どうやって書くの」



「…………? 経験したんだから、俺だったら後世に伝えるために書くけど。そんなにおかしいことか?」


 ユイはため息をつく。どこか、怒りを含んでいた。


「それは、ちょっと笑えない冗談だと思うよ、ユーマ」


 ユーマは怪訝な顔をした。ユイの言っている意味がわからなかった。



「ユイちゃん」

 そこで、エリが割り込んできた。


「ユーマに悪気はないの。だから、許してあげて?」


「エリさんが何かしたの? 私が言うならまだしも、そうじゃなきゃユーマはこんなこと言ったりしない」


 エリはいつもとは違って、おどおどして、肩身が狭そうだった。


「私が、言っていないのが悪いの」


「………まさか」

 ユイが何かを察したように口をつぐむ。こんなことが前にもあったと、ユーマは思い出した。



「前に、ゲンジさんが言いかけたことと、関係があるのか?」


 エリは俯き、黙ったままだった。


「なあ、エリは俺のことを信じていないのかもしれないけど……」


「信じていないわけじゃないわ! ユーマの成長している姿を見て、尊敬してる。でもだからこそ折れてしまって立ち上がれなくなるんじゃないかって、心配なの。私では……支えられる自信がない」



「それでも、俺はエリに隠し事はして欲しくないよ……パートナーなんだからさ」



 このときユーマは自信がついていたせいか、気が大きくなっていた。



「私も同意見」

 ユイが真剣な顔で言った。



「信頼関係を築くのであれば、それは隠すべきじゃないよ。それに、ユーマ自身のことをエリさんが勝手に隠してしまうなんて、例え親であってもしてはいけないことだと思う」



 エリは肩を強張らせて、泣かないように我慢しているみたいに見えた。




 やがて、ゆっくりと深呼吸をして、立ち上がった。

「…………わかったわ。ユーマ、話したいことがあるから私についてきてくれない?」


 ユーマはしっかりとうなずいた。

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