第4話 お前の血を寄越せオラ①



「はぁ……はぁ……」


「まさか、てめぇごときに二○人以上もやられるとはよぉ。でもまぁこれで打ち止めだなぁおい」 


 人通りのまるでない裏通り。辺りは倒れた暗殺者で溢れて、まさに死屍累々な状況と言えた。血の吹き溜まりまで出来ている始末だ。


 そして僕の血液ストックはもうほぼ無くなってしまった。血術も使えて後数回程度。僕にしてはかなり頑張った方だ。だがどれだけ頑張っても敵の数は依然と減らない。むしろ増えてるまである。


 糞、僕一人に何人用意してんだよ。血が足りないし頭もクラクラする。不味いな詰みか。


「はぁ、本当に見るに耐えんのぅ」


 諦めが脳裏にちらついたその時、いつの間にか近くの建物屋根上に移動していた、銀髪ゴスロリ幼女メアリーがふわりと降りて来た。


「……何さ。手を貸すつもりはなかったんじゃないの?」


 メアリーは戦闘が始まり早々に避難していたのだ。手を貸すようにはとても思えなかった。


「ふんっ、一つ年長者として助言をしてやろうかと思ってのぅ」


 彼女は暗殺者集団に目もくれず、僕の前に割り込んだ。当然、無視を決め込まれた彼らは面白くない。


「おいおい、いきなり現れて何のつもりだぁ? ここは託児所じゃねぇぞぉ?」


「黙ってろ下種が。妾が話している」


「な、何だぁ、てめぇ?」


 メアリーの声音はその容姿からは想像出来ない程に冷徹なものだった。何故か怯えたように声音が揺れる暗殺者。幼女にビビるなよ。

 

 メアリーはやはり暗殺者達を気にせず言葉を続ける。


「さて、お主いつまで力を使わないつもりじゃ? 貴様は自分の血しか使ってないじゃろ。今更何に拘る?」


「……」


 ドクンッ


 何故か急に心臓を鷲掴みされた感覚に陥った。苦しくて苦しくて次の言葉が思うように喋れない。


「妾には理解出来ないが、お主が勇者という幻想に固執していたのは知っている。しかしだな、今更そんなもの無価値じゃろうて。その幻想にお主は何をしてくれた、何をされた。期待して夢想して自己を押しつぶしたその先に何が残った!!!」


 自然と拳に奥歯に力が籠った。そうだ本当にそうだ。笑えるぐらい純然たる事実であり、何も言い返せやしない。

 そうだ、僕は今更何に拘っているんだ。


「良いか。貴様は今まで己が宿命から目を背けていた。悪いとは言わん。それも一つの道じゃ。しかし、これからはーー」


 あぁ、分かってるよ。分かってるさ。メアリーの言葉が容赦なく心臓に突き立てられていく。ぐうの音すら出せない。


 だからこそだ。だからこそ先の言葉を言わせるわけにはいかない。


「もう良い。分かった、分かったよ。アンタに焚きつけられるのは癪だけどやってやる。やってやるさ」


 小鹿のように震える足を叱咤してフラフラと立ち上がる。あぁ、そうだ。その通りだ。全くもって一分の隙もないぐらいにその通りだ。


「あぁ、糞。全くもってその通りだよ。今更何に拘る。先に捨てたのはそっちなんだ。なら僕はもう好き勝手にやってやるさ」


 いいさ。もう何もかも気にするのはやめだやめ。我慢するのは止めて好き放題にやってやる。


 僕は今から倫理観を捨ててやるぞーーーーー!!!!!


