18話 失っていく感情
二週間後。強い日差しの中、夢幻町では戦いの準備が進められていた。
洞窟にある「幻影の扉」を閉じることができるのは「無角」であるユーマとユイ。
そしてそれを知るのはエリやミオを含めた一族の者達のみ。
だが、それらの人数だけで、扉を閉じるという使命がありつつ、さらに扉から襲ってくる幽鬼を全て対処できるわけはもちろんなく、夢幻町に住む超常人にも戦ってもらうしかない。
「ホントにあんなところからバケモノが出てくるのかなあ」
「超常人の死者が復活して出てくるらしい」
「昔から森の奥には行くなとは言われていたが、まさかそんな恐ろしいものがあるとはねえ」
特超隊の人たちがひそひそと話しているのが、聞こえてくる。
現在、森を囲むようにして堤防の建設が行われている。もちろん、「幻影の扉」から来る幽鬼の動きを少しでも止めるためだ。
特超隊にはゲンジによって、森の洞窟から夥しい数の幽鬼が攻めてくるという情報が伝えられている。
ただ、そこから超常人の死者が出てくる、という突飛な話が簡単に信用されるはずもなく、戦うための作業は行っているものの、みんなどこか他人事のようだった。
皆が働いているのを横目に、ユーマは仙樹への道を駆け上る。屋敷に着くと、外ではミオが待っていた。
「今日は森へ行こうと思います」
ユーマはあんぐりと口をあけた。
「えっと、森って確か立ち入り禁止ですよね? 大丈夫なんですか」
「あそこが立ち入り禁止なのは幽鬼がうろうろしているから、ゲンジさんが普通の超常人には危険だから入れないようにしたんです。でも、私たちはむしろ戦わなければなりません」
ユーマは何だか嫌な予感がした。
「まさか、幽鬼と戦いに行くんですか」
「この間の四人の幽鬼くらいで、怯えてもらっては困りますからね。対人戦は様になってきたので、実践と行きましょう」
「…………ミオさんって意外と厳しいですよね」
「時間がないですからね。習うより慣れろ、です」
いつもとは逆方向の坂を下りて、森へと入っていく。トンテンカン、と堤防を建てる音がどんどん遠くなってゆき、心細い。
むせかえるような草の中をかき分けて進むと、昼間だというのにだんだんとあたりは薄暗くなってきて、鬱屈した気持ちになる。
「止まってください」
小さい声で、ミオが呼び止める。
「あそこに幽鬼がいるのが見えますか?」
たしかに、少し離れたところに、三人の幽鬼がたむろしていた。
「最近、森の外縁に住みついたらしく、仙樹から監視してもたまに見つけられるくらいです。危険なのでここで倒しましょう」
「三人を俺一人で、ですか? 本気で言ってるんですかそれ」
「何事も初めから無理と言わずに、やってみることが一番大事だと私は思いますが」
「…………わかりました」
ユーマは生唾を飲み込んだ。深く息を吐き、覚悟を決める。
ユーマは左手の五芒星で自分の前にある草木を音もなく排除し、気づかれないように幽鬼に近づく。心臓の音がうるさい。
改めて幽鬼を見る。外見からすれば、三本のツノ以外は超常人同様、人間と何ら変わりはなかった。でも、森に住む幽鬼はより野性的な側面が強く、ユーマとユイを見つけ次第、なりふり構わず喰おうとしてくる。そう考えると、おぞましかった。
(壊してしまえ)
ふと、幻影のユーマの言葉が頭を過った。
飛びつけば、触れられる圏内。ユーマは近くの小石を拾うと、反対側に投げた。
ガサッと、無機質な草の揺れる音がなる。
「誰かいるのか!!」
幽鬼が声を荒らげる。気を引くには十分だった。幽鬼の一人が小石の方へ向かい、距離があく。
幽鬼は、死んでいる存在ゆえに、どれだけ攻撃しようと、気絶はしても死ぬことはない。唯一幽鬼を消す方法はユーマの左手だった。
勢いよく飛び出し、幽鬼を一人暗殺する。
さっきまでいたはずの空間に何もなくなり、代わりにユーマが迎撃しようと構えている。他の幽鬼は、状況が理解できていない。
ユーマはすかさず左手を伸ばし、となりにいた幽鬼の身体に触れようとする――その寸前に、幽鬼の腕が頬を掠めた。
頬に血が伝う。横目に刃のように鋭くなった幽鬼の腕が映った。しかし、関係ない。ユーマはもう一歩踏み込んで、幽鬼の身体に触れた。
幽鬼の身体が、吸い込まれ、消失する。
初めからそこにはいなかったように。
我ながら、残酷な力だなとユーマは思う。命の価値を、見失ってしまいそうだ。
感情が、消えてしまいそうだ。
「何者だ、お前!」
「名乗る意味、ないよ」
瞳孔の開いた目で、ユーマは冷たく言い放った。
「はっ、そうかよ」
幽鬼が腕に力をこめると、その腕は段々と風船のように膨らみ、身体くらいの大きさになった。木々がきしみ、折れる音がする。
「ウォォォォォォォォォ――――――!」
幽鬼は振りかぶると、雄たけびを上げ、ユーマに向かって突進してくる。そして、巨大になった拳を振りかざした。それに合わせて、ユーマは左手を突き出す。
一対一になった時点で、ユーマが勝つことは決定していた。
幽鬼の拳がユーマの左手に触れると、不気味な音を立てて、螺旋を描くように吸い込まれていった。
一瞬にして、森は静寂に包まれる。
「はあ……」
ユーマは胸をなでおろし、糸が切れたようにその場に座り込んだ。
「お疲れさまです、ユーマさん。本当は、能力を使わずに気絶させるくらいして欲しかったですが、及第点って感じですかね」
「ミオさんは厳しすぎですよ……」
「そもそもユーマさんの力は強すぎですから、そのくらいハンデがある方が特訓になると思います。でも、今日のところはこのあたりで終わりましょうか」
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