大いなる夢のため、花嫁修業に精を出しておりますのよ!

 王宮での騒動から、早くも一月経った。


 私はフォディーナ家には戻らず、そのままモーリス邸に滞在し続けていた。


 というのも、モーリス領辺境伯とフォディーナ伯爵令嬢の婚約は国内だけでなく国外でも大々的に取り上げられたらしく、連日大騒ぎだというので、ケントルに戻るのは控えた方が良いと判断したのだ。


 またモーリス領辺境伯についても、王妃陛下とカロル王太子殿下、並びにスティリア公爵令嬢が『信頼できる上にとてもお優しい方だ』『心清らかでそばにいるだけで癒やされる素晴らしい紳士だ』『恐怖するどころか見惚れるほど見目麗しい御仁だ』と公然の場で訴えてくださったおかげで、誤解は解けつつあるみたい。


 しかし……ちょっと褒めすぎでは?

 今度は違う誤解が生まれそうで怖いわ。第二夫人でいいから嫁にして! と目を血走らせた女どもが殺到してきた時のために、連射弓でも作っておくべきかも。


 カロル様とスティリアのご結婚は、来年に予定されているという。


 スティリアとは今では、文通する仲にまでなった。

 検閲を通さず、ベニーグ経由でお手紙をやり取りしているから、お互い書きたい放題言いたい放題よ。たまに、未来の王太子妃がこんなに口が悪くていいのかしら……と心配になることもあるわ。

 でも未来の辺境伯夫人になる予定の私も同じくらい口汚い言葉を書き連ねているから、お互い様よね。


 有り難いことに、式には私も招いてくださるらしい。

 できれば私もなるべく早く……と考えてはいるのだけれど。



「ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー」

「きゅおん!」

「はっ! ふん!」


「ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー」

「むきゅるる!」

「ほうっ! たあっ!」


「ワン、ツー……」

「んきゃきゅきゅきゅーん!」

「おりゃどりゃ! うりゃそりゃわっしょーーい!」


「ストップ、ストーーップ!!」



 ベニーグの制止の声に、モナルク様と私は互いに急所を狙い合う手足を止めた。



「あなた達……何をやっているのか、わかっているのですか?」

「むんきゅ」

「ダンス」



 ベニーグに問われ、モナルク様と私は素直に答えた。



「ダンスじゃないでしょう! あなた達がやっていたのは、異種混合格闘技でしょう! ダンスというのは手を取り合って踊る行為であって、突きやら蹴りやらで相手を倒すことではないのです!」

「でも、寸止めにしてるよ?」

「ええ、だから倒れないわよ?」



 ベニーグの説明を踏まえ、モナルク様と私はきちんと弁解した。



「そういう問題じゃねえええええ! お前らわかっているのか!? 王宮での舞踏会は、来月なんだぞ!? 来月までに踊れるようにならねばならないんだぞ!? 今のままじゃ、大広間に屍の山を築くだけだろうがあああああ!!」

「でも、寸止め……」

「ええ、倒れない……」


「だーかーらー! そういう問題じゃねえと言ってるんだよおおおおお!!!!」



 やれやれ……またベニーグ講師がおブチ切れになられてしまった。



 来月、王妃陛下主催の舞踏会が王宮にて催される。その舞踏会に、モーリス領辺境伯と婚約者である私達もお呼ばれされたのだ。


 モーリス領辺境伯が公の場に顔を出すのは、今回が初めて。そのため、ベニーグは張り切っているようなんだけれど……ダンスって、本当に難しいわねぇ。


 ダンスだけではない。


 モナルク様と婚約して以来、私はベニーグによって厳しい教育を受けている。各種マナーに加え、多国語、全世界史、地理学、経済学、生物学などなど、多方面の学問まで勉強中だ。


 勉強は苦手だ。でも、私には大きな夢ができた。

 このモーリス領に迫害を受けている人外を集めて、穏やかに暮らせるようにしたい。願わくば、人と共存できるようにしたいのだ。


 モーリス領で成功すれば、他の地でも挑戦しようと考える者が現れるかもしれない。その輪が広まって、いつかシニストラに根強く残る偏見がなくなれば……と夢見ている。


 見ているだけじゃなくて叶えたいから、嫌で嫌で仕方ない勉強もひんひん頑張っているというわけだ。


 でも……ダンスだけはどう頑張ってもうまくならないのよね。

 モナルク様とおててつないでモフフなんて、最初こそウキモフ浮かれて踊れるんだけど、どんどん感覚が研ぎ澄まされていって、最後には命を賭けた戦いになっちゃうの。


 私達の仲がドラマティックかつパッショナブル過ぎるのかしら?



