7話 不気味な世界

 二日後。未だ学校に行くことは出来ず、ずっと部屋にこもっている。健太の部屋を、警察が調べているせいで、家のなかは騒然とする日々が続いていた。

 ベッドに寝転び、スマホでニュースを見ていた。今では工藤健太の起こした事件はトップ扱いになっていた。依然としてA少年。

 全身に擦り傷や切り傷を負って意識不明の重体だった同級生が、回復の兆しを見せたという報道があった。ただ、インターネットだけあって、乱暴なコメントが多く、それらを見る度にただただ嫌な気分になっていた。


 二日経つ間に、自分の能力のことはだいたい把握しておいた。

 まず、基本として能力は左手による物体の吸収だった。液体も固体も、大きくても小さくても、全てを飲み込んでしまう。呑み込める限度があるのか気になったが、まだよくわからない。


 次に、吸い込まれた物はどこへ行くのか。そのことが気になった。鉄のような固い物でも、吸い込まれる時には紙切れのようにグシャグシャに曲がっている。

 そうして吸い込んだ物体は穴の中で塵となるのか、はたまた別の空間へ送り込まれるのか。これはいくら考えても答えは見つからなかった。

 そこでその考えは早々に放棄した。能力を使う上で気にすることでもないからだ。


 最後に、能力を発動するには自らの感情が必要だということが分かった。だから、無意識に机に手をついても、机が吸い込まれることはないし、左手がバレないように手袋をしても吸収される心配はなかった。咄嗟の出来事には対応できないのは難点だけれど、常に左手が使えないよりはマシだった。


 これが、この二日でわかったことだった。もしかしたら、これ以外にも能力があるかもしれない。


(壊してしまえ)


 ふと、あの幻を思い出した。いったい何故、急に現れたのか。超常人になるときは皆、あんな幻を見るのだろうか。


(自分にはこの現状を壊すことが出来る)


 左手の手袋を取った。薄気味悪い五芒星が目に映る。

 もし健太のように全てを壊してしまえば、どれだけ楽になるだろうか。この左手を使って我慢を捨て、全てを思うがままにすれば――


 あの幻は、一体何者なのだろう。悠真にとって天使か、悪魔か。どちらにしても、幻が言っていたことは悠真が待っていた言葉だった。


 ベッドから降りて、カーテンを開けた。下を見ると、取材記者やカメラマン達が門の前でうろついている。

 マスコミの人達を左手で隠した。隠してから左手を動かすと、マスコミがいなくなっている。そんなことが出来ないこともない。穴が吸い込むものは、人も例外ではないのだろうから。

「そんなことは、しないけどな」

 机に置いた手袋を手に取り、左手にはめた。家の前にはマスコミがウロウロしている。


 いや、ウロウロしていた、だ。


 さっきまで小さな人影が動いていたはずが、今、時が止まったかのように動かなくなっていた。

「何で止まって……」

 そこでさらに気がついた。人だけが止まっているわけではなかった。優衣の家に生えている草木や花壇の花、風にそよいで吹かれる落ち葉……草木は西の方向になびいたまま、落ち葉は空中で止まっている。


「止まってはない。そう見えるだけだ」


 突然の声に、思わず身体を跳ねるようにして驚いた。

 後ろを振り返ると、そこにはよく見知った男が立っていた。しかしいつもとは違って、髪が綺麗にセットされてスーツ姿だった。


「駿…………?」

「窓はきちんと鍵をかけておいた方がいいぞ。私みたいに簡単に家の中に入れてしまう」

 どうやらケンタの部屋の窓から入ってきたらしい。人の家に勝手に入ったくせに言うんじゃない、と意味もなく思う。ただ、悠真は目の前の駿がいることと、その風貌に驚いていた。


 いつものだらしない格好ではなくきっちりとした装いであるとか、一人称が変わっていることはひとまず置いて、そんなことよりも、駿の頭には小さな黒いツノが生えていた。

「超常人……」

「ああ、そうだ。今までだまして悪かったと思っている。いつもは髪でツノを隠して、生活していた」

「そんなこと、普通あるかよ」


 駿は困ったように笑った。

「私もここまで長い間ツノが見つからないとは思わなかったよ」

 すると、駿は悠真に歩み寄ると、左手をつかんで五芒星をまじまじと見つめた。

「本当に、悠真が力を受け継いだみたいだな……」

 駿は唇を噛みしめる。そして、悠真の左手を離すと、ポケットから携帯を取り出した。誰かと連絡を取っているようだ。

「俺は……俺も、超常人になっちゃったのか」

 駿は通話を切ると、真剣な顔で言った。

「残念だが、な。ツノがなくとも、悠真の場合は超常人ということになるだろう」

 唾を飲み込んだ。駿は悠真に否定する余地を与えず、悠真が認めたくない事実を告げた。

「俺は……これからどうしたら良いんだ。駿が助けてくれるのか?」

「助ける、わけではないかな。ひとまず、私についてきてくれないか。こうして能力を使ってここに来たのは、悠真に会わせたい人がいるからなんだ」


「会わせたい人?」


「そうだ、私の上司と呼んでも良い。家柄だけで言えばだいたいそんなような人だ」

 駿は家柄だけというところを強調して言った。


 悠真は駿の言葉に一瞬ためらった、でも。左手の五芒星を見る。この不気味な力を自分だけでどうにかできるとは思えなかった。

「わかったよ。駿の言うとおりにする。その人はどこにいるんだ?」

 駿はなぜか寂し気な顔を浮かべた。

「……ありがとう。案内する、ついてきてくれ」

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