8話 道中

 駿と悠真は家から出て、止まった世界を歩く。

 周りを見回した。夕方の街には、犬の散歩をしている女性、ジョギングをしている男性、下校中の学生――。都会ほどではないが活気のある所だから、夕方でも人が沢山歩いている。

 そしてそれが全て停止している。ジョギングをしている男性は空中で止まっているし、犬の散歩をしている女性は瞬きをしているのか、目が半開きだし、学生は大あくびをして止まっている。空を見上げると、夕日を隠すどんよりとした雲さえも動いていなかった。


「簡単に言えば、ここは異空間だ」

「異空間?」

「時間が止まったように見えるが、逆に止まっている人間から見れば、我々が止まっているように見えるんだ。そして、向こうからは干渉できるが、こちらからは止まっている人間に干渉できない」

 触れることすらできないし、駿でなければ異空間から脱出もできない。

「別の次元に飛ばされたってことか」

「まあ、そんなところだ。潜入にはもってこいだが、暗殺ができるほど強力ではないな」

「十分恐ろしいけど……」

 納得していると駿はため息をついた。


「目的の場所に着いたぞ」


 シュンがそう言って指差した場所は、いつか健太が魔女に会ったという公園だった。


「……ここが目的地?」

「ああ。公園のなかで待っているはずだ」

 公園の中に入った。当然ながら、世間がここに魔女ならぬ超常人が出て来たことを知っているはずもなく、特に変わっていなかった。いつものように子供達が遊んでいる。今は動いていないけれど。


「エリさん、連れて来ましたよ」


 公園の真ん中まで来ると、駿が不意に立ち止まって誰もいない、正しくは停止した子供がいるだけの遊具がある場所に叫んだ。

 少し、静寂があった。駿はその間、ジッと遊具の方を見ている。誰がいるのだろう。何も教えてくれないのでオロオロしてしまう。


 その時、不意に目の前が真っ暗になった。急なことで何が起きたのか、まるで分からなかったが、やがて手で目隠しされているのだと気づく。


「だーれだ!」


 高い声が公園に響いた。それに続いて、駿のため息。

「エリさん何やってるんですか。今はあなたの遊びに付き合っている暇はないんですよ」

「何よー、シュンはいつも冷たいんだから」

 これはいったい、誰の声なんだ。駿に注意されていた、目隠しをしていた人は、少し怒りながらも悠真の目から手を離した。

 悠真は慌てて振り返った。しかし、そこには誰もいない。

「エリさん、姿も見せてあげて下さい。これから彼と同行することになるのでしょう」


 隣で駿が呆れた顔で悠真の目の前の、何もない所を見ていた。どういうことなのか。

「うるさいなー、シュンに言われなくたって分かっているわ」


 細かい粒子のような物がどこからともなく出て来て集まり始める。それはやがて、人の輪郭となって完全に粒子が集まりきった時には、そこに女の子が立っていた。


 悠真と同じくらいの歳だろうか。悠真より背が低くて、黒髪のショートヘアが似合っている。ゴシック系のワンピース姿は、まるで人形みたいだ。あどけない顔つきの無邪気な女の子という雰囲気があるものの、どこか奥が深そうな目をしていて、奇妙な感覚に捕われてしまうような、とても変わった少女である。そして、この少女にもツノがある。


「お目にかかるのは初めてね、ユーマ。私の名前はエリ。今のは私の能力で……自分と自分が触れているものを透明にする能力なの。驚かしちゃったみたいで、ごめんね」

 エリと名乗った少女は優しい声で微笑んだ。けれど危ういところで今の言葉のおかしなことに気づく。そのまま流されそうになった。


「何で? どうして俺の名前を知って――」

「悠真。少し落ち着こう。私の能力はあまり長い間は持たないんだ、できるだけ話は長くしたくない」

 悠真は口をつぐむ。駿は大人びていて、いつもより距離がある気分になった。駿は悠真よりも何段も上にいる感覚だった。

「そう言わないであげなよ。シュンだって、超常人になってすぐの時は戸惑っていたじゃない」

「それはそうですけど……」

「ユーマはシュンと立場が違うもの。これほどの運命を背負わされたら、それは困惑するでしょ?」


 駿とエリが話を進めているけれど、悠真は完全に見離されたように話についていけなかった。立場が違うとか、運命を背負わされるとか、理解できない。

 エリは悠真の方を向いて小さく笑った。


「ユーマ。私が今から話すことは全て真実よ。そして、これはあなたにとって、とても困惑することだと思う。けどしっかり聞いて欲しいの。これは世界にとって、とても重要なことだから」


 やはり奇妙だ、と思った。エリはさっきとは打って変わって大人びた口調で語りかけてきているのだ。まるで心の中にオンとオフのスイッチがあって、切り換えているみたいだ。急にゆっくりと静かな声に変わった。


「……話してみてください」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る