9話 明かされる使命
「まず、どうしてユーマの名を知っているのか。そのことを話すには、ユーマとユイの能力のことを知らないといけないわ」
まさか、ここで優衣の名が出てくるとは思いもしなかった。
「そもそも超常人になってしまう原因は何か知ってる?」
「原因……? 『負の力』のことですか?」
「……その通り、生物の棲む世界の『現世』に存在するはずもない、死後の世界『幽世』に存在する、『負の力』によって超常人は出来あがる」
悠真は「幽世」という言葉に、きょとんとした。
「死後の世界が……存在しているって言うんですか」
「うん。存在しているわ」
エリのはっきりした言い方に、悠真は息をのんだ。
「それでね? 『負の力』がどうしてこちらの世界にも及んでいるのか、だけど。千年に一度、日本のある場所に存在する、二つの世界を結ぶ扉、『幻影の扉』が開くからなの」
「幻影の扉……」
「その扉は『幽世』に繋がっていて、普段は封印されてる。だけど、今から百年程前、そこから私たちの生きる世界に『負の力』が漏れ始めるという、『幻影の扉』の封印が解かれる予兆が現れたの」
その予兆こそが、超常人の誕生というわけだ。
「『幻影の扉』は封印が解かれてもうすぐ開いてしまう。だから、それを再び閉じなきゃいけないの。だけど、誰でもが出来るってわけじゃない」
唯一「幻影の扉」を閉じることが出来る人間、「
「ユーマとユイには頭に二本のツノがないのが、その証拠なの。あなた達二人は特別な力を持ってる」
悠真と優衣の持つ能力は他の超常人とは違った力――幽世に干渉する力を持ち、それは生まれながらにあるのだという。
「生まれながらの力?」
悠真は驚いた。自分が超常人になったのは健太と話したせいだと思っていた。まさか元から自分の中に存在し、眠っていた力だとは思いもよらなかった。
「ええ。ユーマとユイの持つ二つの力によって『幻影の扉』は再び閉じられるの。だから……今、私はユーマに協力をお願いしに来たってわけよ」
心なしかエリの顔が曇る。でもそれは一瞬のことで、すぐに微笑んだ。
「ここまでは大丈夫?」
「はい、一応……。俺が大変な事態に巻き込まれている、ということですね」
でも、疑問だらけだった。その「幻影の扉」はどこにあるのか。どうすればその扉を閉ざすことが出来るのか、なぜ悠真なのか。
「ユーマは警察に超常人が保護された後、どこへ連れて行かれるか知ってる?」
悠真は首を傾げた。
「中国地方の島根県のあたり、超常人の保護施設が存在するらしいわ」
そして、そこには「幻影の扉」もあるという。
「そこにユーマとユイを連れてって扉を閉じれば、もうこの世に漂う『負の力』の根源が絶たれて、超常人と話しても人間が新たに超常人になったりすることはなくなる。まあ、それだけじゃないのだけど……それは追々話すわ」
「もしかして、ユイは今……!」
「私達が調べた限りでは、ユイちゃんはすでに保護施設に入れられているらしいわ」
思わず俯いた。嬉しさと悲しさが、心の中で入り交じっていた。
いつも見る夢がフラッシュバックする。別れ際に見せたあの笑顔。遠ざかっていく優衣の後ろ姿。どこか悲しそうだった背中。
「でもよかった……死んでいたりしてなくて」
「そんなことになっていたら、『幻影の扉』も閉じられずに世界は終わってしまうけどな」
駿が何気なくつぶやく。そうだ、優衣も悠真と同じく特別な力を持つ一人なのだ。もし、本当にもしものことだけれど、優衣が死んでしまっていたのなら、この世界だって――
「ちょっと待って下さい」
「どうかした?」
「もし、俺と優衣が扉を閉じることに失敗したら、どうなってしまうのですか」
恐る恐る聞いてみた。
「怪物たちが幽世からやってきて、人間を殺して……最終的には滅亡するだろうな」
駿は、あっけなく「人類滅亡」を言って退けた。
悠真と優衣は人類という、実感の湧かないくらいのとてつもない大きなものを背負っている。