「失礼いたします。アエスタ様に来客がいらしております」



 地獄のダンス特訓に休止符を打ってくれたのは、シレンティだった。


 ああ、シレンティが神に見えるわ。モナルク様も同じみたいで、両手を合わせてむきゅむきゅお祈りを捧げている。お祈り姿もそのまま永遠に時間を止めて、お部屋に飾り続けたいくらい可愛いわ!



 汗を拭き着替えると、私は来客用の応接室ではなく玄関に向かった。

 その客人というのが、外で景色を見ながら待つ方がいい、何も動かない室内にいても面白くないからと言ったのだという。


 奇特な客人だと思ったが、会ってみて納得した。



「よっ、アエスタ!」



 小麦色の肌に白い歯を光らせて笑う、白銀の短髪の女性は――。



「お母さん! どうして!?」


「お前が婚約したと聞いてね。慌ててすっ飛んできたのよ。親としては、お相手がどんな方か気になるじゃない?」



 お母さん――実の母と会うのは、お父さんが亡くなって以来だ。

 スレンダーな体にピッタリ沿った革製の黒の上下にマントを羽織る冒険者スタイルが、相変わらずよく似合う。



「あ、あの……アエスタ様の母君、とてもカッコ良いですね。許していただけるなら、お姉様と呼ばせていただきたいです。サインとかいただけますかね? あああ握手などは有料でしょうか?」



 シレンティ、憧れの舞台俳優に会ったような、はわわ顔になってます。

 そうなの、ウチの母、何故か女性にモテてモテてモテまくるタイプなのよね……。


 続いて玄関から出てきたのは、ベニーグだった。もうローブは羽織っていない。獣人であることを、隠す必要を感じなくなったからだ。

 彼もいろいろと吹っ切れたらしい。



「失礼いたします。アエスタ様のお母上とお聞きしまして、ご挨拶にお伺いしました。私はこの館の」

「レントゥス・キーーック!!」



 が、ベニーグの挨拶の途中、高速で空気を裂いて割り込む者があった。陽光が反射し、キラリと眩しい輝きが目を射る。



「っぶな……何ですか、あなたは!」



 間一髪で躱したベニーグが、突然の闖入者を睨む。



「うるさーい! レントゥス・パーンチ!」



 キックとかパンチとか言っているが、そんな技は出していない。


 何と、相手は剣で襲いかかっているのだ。それもどうやら、本物の剣だ。さらに恐ろしいことに、凄まじく剣の技が冴えていた。只者ではない。


 私は声も出せず、息すらできず、立ち尽くすしかなかった。


 だって、このベニーグに襲いかかっている人…………もう、この世にはいないのよ? なのに、何故……。



「レントゥス・ゲンコーッツ!」


「……レントゥス様? まさか、レントゥス・フォディーナ様……?」



 シレンティが口元を震わせながら名を呼ぶ。するとその者は、ゆっくりとこちらを振り向いた。


 お父さんだった。間違いなく、お父さんだ。死の間際に往生際悪く残っていた頭髪すら失い、ツルッパゲになっていたけれど、確かにお父さんだ!



「お父さん、なの……? 本当に、お父さん……!?」

「アエスタぁぁぁーー!」



 お父さんは剣を放り出すと、頭を光らせながら駆け寄り、私に抱き着いてきた。



「何なのだ、婚約とはぁぁぁーー! お父さん、聞いてないぞぉぉぉーー!」


「ごめんなさい……だってお父さん、死んでたから」



 父親に婚約報告をしなかった理由として、こんな言葉を挙げるのは、世界広しといえあまりいないのではなかろうか?


 私も亡くなったお父さんにこんなことを言う時が来るなんて、思いもしなかったわ。



「もしかして、オバケになって来てくれたの? ありがとう、お父さん!」



 また会えるなんて思わなかった。

 オバケになってでも娘のお祝いに駆け付けてくれたのなら、こんなに嬉しいことはない。


 私は笑顔でお父さんを抱き締め返した。



「ひっ!? オバケ!?」



 しかしベニーグはたちまち毛を逆立て、慌ててシレンティの背後に隠れた。耳をぺたんと寝かせて、尻尾まで股に挟んで震わせている。


 ほう、ベニーグはオバケが苦手なのね? ククク、弱点を一つ発見したわ!



「…………アエスタ、オバケじゃないのよ」



 が、感動も束の間、お母さんが銀の髪を掻いて申し訳無さそうに告げた。



「お父さん、死んでなかったのよ。死んだフリしてただけなの」



 へ?

 お父さん……死んで、なかったの?

 死んだ、フリとは一体……!?

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