私の黒歴史は『お父さんの髪の毛と結婚する』と言っていたことよ!

 王妃陛下には宿泊していくようすすめられたが、また次回にと辞去し、私達は再び人車に乗ってモーリス領へと戻った。


 屋敷に戻るのかと思いきや、モナルク様の指示でまずはパルウムへ。

 人車として働いた野郎どもに、早く休める場所を用意してあげたいんですって……んもふう、優しすぎるわよ!


 しかしパルウムに到着すると、モナルク様は王宮に潜入した時と同じように黒い布をすっぽりと被った。



「だ、だって、みんな、モニャ見たらビックリしちゃう……」



 とのことで。


 またベニーグもベニコから、黒いローブに着替えてしまった。


 ベニコのが可愛いのにもったいないわねー? と目で合図すれば、ねー、とシレンティも頷く。



「あら、ベニーグ様。お久しぶりです。この前のフリスビーフジャーキーのお味はいかがでしたか? また新たに作ったので、お持ちしますね」



 市場に向かう途中、通りかかった食堂から一人の若い女の子がにこやかな笑顔で話しかけてきた。


 あ、この子がベニーグにいつも差し入れをくれるという子かぁ……。



「おい、女」



 すると、シレンティが二人の間に割り込む。



「ベニーグ様にあまり馴れ馴れしくしないでくださいね? この方はいずれ相応しいお相手と結ばれるのですから。その時に泣くのは、あなたと私ですよ?」

「は……?」



 女の子は大きな目をぱちくりさせ、それから首を傾げた。



「私は夫がおりますので……ええと、あなたはベニーグ様の恋人さんですか? フリスビーフジャーキーはもうお贈りしないでほしい、ということでしょうか?」


「なっ!? こここ恋人!?」


「いえ、いりますいります! ジャーキーください! たくさんください!」



 シレンティとベニーグがそんなやり取りをしている間に、私とモナルク様は食堂の店主に話をつけ、まずは三人を住み込みで働かせてもらえることになった。



「はぁ……あんな幼いお顔をしてるのに、まさか人妻とは」


「ふぅ……危うくフリスビーフジャーキーをもらえなくなるところでした」



 溜息をつく二人を先頭に再び歩き始めると、私は背後からわざと大きな声で言った。



「でもぉ〜? 恋人ってところは二人とも否定しなかったわよねぇ〜?」


「ねー? ベニーグとシレンティ、恋人なんだねー!」



 モナルク様も黒い布の下で、モッフモッフと嬉しそうに揺れる。



「イエーイ、恋人ー!」



 さらに後ろから付いてくる十人も腕を上げて煽る。あら、こいつら、なかなかノリがいいじゃない。



「もうっ! おやめください! 何度も言っておりますが、私とベニーグ様とでは身分が」

「そうですよ! 恋人を名乗るのは、まずシレンティのご両親にちゃんとご挨拶してからですっ!」


「え」

「え」



 シレンティがベニーグを見る。ベニーグも彼女を見る。視線の意味は見事に噛み合っていない……けれども。



「なぁんだ、要するにラブラブなんじゃなーい!」

「ラビュラビュー!」

「ラッビュラビューゥゥゥ!!」



 私が囃し立てると、モナルク様も野郎どもも倣って続いた。


 呆然とするシレンティに、私はそっと笑いかけた。すると彼女も、頬を染めてほんのりと微笑み返してくれた。


 身分がどうとか、ベニーグにはそんなの関係ないみたいじゃない。気にしなくたって良かったのよ。


 うん、シレンティが勝手に身を引こうとしたら、今度こそ全力で止めてやるわ。

 相思相愛なんだから、これからどうするかは二人で決めるべきよ。


 愛する相手に愛されているのなら、きっとどんなことだって乗り越えていけると思うもの!