「どうしてシュンはそんなことを言うの? そんなこと言ったら余計なプレッシャーがかかるじゃない」
ムスッとした顔でエリが駿をにらんだ。
「いいんですよ。これくらいの刺激を与えないと、事の重大さがわからないでしょう。悠真には酷だけど、これは『無角』の使命なんだ」
駿は真剣な目で悠真に告げた。隣ではエリが哀れみに近い顔をしている。
「使命……」悠真はつぶやいた。
「そうだ、ユイと共に『幻影の扉』を再び閉じる……それが、二人の使命なんだ」
使命というその言葉は、悠真の身体に鎖のように巻きついて締め付けた。逃げようとすればするほどに、強くなっていくようだった。
「俺が知らないところで、こんな状況になって、勝手に使命だなんて……ずいぶんと、理不尽で納得できない話だな……」
「……その通りだな。だから使命を受け入れず、悠真は普段通り生活して、最期はみんな一緒に死ぬという、選択肢もある。その選択を責めるやつなど、誰もいない」
「ちょっと、シュン!」
「当然ですよ、エリさん。どっちにしろ、悠真が嫌々やって達成できるほど簡単な使命ってわけじゃないんだ。全部救うのも、全部殺すのも……悠真の自由だ」
「そんな苦しい自由なんて……」
悠真は自嘲気味に笑った。すると、エリが優しい声で言う。
「安心してユーマ。あなたは一人じゃないわ。ユーマを私達一族が全力でサポートするから」
千年に一度開かれる扉は、これまで悠真と優衣の先祖が閉じて来たとされている。二人で一緒に。しかし、時が経てばその二人が離れることもあるし、もしかしたら片方の家族が途絶えてしまう可能性もある。
それ程に千年っていうのは実感の湧かない、長過ぎる時なのだ。そのようなことが起きてしまえば、どうしようもなくなる。
それを防ぐのが、エリや駿の一族、足名家だという。
「私たち足名家は千年、ユーマの家系の人がどこに暮らして、どのように生活しているかを調べてきたの。そして、シュンと私が今年、そういった役割になって、しかもそれが『幻影の扉』を閉ざすべき時期に当たったから、こうしてユーマの前にいるの。ちなみに、ユイちゃんは手名家っていう別の一族がサポートしているわ」
さらに、エリはこれから悠真と共に超常人の保護施設に行き、一緒に行動するのだという。
「同じ目的を持つ仲間が一人くらいいた方が、ユーマも安心するでしょ。私達一族以外はユーマとユイの力を知らないし、『幻影の扉』を誰かが閉じなければならないことも知らないわ」
「それは心強いんでしょうね…………駿は、一緒に来ないのか?」
「私がいたら気が緩んでしまうだろ、だから同行はしない……それで? エリさんとともに行く選択で、良いのか?」
駿の言葉に悠真はどきりとする。
「ねえ、ユーマ!」エリが突然、悠真の手を取った。
「こんなこと、急に言われて混乱しているのはわかってるわ! でも……これはユーマにしか出来ないことなの、世界を救えるのは……ユーマしかいないの!」
ぎゅっ、と悠真の手が握りしめられる。握りしめるその手は、震えていた。
悠真は黙り、俯く。このまま超常人であることを隠して、何もかも忘れて、何もかも無かったことにしてしまえば――楽になれるんだろうか。これまでの日常に、戻れるんだろうか。
健太、優衣の顔を思い浮かべる。ここで使命から逃げたら、きっともう会うことはない。
(二人と会えなくなった原因が、自分にないと、言えるのかな)
過去を思い返して、胸が痛くなる。幻影の悠真が言った言葉を思い返す。これは重圧だ、ただの人間が到底背負えないような、大きな責任。でも。
「二人に……もう一度会って、話したい」
これまでのことを、後悔していた。あのとき、もっとちゃんとしていれば――と。この使命は、もう一度やり直せるチャンスかもしれないんだ。もう一度、昔の日常に戻るために――
「使命は、捨てない。俺は……俺のために、この使命を全うするんだ」
悠真は顔を上げた。
