#14 何という無駄な奇跡

 二人を引き連れて、僕は二階のカジノへと戻った。例のルーレット機が、軽快な音楽と共にイルミネーションを輝かせているのがいまいましい。しかし、ピンボールの彼女にそばにいると、またややこしい事態が起こる危険があったから、どうしても場所を変える必要があった。


 阿倍野はコインを買い込んで、スロットマシンで遊び始めた。僕はその隣に座って、彼の戦いぶりをぼんやり眺める。しかし、絵柄が揃う気配はまるでなかった。不運の黒雲が、僕ら二人の頭上に立ちこめていた。

 白滝はルーレット機の前に座って、先ほどの僕と同じように、じっとボールの行方を見ている。またしても、眼差しが真剣だ。何回目かの結果が出たところで彼は立ち上がり、僕ら二人のところにやって来た。


「阿倍野君、悪いけど。コインくれないかな。二、三枚でいいから」

 白滝は言った。

「コインぐらい買うたらええやん。僕のも残り少ないんやから」

 阿倍野は渋る。もはや、僕らの頭上には不運の雨がざあざあと降り続いているようで、全く当たりが出せていなかった。

「いや、わざわざ買わなくても、何枚かあれば十分だ。ルーレットですぐ増やせる」

「しょうがないな」

 仕方なく阿倍野は、白滝の手のひらに五枚のコインを落とした。

「サンキュー」

 白滝はルーレットへと引き返す。

「ずいぶんな自信だな、あいつ」

 僕はつぶやいた。

「見に行きましょうか。どうせこっちはもうあきませんし。そやけど、なんや今日の白滝君、変な迫力ありますね」

 阿倍野は首を傾げる。


 ルーレットの前に戻った白滝は、五枚のコインをすべて機械に投入し、選択ボタンを叩く。彼が迷わず選んだのは、「奇数オッド」だ。そしてルーレットが回り始める。

「お、全部『奇数』に賭けたのか。そのやり方は俺もさっき『偶数イーヴン』でやったけどな、」

 そう言いかけて、僕は絶句した。機械の液晶パネルに表示された直近七回の結果が、全て奇数だったのである。

「おい、もう奇数が七回も続いてるじゃないか。まずいだろ、これ以上奇数は」

「でも案外、まだ奇数が続くかもしれませんよ。こういうのには、流れがありますからね」

 阿倍野は言った。白滝はただ黙っている。


 射出された銀色のボールは、回転するルーレットの周りをしばらくの間ぐるぐると走った。やがて次第に勢いをなくし、意を決したようにルーレットの上へと転落する。数字は「1」だ。画面上のコイン残数表示が、「10」へと増えた。


「やるなあ」

 僕は感嘆の声を上げた。

「8回連続で奇数が出るなんてなあ。すごい確率だ」

「256分の1やと思います、多分」

 阿倍野が怪しげな数字を持ち出す。

「何回連続しようが、次に奇数が出る確率は2分の1ですよ。0を除けばね」

 白滝は醒めた声でそう言いながら、操作ボタンを叩く。賭けるコインは十枚。そして選んだのは「奇数」。


「お前、そりゃ幾らなんでも無茶苦茶だぞ」

 僕は驚いた。

「いい加減にしておかないと」

「でも、確かに白滝君の言うたとおり、次に奇数の出る確率は2分の1ですよね」

「だけど全体を平均すりゃ、奇数と偶数は同じだけ出るはずだよな……違うのか」

 確率論が全くダメな僕が考え込んでいる間に、ルーレットは再び回り始めた。同じ繰り返し。ボールはルーレットに身を投げる。そして数字は見事に「13」だった。コインは「20」に増加する。


 ここまで来れば、もう次の答えも決まっている。白滝が選んだのは、「奇数」に二十枚。軽快な電子音楽と共にルーレットは回り始め、機械のあちこちに施されたイルミネーションがにぎやかに点滅する。

 本来このルーレット機は友達同士でわいわいと盛り上がるための、いわばおもちゃである。しかし僕ら三人に、今やそんな浮ついた雰囲気はない。リアルな緊張感が漂っていた。


 音楽が終わるころ、答えが出た。数字は「37」。十回目の「奇数」だ。

 僕と阿倍野は黙り込んでしまった。奇跡的な連勝ぶり。しかし、彼が得られるのは四十枚のおもちゃのコイン、ただそれだけなのだ。一体これは、何という無駄な奇跡なのだろう。

(次回・エピソード2最終話、#15「白滝が得たもの」に続く)

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