第13話

 店を出てから10分、草子は前しか見ないと決めて歩き続けた。振り返るものか。草子は振り返ると負けだと言わんばかりに、絶対に前しか見なかった。


 ふいに草子は立ち止まり、赤い靴を脱ぎ捨てた。この靴は窮屈だと思ったからだ。


 あたしには靴なんかいらないのだ。この二本の足があれば、どこにだって行けるはずだ。


 人間は着飾る。そして、どんどん窮屈になっていく。飾れば飾るほど、自分の外側しか見なくなる。中身がない人間ほど、外を飾りたてていく。


 草子は、何の手がかりもないのに、男を探そうとしている自分、そして靴も履いていないのに歩き続ける自分を気に入った。


 自由を感じた。


 自分のしたいことをする。こんな簡単な事が以前は一番難しかった。あの男があたしを自由にしてくれたのだ。


 草子が服のポケットに手を入れると、一万円札が三枚入っていた。松野が入れたのだと気づいたが、あの男の真意は知りたくないと思い、このお金はありがたく貰っておこうと草子は決めた。


 もう二度と会う事はないのだから。




 疲れた。


 草子はもうずっと長い時間、何も食べていない事をふいに思い出した。体も横にしたかった。


 辺りを見回すと、ネットカフェの入り口が見えた。テレビのニュースでしか見たことがないネットカフェ。自分とは無縁だと思っていた場所が、今は自分の居場所だと感じるぐらいに、草子は疲れていた。


 草子は引き寄せられるように、狭い入り口を入っていった。


 テレビで見たことがある店内に入ると、受付の若い茶髪の青年が、


「いらっしゃいませー」


 と明るく草子に話しかけてきた。


 急に気後れした気持ちになり、小声で、


「初めてなんです」


 と伝えると、青年はクスっと笑い、


「泊まりますか?」


「はい。泊まります」


「じゃあ、前金で千円になります。三番のブースに入ってください」


「三番」


「あ、シャワーは奥にあるんで」


 シャワーもあるのか。一瞬、草子は自分が汚いと言われたような錯覚に陥った。慌てて青年の顔を見ると、笑顔で草子を見ているので、密かに安堵した。草子は、先程の三枚のうちの一枚を、青年に差しだした。


 青年は慣れた手つきで、お釣りを草子に手渡した。お釣りを手渡す時に、わざとなのか青年は草子の手を握った。慌てて手を抜く草子を見て、また青年はクスっと笑った。


 からかわれている。


 草子は鍵を貰うと、逃げるように三番のブースの中に入り、中から鍵をしっかりと閉めた。



 (つづく)

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