「うむ! それでこそ妾が認めた同盟者じゃっ!!」


 その言葉を聞くとメアリーは満足そうに頷き、また屋根上へと飛んでいった。自由なやつだ。


「はっ! 最後の遺言は終わったかよ!! 急にイキりやがって。今更何をしようがテメェはここで死ぬ運命なんだよぉ!!!」


「うるせぇよ。しかもご丁寧に最期まで聞いてくれちゃってさ。shot弾丸!!」


 血液の弾丸が暗殺者のうち一人の額を貫いた。即死だ。


「はっ! 馬鹿の一つ覚えかよ。てめぇの血術は確かに強力だよ。だが乱発できねぇだろ?」


 暗殺者達は自分がまだ優位な立場にいると思っているのかせせら笑いを浮かべた。

 まぁ彼らの言い分は決して間違っていない。血液の弾丸を打ち出す弾丸ショットを含め、殆どの血術はその特性上乱発は出来ない。


「よくお勉強しているみたいだね。まぁ概ねその通りだよ。僕らの血術は自分の体内にある限られた血液しか使えない。そう聞いているでしょ?」


 だから血術を使い続ければ当然血液は失われ、最悪死に至る。 しかしそれも過去の話。今の僕にその心配は全くもってないのだ。


「へへっ、そうだぜ。それなりに血液を使ったはずだ。もう立ってるのもやっとな筈だろぉ?」


「でもね、別にそんな事ないんだよ」


「へ?」


 暗殺者達は再び間抜け面を晒した。覚悟しろよ、目にもの見せてやるからな。


「つまりこういう事さ。Absorb吸収


「血が吸われている……?」


 幸い派手に戦闘したせいか血はそこら中にある。

 言葉を起動音キーに辺りに撒き散らされた血が澱み渦巻きせめぎ合う。そしてそれは川の濁流の如く僕へと駆け込んだ。


 あぁ、血が自分のものになっていく。今まで支えていた量とは桁違いだ。


「そ。今まで勇者パーティーの一員だったから倫理感を考慮して使ってなかったんだけどね。だけどもうそんな事気にする必要もない。つまり今僕は血術を無制限に使えるんだよ」


「はっ! な、何をビビる必要がある! 所詮勇者パーティーを追放された落ちこぼれだろうがっ! 数で押し切ればなんて事ねえ、全員でやっちまえ!!!」


 暗殺者達が僕に目掛けて一斉に飛び出した。

 馬鹿が。少しでも不穏な空気を感じたのなら、プライドなんか捨てて一目散に尻尾巻いて逃げればいいのに。だけどもう遅い。


circle-edge血円斬!!」

「はっ! 芸がねぇな。そう何度もーー」


 ズパアアアアアアアアアンッ!!!!!!!!!


「ーーは?」


「さっきから『は?』としか言ってないじゃん。ひょっとして鳴き声?」


 また間抜け面を晒す暗殺者。晒しすぎじゃない? もしかして趣味かな?

 まぁ、気持ちは分からないでもないけど。


 先程から使っていた円状に駆ける血刃。同じ血術であることは間違いない。ただし、範囲が桁違いだ。先程までのが刃渡り一〇センチだとしたら、今のはざっと三メートル。


 暗殺者集団も一気に半分以上が斬り伏せられていた。


「て、てめぇ……!」


「まだ結構残っていてめんどくさいな。よし、これで一気にかたしてやるか。demon‘s arm悪辣たる血装腕!!」


 ズオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ


 その言葉を起動音キーに右腕に大量の血が収束し圧縮していく。そしてそれは何度も収束と圧縮を繰り返し、ついには巨大な腕を形成してしまった。

 それは緋き緋き巨大な腕。威圧感が凄まじく、これなら大人の男ですら容易に握り潰せることだろう。まさに悪辣たる悪魔の腕。


「ば、化け物……」


「あぁ、その通りだよ。だけどそのおかげでテメェらをぶちのめせる」


 一歩足を進めるごとに暗殺者達は怯えたように後ずさる。だけど殺しに来たんだ。ぶっ飛ばされる覚悟が無いなんて言わせない。思いっきりやってやる。


「うらああああああああああああああああああ!!!!!!」


 振われた悪魔の腕はまるで嵐の中吹き飛ばされた大木。受けるものからしたら災害でしかない。


 血で形成された腕は暗殺者達を余すことなく吹き飛ばした。

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