「俺、やるよ。使命を果たせるかは自信ないけど……やれるだけ、やってみる」
「そう、か」
駿が小さくつぶやく。そのとなりで、エリは笑みを浮かべていた。
「……ありがとう。まだ会ったばかりで言うのもなんだけど、これからは私を頼ってね」
エリが励ますように言った。幼気な雰囲気があるものの、悠真のことを気にかける姿に、悠真はエリのことを信頼しても良いかもなと思えた。
そんなとき、駿が急にそわそわし出した。
「どうしたの、シュン。トイレ?」
「馬鹿言わないでください、エリさん。どうやら時間があと少しで動き出してしまいそうなんですよ」
シュンはどうやら能力が解除されるタイミングがわかるらしい。
「じゃ、急がなきゃね。これから大変だけど、よろしくね」
エリは手を差し出して、微笑んだ。
しかし、悠真の目的のために、その手を取るわけにはまだいかなかった。
「たしかに、エリさんやシュンさんが話してくれたおかげで、自分が今何者で、どんな状況なのかは分かりました。早く優衣を見つけて扉を閉ざさなければならないことも。けど、俺は忘れてはいけないことがあるんです」
エリと駿は不思議な目を向けた。一呼吸おいてから、
「俺の弟のケンタのことです」と決心を固めるように言った。
駿は暗い顔になる。
「一族にもその情報は入ってはいる。逃亡して警察に追われているとかで」
エリは健太のことは把握していないようで、逃亡したということに驚いているようだった。
「それなら、ユーマは心配しなくていいと思う。私達がこれから行く保護施設にいずれ来ることになるだろうから」
「それってどういう意味で……」思わず言葉に詰まった。
「残念だけど」駿は言う。
「警察に捕まるのも時間の問題ってことだ。日本で警察から逃げ切ることは難しい」
この超常人に詳しい二人が言うのだから、例外でもない限り捕まってしまうのだろう。
健太は既に一人を重体にしてしまっているから、捕まると重い刑罰が待っているかもしれない。世間体があれだけ卑下する超常人の事件だ。そう簡単にはいかないのだろう。
「そうか……」悠真はうな垂れた。
「仕方ないわ。既に追われているのなら私達でも手のつけようがないもの。超常人を捕まえるのは超常人らしいからね」
「警察が超常人を?」
それは意外だった。超常人を捕まえるために超常人を使う……少し、不思議な感覚だ。
「あまり気にしすぎるな、悠真。一応、動向は調べておくから、心配するな」
悠真は自分の使命のことだけに集中しろ、とも言う。
「シュンもたまには良いこと言うじゃない」
エリはからかうように駿を小突く。
こんなエリと駿の会話を聞いていると、ふと、悠真と優衣のことを思い出す。
あれから四年経った今、なぜかは分からないが、記憶に白い靄がかかっているように優衣との思い出が、少しずつ忘れてしまっているのだ。もちろん、全く記憶がないというわけでもないし、印象のある思い出は覚えている。物心つく前から一緒に遊んでいた優衣は、いわば日常の一部であって、それが突然いなくなるなんて事は考えてもなかったことだった。
だから、毎日優衣と遊んでいた記憶は、日常の中に紛れ込んでしまっていて、何をしていたか、優衣はどんな表情だったか、はっきりと思い出せない。でも、それでこそ日常であって、それが一番の幸せなんだ。
日常を失って異常となった今、改めて思う。悠真は四年前から異常の中を生きていた。だから取り戻さなくてはいけないんだ。
「四年前のように、ただ見送っているだけでは、駄目なんだ」
幻影の悠真の言葉が一瞬過る。でも、この使命を背負えば、もう会えないと思っていた優衣や健太にまた会えるかもしれない。それなら、悠真にとって責任なんて何でもなかった。
「準備はいい?」エリが微笑んだ。悠真は胸を張って、
「行きましょう」
そう強く言った。
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