 前回と違って今日はセールではなかったものの、市場は盛況のようだった。


 そこにいる人々に声をかけながら、残る十人の住む場所と仕事を探す。

 骨が折れる作業かと思ったけれど、驚くほどすんなり決まった。というのも、誰もお断りしなかったから。何なら取り合いになるくらいだった。


 どこもかしこも人手不足なのかと思ったら、そうでもないらしい。



「他ならぬモーリス様からのご依頼なのですから、全力でお応えしますよ。モーリス様には本当にお世話になっておりますので」



 最後の一人を引き受けた大工仕事を請け負っているという男は、そう言って嬉しそうに笑った。


 村人の生の感謝の言葉を聞けて、黒モナルク様も嬉しかったようだ。

 ついついスキップしちゃった。

 そしたら布の裾を踏ん付けて、ずべんと転んじゃった。

 おかげで黒布、すぽーんと脱げちゃった……。



「あっ……あにゅ、むきゅ……」



 モナルク様、市場の床に座り込んだまま、あわあわと辺りを見渡す。皆の視線は当然のように、突然現れたピンクのモフモフに集まっていた。


 私はさっとモナルク様に近付き、盾になって前に立ち塞がった。ベニーグとシレンティも続く。


 モナルク様を人外だ化物だと恐れて、危害を及ぼそうとする者がいるかもしれない。

 そんな奴がいたら全員顔を覚えて、家を調べ上げて、クッソほど酸っぱい木の実とクッソほど苦い木の実を毎日毎日、雨の日も風の日も、健やかなる時も病める時も自宅に送り続けてやるわ! 覚悟しなさい!



「……モーリス様! やっとこちらにお顔をお出しになってくださったのですね!」


「黒布を被っていたけれど、そうじゃないかと思っていたんだ! 前に白布でいらしたこともありましたよね!」


「おーい! モーリス卿がいらっしゃったぞー! お花をお持ちしろー!」



 だがしかし、皆の反応は想像と何かいろいろと違った。


 ええ、人外でもおおらかに受け止めてくださるのは嬉しいわ。


 でもどうして?

 皆、何故このピンクのモフモフなるお方をモナルク様だと知っているの!?



「モーリス様、いつも本当にありがとうございます。ほんのお気持ちですが、こちらをどうぞ」



 村長だという年嵩の男が、立ち上がったモナルク様に大きな花束が差し出す。



「今も昔も、モーリス様はこの地をお守りくださりました。まだここが村になる前からずっと。マルゴー国が幾度か侵略に訪れましたが、その度にあなたが戦って退けてくださった……そのお姿に、我々がどれだけ勇気と希望をいただいたことか」



 あっ……見られてたんだ。


 そ、そうよね、この村ってまだできたばかりだもの。その前は皆森に潜んでいたというし、モナルク様が戦う姿を知る者がいてもおかしくないんだったわ……。



「そ、その頃のことは……恥ずかしいから、忘れてほしいにゃ。モニャ、ちょっと荒ぶってたから……」



 モナルク様は受け取った花束で顔を隠すと、全身のピンクを濃くして身をフリフリした。荒ぶる闘神時代は、モナルク様にとって黒歴史らしい。



「あ、あの……私からもいいですか」



 ベニーグはそろそろと申し出ると、思い切ったようにローブを脱ぎ去った。



「じ、実は私も獣人なのです! 皆様、隠していて、本当に申し訳ございません!」


「……ベニーグ様、隠してたんですか!? あれで!?」



 最初に反応したのは、食堂の人妻な女の子だ。



「フリスビーフジャーキーを前にした時はいつも、尻尾を振りすぎてローブから常にはみ出てましたよ!?」


「うん……お肉を見たら、大体ローブごと持ち上がってたな。尻尾を振りすぎて」


「ああ、転がったボールを追いかけて行ったこともありましたね……四足になって、お尻を丸出しにして尻尾を振りながら」


「もうやめてください……私のライフはキューキューです……」



 ベニーグも顔を覆って、蹲ってしまった。こちらの黒歴史は、現在進行系のようですわね……。



 パルウムの皆も、モナルク様とベニーグを受け入れてくれた。というより、とっくに受け入れてくれていた。


 さあ、次は私の番ね!

 モナルク様にだけでなく、モーリス領辺境伯の妻として相応しいレディになれるよう、これからも頑張らなくちゃ!

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