14話 仙樹
朝食後、ユーマとエリは仙樹へ向かっていた。仙樹の近くに住む「特超隊」のもう一人の創設者であるゲンジに挨拶へ行って来い、と。
ユーマは仙樹を見上げる。かなり離れているのに相当大きい。
「ふーん、『無能力化』ね。それは強い訳よね」
かれこれ十分くらい歩いているユーマとエリは、朝食でミオと何を話していたのか、という話題になっていた。
「ミオさんに対しては触れられてしまえば能力を使えなくなるなら、ほぼ無敵ってわけだ」
「やっぱり世界は広いわ。一族の中だけで暮らしていたら、そんな人には出会わなかったもの。私、全然知らなかった」
エリは色々な超常人に出会って、少し楽しそうだ。
ふと、ユーマはミオとの話で少し気になることがあったのを思い出した。
「そう言えばエリ。昨日ミオさんが急に出かけて行っただろ」
「ああ、超常人を捕まえに援護に行ったってね。それがどうかした?」
「その超常人、ケンタなんじゃないかって一瞬思ったんだ」
エリは口をつぐみユーマをジッと見つめた。
ケンタは学校で暴れたこともあって、確実に特超隊に追われているだろう。あれから数日、未だに捕まっていないということは、それなりにてこずっているわけだ。
ケンタの能力は「反発」、使いようによっては空を飛ぶことも出来るから、それなりに強い力だ。
「あまりケンタ君のことは気にしない方がいいと思う」
エリはなぐさめるように言った。
「言ったでしょ? 今もシュンが追いかけてくれているし、心配しなくても大丈夫よ。それに捕まっても私達の仲間になるんだから、それでもいいじゃない」
軽く首を横に振った。
「そうじゃないんだ。むしろ早くケンタには捕まって欲しいと思っている。俺が心配しているのは、逃げている間にどれだけ危険なことをしているんだろうって……超常人になってからのケンタはどこか、狂っているみたいだったから」
ケンタは使命だと言っていた。狂ったように、でも真剣に。
それでも兄として、ケンタと話がしたい。ケンタのやろうとしていることは間違っているんだと言わなければ、と思う。
今度こそ。
「でも今、ユーマには出来ることは何もないわ。ただ待つことしか出来ないのよ」
顔が曇った。それは自分でも分かっていることだ。自由に外へ出られない今、仕事として任されない限り、ケンタを追いかけることは出来ない。
「わかってる。少し心配になっただけだから。今はこっちに集中するよ」
空を見上げると、仙樹が天空を覆い隠し、青々とした葉だけが目に映る。いかに大きいかがよくわかる。風が吹けば、まるで波濤のように青葉がざわめきを起こす。
仙樹のある場所は、他とは違ってそこだけポッコリと、地面が盛り上がっている。そしてその地面を、始めは細く、木の幹へと近づくにつれ大蛇のようにうねり広がっている。
仙樹の下へ行こうとするが、度々足が木の根に引っかかり危うく転びそうになる。ユーマは下を見ながら慎重に歩いていく。
一旦、足を止めて周りを眺める。仙樹の向こう側に一つ古びた建物が見えた。今にも崩れそうなボロボロの建物。外見からはまるで幽霊屋敷だ。
――時間はかかったけれど、ようやく仙樹の木の下に来た。薄暗く、夏が近づいて来ているのにかなり涼しい。再び周りを見渡すが、どこにも人気がない。
二人は一度、建物の周りを一周してみたが、誰もいない。建物の入口に立った。
「ここって何の建物なんだろう。出来れば入りたくないな……」
「ユーマは幽霊が怖いの?」
「幽霊が怖くない人なんて、いるもんか!」
「私は興味あるけどな。だって死んだ人に会えるんだよ。それって凄くない?」
「そんなの、何にも凄くなんかないよ」
言い争いながら、ジリジリと後退して行った。やはり中になんて入りたくない。
その時、後退していた足が何かに当たった。背中が寒気が走る。エリは後ろを見て、目を丸くしている。
「君たちがジンの言っていた新人君か?」
後ろに立っていたのは、髪はボサボサで、無精髭を生やしている、奇妙な男だった。
身にまとっているボロボロの古びたマントは、所々破けている。ユーマは幽霊ではなくて助かったと胸を撫で下ろした。
「あなたが、ゲンジさんですか」
「そうだとも、俺がゲンジだ。君たち名前は?」
ユーマとエリは自己紹介をした。その間、ゲンジはうんうん、とうなずくばかりだった。
「ユーマ君とエリ君ね。それで、ユーマ君。君のツノは偽物なのはなぜだい?」
「え?」ユーマとエリは驚き、少しうろたえたが、すぐに身構える。
その様子を見て、ゲンジはうんうんと頷くばかり。
「良い心構えだな。いや、今回の子は優しそうな子でよかった。でも、ちょっと臆病なところがあるみたいだ」
ゲンジは嬉しそうに笑っていたが、ユーマの頭の上には疑問符が浮かぶばかりであった。
首を傾げていることに気づいたのか、ゲンジは眉をひそめた。
「どうしたんだ? まさか何も知らないで、ここに来たのか。そうか、頭の方は前の方がよかったか」
