人をダメにするのではなく、人を素直にさせる癒やしのモフモフよ!

「な……何だ、その生き物は」



 王妃陛下が、震え声を上げる。



「ご、ごめんなさい……でもこの人、ほっといたら転んで痛いことになるとこ、だったから……」



 モナルク様は胸に抱えたカロル様の頭をモフモフのおててでナデナデしつつ答えた。


 おい、カロル、ふざけるな。

 私だってまだナデナデされたことないのよ!? それにそこは、私専用の場所よ!?



「アエスタ、この獣を引き入れたのも貴様の仕業だな!? ええい、カロルを離せ! 獣風情が、シニストラ王家の者に触れるな!」



 ぴゃっと毛を逆立て、慌ててモナルク様はカロル様を己の身から離そうとした。


 が、カロル様が離さない。離れない。

 モフモフのピンクの胸に顔をもっふりと埋め、両手でもっふりと掴み、モナルク様にしがみつく。



「カロル……どうした? 具合でも、悪いのか?」



 我が子の異変を察知した王妃陛下が玉座を立ち、階段をそろりそろりと下りてきた。が、足を自分の足に引っ掛けて、バランスを崩す。


 親子だなぁ……とほっこりしたけれど、ほっこりしてる場合じゃない。



「王妃陛下っ!」

「危ないっ!」



 衛兵達が駆け寄る。しかし一番早かったのはやはり、ピンクのモフモフだった。


 もっふぅ〜ん!


 モナルク様が離れないカロル様を抱き締めて庇ったため、背中で受け止められた王妃陛下は一度軽くバウンドして跳ね上がると、もふっと再び背モフに落ちた。



「だいじょぶ? モニャ、翼あるんだけど、ごっつんこ、しなかった?」



 問いかけられても、王妃陛下は答えない。カロル様と同様、むんぎゅりと背中に抱き着いて離れなくなった。


 ええと……これは……うん。


 モナルク様も困ってしまったようで、前面背面に王族親子を蝉みたいにくっつけたまま、手足を投げ出し、床にぺたんと座って眉毛を下げていた。

 やだもう、ぬいぐるみみたいで可愛い。今度はこのポーズのぬいぐるみを作ろう。モフルクもお兄ちゃんになるわね!



「け、獣め! 王妃陛下と王太子殿下から離れろっ!」


「この方に触れるな!」

「邪魔したら死刑だ!」



 果敢に応戦しようとした衛兵の声は、あっさりと一蹴された。



「母上……思い出しませんか……」

「ああ、カロル……思い出すな。この香り……」



 モナルク様を間にもふんと挟み、親子はゆるりと語らいを始めた。



「母上と、よく花畑で遊んだ時の香りですね……この時は楽しかった……」


「そうだな……第一夫人がまだご健在で、私にもお前と笑い合う余裕があった……」


「このふわふわ感……母上が抱き締めてくださった感触を思い出します……」


「この柔らかさ……まだ幼いお前の生えたての髪を思い出すよ……」


「母上……僕達、どこですれ違ってしまったのでしょう……母上の期待に応えねばと気負うほど、空回りしてしまう……」


「私も同じだ、カロル……亡くなった第一夫人があまりにも立派すぎたのだ……皆を失望させまいと必死だった……」


「母上が頑張っていたのは、この僕が一番存じております……なのに僕は、こんなにも不出来で……申し訳なさから萎縮するばかりで……」


「いいや、カロル……私があの方に勝ったのは、お前という子に恵まれたことだけなのだ……お前の存在こそが、私の誇りなのだ……」


「僕にとっては、母上こそが誇りです……ああ、そうだ……僕はきっと、結婚相手に母上のような美しさを求めていたのかもしれない……」


「バカだな、お前は……スティリアのような素晴らしい娘がそばにいる幸せにずっと気付かなかったとは……私はあの子がお前のために、必死に努力をしているのを知っていた……私のような者など選んではならぬ……『顔だけ王妃』などと揶揄され続けた私に似た者など……」



 似た単語に、とても聞き覚えがある。


 ――『顔だけ令嬢』、と。私も、皆にそう言われ嘲笑われていた。


 王妃陛下はそんな『顔だけ令嬢』の私に、己の過去を重ねていたのだろう。


 この方がカロル様と私との結婚に反対なさったのは、息子を心から愛し、陰で努力を重ねているスティリア様という存在があったから。そして『顔だけ令嬢』の私に、自分のようにつらい思いをしてほしくなかったからだったのだ。



「ところでアエスタ……この素敵に触り心地の良い生き物は、君のペットか何かかい?」


「アエスタや……この可愛らしい生き物はどこで入手できる? 良ければ私もそばに置きたいのだが……」



 王太子殿下と王妃陛下に問われ、ガンと床を蹴るようにして進み出たのはベニコだった。



「こちらはこのおバカのペットでも、入手して愛でる生き物でもありません! モーリス領辺境伯、モナルク・モーリス様ですっ!」



 そして高らかに、皆に向かってモナルク様の正体を伝えた――裏声で。

 こんな時までも言われたことはきちんと守るって、ベニコ、本当にえらい。



 その後は大騒ぎになったのは言うまでもない。


 衛兵は引っくり返り、カロル様は泣いて非礼を詫び、王妃陛下は平静を装おうとして失敗し、扇子でなくフライパンで仰いでいた。どこから持ち出したのかは不明である。


 意外と冷静だったのがスティリア様で、



「さっきのカロル様よりは可愛いわね。ふうん、そう……アエスタって毛深いのが好みだったの。だったらカロル様では物足りないわよね」



 と、よくわからない結論を下していた。


 毛深けりゃいいってもんじゃないのよ! モフモフでピンクで大きくて、心清らかで声も仕草も全て可愛い方が好みなの!!


 ちなみに後でベニーグから聞いたところによると、王妃陛下のあのシビれるお声は『魔声』というものなのだとか。どうやらご本人は気付いていないみたいだけれども、王妃陛下は生まれながらに微かな魔力をお持ちで、それが喉という限定的な場所に留まっているらしい。平穏にしている分には問題ないものの、王妃陛下の場合は怒りが高まりすぎると発動し、声に乗って魔法が発せられるようだ……とのこと。


 なるほど、あの怒声は魔法攻撃だったのね。無自覚とはいえ、凄まじい破壊力だったわ……もう二度と怒らせたくないわね。

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