2章

10話 車の中で

 久しぶりに「例の夢」を見なかった。

 エリとシュンに出会って、自らの運命に目を向けて対峙しようとしている感情の変化によって、過去に捕われ続けていた自分が変わって来ている証拠なのだろうか。


 夢うつつの状態で車の揺れに身を任せていると、突然、身体が浮いた。


「イタッ!」


 強い衝撃を受けた後、飛び起きるように目を覚ました。右腕辺りにじんじんと痛みが響く。

「ユーマ大丈夫?」

 ひどく打ち付けたみたいだ、エリが心配そうにユーマを見ている。

「平気です。少し寝ぼけていただけなんで……」

 そう言いながら苦笑いをした。けれどすぐに顔を歪め、ため息をついた。同じようにエリも居心地悪そうに顔を歪めた。


 それもそうだろう。森の中に無理矢理、ギリギリ車が通れるくらいの道をこじ開けたような車道だ。当然のように舗装などされているはずもなく、凸凹の砂利道である。そのせいでさっきからタイヤが石に乗り上がっては大きく揺れ、ユーマらはその度に振り回されていた。

 ふと、目を擦りながら窓の風景を眺めた。さっきから数時間、同じような景色。右を見ても左を見ても木々がたっぷりと茂っているだけのつまらない風景。この車に乗ってからどれくらい経ったのだろうか。超常人の保護施設に向かっているわけだが、その実感が湧いて来ない。



 シュンの能力が解けた後、ユーマの弟、ケンタの動向を探るためにシュンとは別れた。その後、ユイを探すために保護施設に向かうことになったのだが、少し時間が経つと、すぐに警察が来た。

 警察は能力を行使したときに残る「痕跡」から超常人を追う。シュンの能力行使によって、反応を検知されてしまった。

 もちろんそれが狙いであり、警察に捕まることでユイのいる保護施設へ行くことに成功した。エリには黒いツノがあるし、ユーマもレプリカの黒いツノを事前に頭につけていたので、それを見せると、あっさりと二人とも捕まえてくれた。


 車に乗る前、なぜユーマは頭に偽物のツノを付けなければならないのか気になっていると、エリが教えてくれた。

「超常人の中にもね、悪い人はいるのよ。ツノがないユーマとユイの命を狙ってくる人がね。ツノを付けておけば対策になるでしょう? それに……」

 エリは少し身震いして言った。


「そういう悪い人が保護施設内に潜んでいるという情報もある。誰が敵なのかわからないから、ユーマも油断しないようにね」


 どういう理由かわからないが、「無角」を襲う人がいる。これから行く場所はそういうところだと思うと、途端に怖くなった。




 しかし――ユーマは背もたれに寄りかかった。前の席には、髪を茶色に染めた青年が運転している。始めに見たときは、このキャンピングカーのような車も、タバコを吸いながら運転してきたこの男も、予想とは百八十度違っていたから驚いた。しかも、保護施設に向かっているわけだが、拘束されるといったこともなかった。


「一応捕まっているんだよな、これ」

 そんなふうに自問自答するくらいである。


「まあ、あんたら暴れる気配もないからな」

 運転手の男が言い返してきた。彼も超常人らしいので、会話は問題ないらしい。


「そんなこと言って、急に逃げ出そうとしたらどうするのよ」

 エリは少し馬鹿にしたような口ぶりで言った。


「手錠でもかけられて自由に身動き出来ないようにして、厳重に監視される。なんて考えていたんだろうが、俺も出来るだけ同じ人種にそういうことはしたくないんでね」


 運転手の男はわかりきっているように言った。特に興味もなさげに。図星なのだけれど。これから行く場所は、監獄のようなところではないかとユーマは想像していた。


「逃げたんなら、それはそれで。俺が怒られるだけだ」

「へえ、優しいんだね、おじさん」

 運転席からため息が聞こえたような気がした。


 ユーマは一つ、疑問が浮かんだ。

「でも保護施設は人間が作ったものですよね? それなのにどうして超常人の自由が認められているんですか。世間的にそんなことあり得ない気がするけど……」

「保護施設とか言うな。俺らは皆、あの町を『夢幻町』と呼んでいる」

「ムゲン?」

「夢に幻で夢幻町。表向きは人間が支配しているとされているが、実際は超常人だけで生活しているから、当然自由だ。唯一縛りがあるとすれば、月に一度、町にある研究室に呼ばれて調べられることくらいだな」


「自由と引き換えに実験体になれってことね。それに、監獄で閉じ込めておくより、働かせた方が、幾分か能力を有効活用できるもんね」

 エリは町のことをある程度知っているんだろう。挑発混じりの口調にユーマはそわそわした。


「おいおい、見た目とは違ってキツイこと言うんだな。だが、その通りだよ。俺らは自由を選んだ。悪くない選択だと思わないか?」

 運転手の男は、皮肉を含んだ乾いた笑みを浮かべる。

「ええ、素晴らしい選択だと思うわ」


「だから今、こうしている間も日本を逃げ回っている超常人がいるのだが、そいつらは大馬鹿者だよ。捕まった方が楽だっていうのに、一体何から逃げているのやら」

 まるでケンタのことを言われているようで、少しムッとした。


「でも、そんなに自由な町なら楽しそうでよかった」

「そうだな、夢幻町には差別はないからな。安心して住むといいさ」

 運転手の男が言った時、「住む」という言葉に反応してしまった。

 これからは親も友達もいない、未知の町に行くんだ。そしてもう後戻りは出来ないということも、覚えておかなければいけない。




 それからさらに一時間程度、車を走らせただろうか。草木を踏み倒しながら、細い一本道を進んでいると、前から光が射し込んで来たかと思うと途端に開けた場所に出た。すると運転手の男が車を止め、振り返った。


「着いたぞ、降りろ」

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