13話 新たな生活

 目が覚めると、見知らぬ部屋にいた。今まで寝ていた、自分の部屋ではないどこか。

 ユーマは寝ぼけた頭を振ると、身体を起こし、大きくあくびをした。時間は朝の六時。


 特超隊の仕事は、緊急事態以外は午後八時には切り上げることになっていて、その時間帯にラウンジにいると、ぞろぞろと他の部隊も帰ってくる。

 特超隊はジンの他にゲンジとハヤトという人を加えて三人の幹部がいて、全部で百二十人が所属している。それを四つに分けて、大きな寮に三十人ずつ住んでいる。


 一人で休みたくなったユーマは、三階にある割り当てられた部屋に入って――そのまま寝てしまっていたのだった。

 部屋の中はベッド、テレビ、さらに机なども置いてある。必要最低限の物だけがある。そんな感じであった。

 

 ベッドでボーッとしていると、扉をノックする音が頭の片隅に響いた。


「おーい、ユーマ」


 ハッと目を覚ますと、エリが顔を覗かせていた。思わず驚いてしまう。

「エリさん」

「ずいぶんと寝ぼけているみたいだけど……。今、座りながら眠っていたわ」

 

 ベッドから出ると、顔を洗って頭を目覚めさせた。今気づいたのだが、昨日の服のままベッドに入ってしまっていたようだった。

「エリさん、他の隊の人たちはどうでした?」


「ずっと気になっていたけど、エリでいいよ」


「え?」

 洗面所から顔を出すと、エリはベッドに座っていた。


「考えてみれば、これから仲間としてもやって行くんだし、同じ目的を目指す者同士、呼び捨てでいいんじゃない? 私もユーマって呼んでいるし、大して年の差もないんだからさ」


 同じ目的――ユイを探し、「幻影の扉」を閉じるという夢幻町では唯一の仲間なのだから。


「そ、それじゃ、エリ」


 改めて言うと気恥ずかしい。それに比べて、エリは嬉しそうに笑った。


「うん、それがいいよ! 仲間って感じがするし。それで、隊の人たちの話だっけ」

 ユーマはうなずいた。


「何人かと話したけど……皆、良さそうな人達ばかりで一応、安心した。楽しくやれそうで、良かった」

 それはユーマも思った。新しく入って来たユーマとエリを快く歓迎してくれていた。

 ジンさんも器の大きそうな、改めて思うと特超隊のトップであるような風貌の人だ。ミオさんは、真面目そうで良い人に見える。


「ミオさんは皆に敬語で話しているし、本心をあまり見せないけど、多分義理堅い人で信用できると思う。けど……」


「敵が潜んでいるかもしれないって考えると、どうしても油断できないですね」


 エリがうなずくと、部屋の扉がノックされたかと思うと、「おーい、二人とも」とジンの呼ぶ声がして扉が開いた。


「朝飯食べに行こう。今日は忙しい日になりそうだし、早めに食べた方がいいと思うぞ」

 ジンの後ろにはミオも立っていた。隊の四人で食べようと言うことらしい。


「はい、すぐに行きます」エリはとっさに笑って返事をした。

 聞かれたかと思って少し焦ったが、ジンとミオは何も言ってはこなかった。




 四人は食堂に向かった。

 朝はあまり食べられないユーマは、パン一枚焼いて席に着いた。少し遅れてパン二枚を皿にのせてミオが向かいの席につく。ミオも少食らしい。無言でパンをちぎって食べている。


「そう言えば、昨日急用で出かけていましたけど、超常人は捕まえられましたか?」

 無言の空気に堪えかねたユーマは訊いてみた。

 けれど、質問のチョイスが悪かったようで、ミオはパンを皿に置くとため息をついた。


「……ったのです」

「え?」


「私がもっと早く駆けつけていれば……逃げられることはなかったのです」

 落ち込むように、再びミオはため息をついた。


 ミオが言うには、あの時通知を受けて急いで援護に向かったわけだが、隊の元に着いた時には既に逃げられた後だったと言うのだ。


「それは、仕方ないのでは……。戦って逃げられた訳ではなくて、戦う前に逃げられてはどうしようも」


「自分の能力を悔いたことはこれが初めてです」


 ユーマは押し黙った。言いたいことは何となくわかる。

 そのとき、ユーマは忘れていたことを思い出した。

「ミオさんはどんな能力なのですか? ジンさんは凄く誉めていましたよ」


 少し、失礼な言い方だったけれど、思わず訊いてみた。

 するとミオが軽く睨むようにユーマを見つめてきた。

「それって、プライベートな事だと思うのですが」


「えっ、そうなんですか? すみません」

 思わず慌てた。まさか能力を訊くことが失礼にあたるとは思いもしなかった。


 ユーマの様子を見て、ミオがクスッと、笑った。

「冗談ですよ。私の能力は『無能力化』です」

 ミオの説明によると、能力者本人に触れればその間のみ能力を発動できなくなるという。


 感心していると、ミオの携帯が震え出した。その場で電話に出る。

「もしもし……はい、わかりました」

 電話を切ると立ち上がった。


「私、出かけます。多分今日、仕事はないと思いますので……」

 そこで言葉を切って、少し考えた様子を見せると、


「そうですね。また後で会いましょう」


 少し意地悪そうに笑うと、さっさと席を外した。

 その笑みにユーマは少しドキッとする。ミオは途中、ジンとエリに事情を説明していた。あの二人は、どれだけ時間をかけて料理を選んでいるんだ?


 それにしても、ミオの言っていることが、ユーマにはちっとも分からなかった。

 長い間呆けていることに自分でも気づかなかったユーマは、エリが隣で突っついていることにも気づかなかった。


「ユーマどうしたの。ミオさんに魅入っちゃって」


 我に返ったユーマは、いつのまにか座っていたジンとエリを見た。二人ともニヤ二ヤしている。何となく、色んなことを察した。


「やけに遅かったのは、俺とミオさんの話しているのを見てたからだったんだね」


 尋ねてみても、二人ともニヤニヤしているだけである。あれだけの時間をかけておいて、料理の品目が多くない。ため息をついた。


「ところで」さっさと話題転換することにした。

「ミオさんが今日は仕事がないと言っていましたけど、そうなのですか」

「そうだよ」ジンは即答した。


「昨日はもう遅い時間になってしまったからね。今のうちに生活に必要な物は買っておいた方がいい」

 小さな町だけれど、たった千人程でやりくりしているのだ。店も基本は八時頃には閉めてしまうらしい。二十四時間営業などという、コンビニのような店はない。


「ただその前に二人には行って欲しい場所があってね」

「私たち二人だけで?」

「ああ。付き添ってあげても良かったんだが……私はあの場所が苦手でね」


 ジンはズボンのポケットから一枚の紙を取り出した。その紙は地図のようだ。右上の端に夢幻町と書いてあるから、夢幻町の地図なのだろう。ジンは地図をユーマとエリの方に向けて、下の方を指差した。


「ここが夢幻町の入口。あの、研究施設。それで、二人に行って欲しいのが」ジンは右上の方を指差した。


「ここだ」


 そこには小さく「仙樹」と書かれていた。

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