15話 もう一つの能力

「中に入って、その目で確かめると良い」


 そう促されて、ユーマは恐る恐る中を覗きながら入る。玄関からすぐに広い空間に出ると、そこは周囲が本棚でびっしり埋まっていた。本の紙の独特のにおいが鼻を通る。


「すごい数ね……」エリがとなりで感嘆している。

 この屋敷は二階建てらしく、この広間から二階の様子が見える。しかし、いずれにしても二階も本が並んでいるようだ。


 そこで、ユーマは違和感に気づく。二階に一つ、本が山になっているところがある。


「あの娘……また散らかして、いったい誰が片付けると思っているんだ」


 ゲンジがぼやくと同時に、別の部屋の扉が開く音がした。そこには見た顔があった。

「ゲンジさん。お二人には会えたようですね」


「ミオさん! どうしてこんなところに」


 ミオはいたずらっぽく笑う。

「また後でと、ユーマさんには言ったはずですよ? でもそれより……あなたにとって大切な人が、あちらにいますよ」


 二階に目をやる。すると、本の山から一つの人影が見えた。その人影はユーマに気づくと、本の山から飛び出して、手すりから身を乗り出した。

 その姿を見て、ユーマは驚きのあまり心臓がヒュッとなって、鳥肌が立つ。


 あれから、四年。背丈は伸び、顔は少し大人びて、おろしていた黒髪は一つにまとめてポニーテールにしている。でも、綺麗に澄んだ瞳や、その笑顔は、何も変わっていなかった。


「久しぶり、ユーマ。元気してた?」


 ユーマに向けて軽く手を振る。その掌にはユーマと同じ五芒星が刻まれていた。ただ、ユーマと違って、五芒星は右手に刻まれている。


「…………こんなところで会えるとはな、ユイ」


「本当は私が会いに行こうと思っていたんだけどね。でもミオが許してくれなくてさー」

 ユイは手すりを飛び越え、ユーマのそばに着地する。随分と身軽だ。


「私たちの役目じゃありませんからね。それに、ユイさんにそう簡単に外出してもらっても困ります」


「わかってるって」

 ユイはミオの言葉を軽くあしらう。ミオとユイが知り合いということは、ミオはユイを守る側の一族だったということか、とユーマは一人で納得していた。


「この、五芒星」

ユイはユーマの左手を取り、手袋を外して、刻まれた五芒星をまじまじと見つめた。


「私と能力は違うのに、印の形は一緒なんだね」


「能力が違う?」

 物体全てを消し去る力が、ツノのない超常人の能力ではないのか。


「ユーマは『物質消去』の能力でしょう? 私は『精神消去』。この五芒星で吸収するのはユーマと一緒だけど、私の場合は相手の魂を吸収するの」


「魂……」


「ユーマと違って無生物は吸収できないけど、その代わり応用で魂の抜けた空っぽの人に自分の意識を移して身体をのっとることができて、分身みたいに使える。ちなみに! この応用は私が初めて見つけたの、すごいでしょ」


 ユイは得意げに話しているが、ユーマは物騒なことを言っているようにしか聞こえなかった。


「なんだかそれ、怖い能力だな……」


「うーん、何でも吸い込んじゃうユーマには言われたくない……」

 ユイの言葉に、二人は思わず顔を見合わせて笑った。ユーマはユイの笑顔を見て、少し泣きそうになった。


「それにしても、こんなぎりぎりになってようやくこの町に来たかと思えば、そんなことも知らないなんて、相変わらずユーマは暢気ね」


「仕方ないだろ……ユイは昔よりも増して明るくなった気がするな」

「そう?」

 ユイはイジワルそうに笑う。


「あの、ユイちゃん」

 ユーマとユイの会話を遮るように、エリは手をあげて言った。


「確認したいことがあるのだけど、いったいこの四年間どこにいたの? 私たちが探しても見つからないし、かと言って手名家には連絡できないし……」


 ミオが愛想笑いを浮かべる。一族同士はどうやらあまり仲が良くないらしい。


「ユーマの守り人の、エリさんね! そのことはごめんなさい。私はもう三年くらいずっと仙樹のあるこの場所に隠れていたから、分かるはずもないよ」


「それはまた、どうして」


「私はツノがないことを、幽鬼に見つかった。完全に私のせいね」


「見つかったって……それでよく今まで無事だったのね」

「ホント、この場所がなかったらどうなっていたのやらって感じね」


 ユイの言葉にミオが小さくため息をつく。ミオは真面目そうな分、ユイのあっけらかんとしているところに慣れるのは大変そうだと、ユーマは陰ながらに思う。


「私の責任でもあるので、強くは言えませんけど、ユイさん。世界の存亡がかかってますからね? もう少し真面目にお願いします」

「もちろん。私はいつでも大真面目よ。もらった力だもの、その分はきっちりと働くつもり」

 そのくせ、しっかりしているところもある。ミオはため息が絶えない。

 エリは一つ咳払いをして、話を進める。


「……ということは、この場所は安全なのね?」

「仙樹は幽鬼を寄せ付けない性質があるからな。ここに避難すれば襲われたりすることはない」

 仙樹という名前だけあって、不思議な力があるようだ。


「……ユーマも気をつけなよ? この町には幽鬼が超常人に紛れて生活していて……まあ私の正体が幽鬼にばれてしまったおかげでわかったことなんだけど、とにかく、簡単に見つからないようにね」


「ああ、わかってるよ。それはエリからもう聞いている」

そう言いながら、そこでユーマはあることに気が付いた。


「なあ、一つ気になったんだけど、この場所が安全なら『幻影の扉』が開くまで俺もここにいたら良いんじゃないか?」

 一瞬、沈黙が通り過ぎる。


「あのね、ユーマ」ユイは苦笑いを浮かべる。

「それはちょっと臆病すぎよ。『幻影の扉』が開くと今とは比べ物にならない数の幽鬼が、扉からあふれてくると言われてるの」


「今はただ、現世に漂う幽霊が超常人になっただけだからな。最近は封印が解けかけているせいか幽世から来ている幽鬼も増えてきたが、それでもまだ数は少ないし、凶暴性もない」


「そうなったとき、私達は扉に向かっていくんだよ? 皆がサポートしてくれるとは言っても、幽鬼と戦うことは避けられないよ」


「…………」


 ユイは眉をひそめて少し困った顔をすると、ユーマの前に立った。そして、握りこぶしを作って、ユーマの胸に押し当てた。


「怖いのはわかる。でも、私たちは強くならなきゃいけない」


 ユーマは奥歯をかみしめる。なんだか怖気づいている自分が恥ずかしかった。

 ユイはいつもユーマの先にいる。だから、励ましてくれる。でも、それで良いのだろうか。

 昔みたいに、また知らぬ間に事態が進んで、ユイがいなくなってしまうのは、ユーマには耐えられなかった。


 またすぐ立ち止まるかもしれない。それでもユーマは、

「……ああ、そうだな」


 そう来なくっちゃ、とユイは笑った。

「まずは対人戦での戦い方から身につけなきゃね」

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