呪われた橋 (素直じゃない)

帆尊歩

第1話 素直じゃない


僕との結婚式が迫った砂羽が、どうしても僕に見せたい物があるという。


連れてこられたのはなんてことのない県境の橋だった。

「ここは?」と僕は砂羽に尋ねる。

「ここは呪われた橋」

「はい?」

「あたしにとってのね」

「なんだそれ」

「ママが、あたしを捨てたところ、そしてあたしが、ママを捨てたところ」

「どういうことだよ」確かに砂羽の母親についての情報はなかった。

砂羽はずっと父親と二人で暮らしている。

僕は何かあるとは思ったが、特に聞くことはしなかった。

ただ小さいときに離婚したとだけ聞いていた。

「ママは、じゃあね砂羽。パパの言うこと良く聞くのよ。なんて言って、橋の向こうに去って行こうとした。

それはちょっと買い物に行ってくる程度の感じ。

でもあたしは何かを感じたの。

だからママ、行っちゃイヤだ。

帰ってきてと叫んだ。

でもママは悲しそうに去って行った。追いかけようとしたあたしを、パパは後ろから抱きしめた。

なにするのパパ、ママが行っちゃう。

あの時は本当にパパを恨んだ。

でもあたしを後ろから抱きしめながら、パパは泣いていたの。

それがなぜなのか分からない。

それは、今でも分からない。


十五年後ママは帰ってこようとしたの。

パパは砂羽さえ良ければと言った。

今なら分かる、パパが許そうとしたと言うことは、それなりの事情があったんだろうと、でもあたしはこの橋で、ママを拒否した。

ママは寂しそうに橋の向こうに去って行った。

だからこの橋はママがあたしを捨てて、あたしがママを捨てたところなんだ」

「だから、呪われた橋って訳か」

「うん」

「お母さんを結婚式に呼ぼう」

「えつ」

「呼ぶべきだ。お父さんが許そうとしたと言うことは、本当に仕方のない理由だったんだろう。それに砂羽にとっての呪いたい場があるなんて僕もイヤだ」

「呼ぶの?」

「もちろんだよ、僕の愛した人のお母さんだ。この橋を呪いの橋から喜びの橋に変えよう」

「砂羽が嫌でも僕が呼ぶ」そして砂羽が僕を見つめる。

そして口の中で、「ありがとう」と言った。


僕はこのありがとうの意味がちょっと違っている事を知っている。

全く素直じゃない。

でもそんな砂羽も大好きだ。

砂羽はママに結婚式に来て欲しいんだ。

砂羽はとっくの昔に、ママのことを許している。

でも自分から言えないから、新郎の僕に言われて渋々という感じにしたいんだ。

自分にとって呪われた橋を喜びの橋にしたいんだ。

全く素直じゃない。

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呪われた橋 (素直じゃない) 帆尊歩 @hosonayumu

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