「前の方とか、いったい何の話よ」
堪え兼ねたエリが思わず叫んだ。
「ふむ。俺の能力は『不老』でかれこれ千年は生きている。ユーマ君が『無角』なことは知っているし、『幻影の扉』を閉じるために夢幻町にいることも知っている」
ユーマとエリは驚かずにはいられなかった。
「それじゃ、ゲンジさんは……前の『無角』の二人を見たことがあるのですか」
「そうだ、というか俺はエリ君の先祖だよ。俺もあの頃は『無角』の二人のうち一人を監視し、夢幻町では行動を共にしていた。そして無事に扉を閉じることに成功した」
「私の、先祖」
「でも、扉を閉じることに成功したのなら、どうしてまだこの町に?」
「そうだな……長い話になりそうだ。仙樹の下にでも行こうか」
ゲンジが言った通りに、仙樹の下まで行き、根っこに座ることにした。
「千年前、俺らは」ゲンジは、ゆっくりと語り出した。
「明らかに情報不足だった。だから俺は生き続ける限り、この情報を次の世代に提供し続けようと思ったんだ。あの屋敷に、資料が詰まっているから、エリ君は後で見ておくといい」
「でも、情報が少なくても、千年前は成功したのですよね」
「馬鹿だな、ユーマ君」ゲンジは冷ややかな目で見つめた。
「俺らは幽鬼の存在さえ知らなかったんだ。そのせいで最後の最後で襲撃にあって。成功したのは奇跡だった……」
「幽鬼? 何ですか、それ」
「は?」
ゲンジは驚いたように声をあげると、睨むようにエリを見た。よくわからなかったが、ゲンジに習ってエリを見ると、当の本人は決まりが悪そうに俯いていた。
「もしかして、エリ君。お前ユーマ君に幽鬼のこと話していないのか」
「敵がいるということは、話したわ……」
エリの声は後になるに連れて声が小さくなっていった。後ろめたいことがあるのだろう。
ゲンジはため息をつきながら、頭をかく。
「馬鹿だな、エリ君。いいか、幽鬼のことは一番に、詳しく言わなければいけない程の最重要事項なことくらいは知っておいてくれ」
「はい……」エリはしおらし気にうな垂れている。
「ユーマ君。幽鬼っていうのは亡霊だ。既に死んでいるが人の形をして、この世界にのさばっている。そして、頭に三本のツノを生やし、俺らと同じように能力を持っている」
幽鬼において、一番厄介なことは、ユーマのような「無角」を狙って来ることだ。本当かどうかはわからないが、殺して魂を喰えば生き返ると言われているらしい。
「エリが言っていた、敵っていうのが幽鬼なんですね。そして、夢幻町に普通の超常人として生活している……」
「そうだ、幽鬼は三本のツノを隠していることが多いからな。実際に千年前もそうだった」
背中に冷たい風が通り抜けるように寒気が走り、身震いした。
「それにしても」ゲンジはエリを睨んだ。
「まさか教えていないとは思わなかった。それじゃ、これも言っていないんだろうな。『幻影の扉』を――」
「ゲンジさん!」
急にエリが叫んだ。ユーマは思わず肩をビクッと跳ねた。エリはジッとゲンジを睨み返していた。
「それだけは、それだけは絶対に言わないであげて……!」
エリは凄い剣幕を見せた。こんなにエリが怒った姿を見るのは初めてだった。
ゲンジはエリが激昂しているのを見て、仕方ないと思ったのか、
「わかったよ、エリ君がそう言うのならそうしておこう。代わりに二人が知らないことを教えてやる」
あれを見ろ、とゲンジは言った。指差した方を見ると、そこには洞窟のようなものがあった。ジンに借りた地図を開く。洞窟を示している場所にはなぜかドクロのマーク。
その洞窟は、周りは森で覆われていて、そこにいても洞窟があると言われなければわからないように地味に存在している。
ただ、それでも少し不気味な感じがした。
「あの森には負の力が蔓延しているのか、幽鬼がうろついている場所でね、立入禁止になっている。見つかったらジンに怒られるぞ」
軽い口調でゲンジは言う。
「だが、あの洞窟の中に入れば『幻影の扉』がある。あと数か月もすれば、封印が解かれて開くだろう。そうすると、今は少ししかいない幽鬼が、扉の中から大量にでてきて……世界は幽鬼に支配される」
「扉が開く前に封印しなおすことは出来ないのですか?」
「残念だが、出来ない。閉じるには一度幽世に行く必要があるからな」
数か月の猶予。
そこで、一つのことに気がついた。
「ゲンジさん。四年前、俺と同じ『無角』を見ませんでしたか? ユイって名前なんですけど」
もしユイもゲンジに会っていたのなら、この説明を受けているはずだと、思ったのだ。
すると、ゲンジは無精髭を撫で少し不思議そうな顔をした。
「知っているから、ここに来たわけではないのか?」
「……? ただ挨拶してこいと言われて来ただけですが……」
ふむ、と納得した様子を見せると、なぜか幽霊屋敷の扉を開けた。
「中に入って、その目で確かめると良い」
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