17話 襲撃

 そのときだった。エリの顔が急に険しくなる。


「そこに隠れているのは、誰」


 まったく気がつかなかったユーマは、あたりを見回した。すると、ぞろぞろと、見知らぬ男たちが顔を木の陰から覗かせた。数は四人。


 その男たちの頭にはツノが生えていたのだが、問題はその数だった。 

「エリ、これって」

 もしかして、と続けようとした時、急にエリが近づいてくると耳元で囁いた。


「わかってる。でもジンさんがいるから、今は珍しい超常人ってことで話を合わせて。一族しか知らないことだからね」

 こくん、と頷いた。ジンは男たちの動向に集中して、こちらを気にもしていない。

 男たちを見た。頭の左右に黒いツノが一本ずつ生えている。そして頭頂部にもう一本、全部で三本のツノが生えている。


(間違いない。こいつらは超常人なんかじゃない。幽鬼だ)


 四人とも全員が幽鬼――ユーマはぞっとした。


「さすがにこれは予想外ですね」

 ミオの声はそれでも冷静だった。


 一人の男が、ニヤッと笑うと、ユーマとエリを指差して言った。


「その二人を差し出すなら、女、お前の命は見逃してやる」


 冷汗が流れる。ユーマが「無角」だとバレている? となりでエリも青ざめている。

「……私たちと戦うのであれば、相当な覚悟が必要ですよ?」


 ミオが今までにないくらいに、冷酷な表情になっている。しかし、この状況をミオはどうするつもりなのだろうか。

 ジンは先ほど捕まえた男を抑えておくだけで精一杯だろうし、三人で幽鬼を倒せるのか、ユーマは不安で仕方なかった。


「お前らだけで俺らに勝てるかな? 状況はこっちが有利だと思うが」

「一つ言わせていただきますが……私たちが『瞬間移動』の彼を追って森に入ったころから、あなた達が私達の後をつけていたことくらいわかっていました。ですので、助っ人を呼ばせていただきました」


 男たちは意味が分からず眉をひそめた。




 その瞬間。


 風を切り裂き、何かが降ってくる音。見上げると、大きな物体が高速でこちらへ向かってきていた。


「なんだあれは!」


 幽鬼が呆気にとられていると、それは勢いよく大きな音を立て、地面に墜落するように着地した。


 ユーマが身体を震わせ、驚きを隠せないでいると、砂塵の中から人の姿が現れた。


 金髪に鋭い目、そして猫背に尖った八重歯。灰色のパーカーを着ているその男は気怠そうに、しかし睨むような目つきでミオを見た。


「……こいつらをぶっ飛ばせばいいのか? ミオ」


「はい、お願いしますね、ハヤトさん」


 ミオはユーマとエリの方を見ると安心したようにかすかに笑みを浮かべた。

「あとはこの人に任せれば大丈夫です。私たちは邪魔にならないように、下がっていましょう」


 ユーマとエリが呆然としていると、その声が聞こえたのか、幽鬼のうちの一人が馬鹿にしたように鼻で笑った。


「俺ら相手に一人で戦うだと? 随分と自分を高く評価しているようだな」

「うるせえよ、モブ風情が。さっさとかかってこい」


 ハヤトはただ、気怠そうにそう言った。幽鬼の顔からはもう、笑みが消えていた。


 刹那。


 一人の幽鬼が殺意を纏って、ハヤトに飛びかかる。明らかにハヤトの首を狙っていた。しかし、ハヤトは一歩も動かない。ただその様子を横目で眺めていた。


「危ない!」


 エリが思わず叫んでしまっていた。けれど。

 気がつけば倒れていたのは、幽鬼の方だった。ハヤトの首に触れる寸前、何かに吹っ飛ばされたかのように、後ろへと反転しながら転がったのだった。

 倒された幽鬼は気絶しているようで、起き上がる気配がない。


「な…………!」


 他の幽鬼達の顔が一気に険しくなる。

 

 しかし、それよりも早く、ハヤトは地面を蹴り、人間の跳躍力を優に超え、三メートルほどの高さまで飛び上がると、幽鬼達の後ろ側を取った。


 幽鬼が振り返るころにはすでに遅く、ハヤトは距離を一気に詰めると、手を広げて二人の幽鬼の顔を覆い、凄まじいスピードで地面に叩きつけた。


 砂塵が舞う。ハヤトは残った最後の敵に標準を合わせ、攻撃しようとしたが――


 この一瞬の状況の変化に、そしてハヤトの強さに怯えたのか、幽鬼はガタガタと震えると、地面に膝をついて倒れこんだ。


「張り合いがねえなあ」


 ハヤトはつまらなさそうにため息をつく。人数の多い相手と戦って、それなのにまだ余裕があるようだった。


 ハヤトたしか特超隊の幹部の一人だったと、ユーマは思い出し、その強さに少し納得してしまう。


「助かりました。ありがとうございます、ハヤトさん」


「弱すぎてつまんなかったが……まあ、ストレス解消にはなったか」


「それは良かったな、ハヤト」

 ジンの顔には笑みが浮かんでいたが、言葉にはどこか怒気を帯びていた。


「ハヤト、お前はやりすぎるから外に出るのは禁止って言ったよな?」


 げ、という声を漏らし、ハヤトは顔を歪ませた。

「おい、ミオ……ジンはいないって言ったよな!」


「……もし言ったら絶対来ないと思ったので。でも、ジンさん。今回は私が必要だと思って呼んだので、ハヤトさんは悪くありませんよ。実際、私達だけで戦うのは厳しかったと思います」


 ジンは呆れたのか、それとも諦めたのか、少しため息をついた。

「わかったよ。ミオに免じて、これ以上言うことはやめにしよう。あと少しで別の隊も到着するだろうから、それまでは待機だ」




 数十分後。他の隊員も到着し、倒れていた幽鬼の四人は急いで医療班に引き渡された。ユーマはただそれを見て、恐怖に打ちのめされそうだった。


(ハヤトさんがいたからこそ、誰も怪我をせずに済んだけど……もし自分しかどうにか出来ない状況になったとき、俺は……)


 とうに夕陽の沈んだ暗い夜の時間になってしまっていた。全てが終わると、ハヤトは一人で帰るといってそのまま歩いて行ってしまった。


 ユーマは車に乗ると緊張の糸が切れたのか、急に身体が重くなった気がした。

 ミオとエリは同乗している隊の人達と話していた。ユーマは一人、後ろの席で外を眺める。さっきまで皆で話していたが、今は一人で色々と考えたい、そんな気分だった。


 今日初めて敵になる幽鬼を見た。ゲンジは能力を使えることを除けば、幽霊と同様、つまり死んだ超常人というわけだが、姿形ほとんどが超常人にそっくりで、三本ツノ以外に何ら違いはなかった。

 

 あれが、ユーマとユイの敵になるのかと、ユーマ自身、愕然としていた。


「ユーマ大丈夫? 元気なさそうだけど」


 エリが心配そうに声をかけてくれる。


「ちょっと疲れただけ、平気だよ」

 嘘だ。さっきから身体が震えてきている。


 背もたれに寄りかかり、もう何も考えたくない、寝てしまおう、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る