モナルクッションがあれば、転んでも全然痛くな〜い!

「母上……父上は」



 カロル様が尋ねる。

 俯いているせいでお顔は見えないけれど、声音からおビビりになっていることは伝わった。



「本日から明日にかけ、国外の視察にお出向きになられるとお伝えしたはずですが? 聞いておられなかったのですか?」


「す、すみま……いえ、申し訳ございません」



 そうなのよね……カロル様、実の母である王妃陛下を超怖がってるの。実際、超怖いから仕方ないわよね。

 でも怖いからって黙って私と婚約して、事後報告にしちゃったのは良くなかったと今でも思うわ。



「国王陛下のご不在も確認せず、婚約の儀の決行を勝手に了承したことについては今回は不問にいたしましょう。婚約の儀くらいでしたら、私一人でも問題ありませんから。それに……わざわざ儀式を行わずとも良さそうな雰囲気ですし」



 王妃陛下がいつからご覧になっていたかはわからない。けれどカロル様の言葉に同意を示し、さらに先の発言をなされたことから察するに、私との再婚約はお流れとする方向に向かっているようだ。


 ならばこちらとしても有り難い!



「お待ちください、王妃陛下」



 が、スティリア様がこの流れに待ったをかける。



「アエスタ様は確かに、王太子妃に相応しい者とはいえません。ですが彼女は、何やら大きな力を持っていると思うのです」



 ちょちょちょちょっと!? 何を言い出すの、スティリア様!?



「して、その根拠は?」



 静かに王妃陛下が問い質す。少しの沈黙があり、それを破ってスティリア様は打ち明けた。



「私はアエスタ様を……一度ならず、二度も陥れようとしました。特に二度目は、死んでもおかしくないような状況にまで追い詰めました。ええ、私は裁かれなくてはならないことをしました。でも、それなのにアエスタ様は」


「いいですいいです、スティリア様! そんな大したことなかったので! 傷一つ負ってないので! 自分、頑丈なので! ですから、裁かれなくて全然大丈夫です! あなたこそが王太子妃殿下に相応しいのですから、胸張ってカロル様とお幸せになってくださいっ!」



 頭を下げた状態でスティリア様の方を見て、私は懸命に訴えた。


 大したことあるし、五発六発くらいは殴りたいけど、今はこう言うしかない!

 だってスティリア様、まるで私とカロル様をくっつけようとしてるみたいだもの!



「ありがとう、アエスタ。たくさんひどいことをして、本当にごめんなさい。なのにあなたは、こんな私を許してくれるのね。あなたがこんなにも優しい方だと、もっと早くに知っていたら……いいえ、今からでも遅くないわ。あなたとなら、仲良くやっていける。あなたと二人なら、共にカロル様を支えていけると思うの」



 憑き物が落ちたように、スティリア様がにっこり笑う。笑ったお顔はなかなか可愛らしい。だが、しかし。


 いやー! 何でそうなるのーー!?



「このようにアエスタは、教養などでは身に付けられない、天性の素質を持っているのです。ですから聖女と謳われるのも、当然だったのでしょう。しかし私が彼女は悪女だなどと吹聴したせいで、混乱を招きました……やはり私は罰せられるべき存在です」


「それなら僕にも責任がある!」



 ここでさらに面倒臭い奴が乗ってきた。カロル様である。



「母上、申し訳ない……僕も噂に加担したのです。アエスタがこの手を離れるくらいなら、悪女と呼ばれ誰にも見向きされなくなればいい。行き場を失い、僕しか頼れなくなればいい、と。結果的に、アエスタは僕のもとへ戻らざるをえなくなった……なのにここで彼女を見捨てるのは、責任放棄です! シニストラ王家の一員として、己の罪はしっかりと償うべきだと思います!」



 カロルーー!

 てんめえ、ほんっとうに空気が読めないお花畑脳ね! 余計なこと言わないでーー!


 王妃陛下はしばらく思案していたようだったが、長い溜息をついて、言葉を漏らした。



「ふむ……二人がそう申すのなら」


「待って! 待ってください、無理、無理です! 私、好きな方がおりますの!!」



 …………言ってしまった。


 冷えた空気に恐る恐る頭を上げてみれば、固まったスティリア様と固まったカロル様。

 そして玉座では、真紅のドレスを纏った王妃陛下も凍りついていた。あまりしっかりお顔を拝見したことはなかったが、怜悧な美貌から血が引き、まさに氷の女王という様相だった。


 いや……でも……だって……!



「…………無礼者!」



 鋭い怒声が轟く。頭を殴られたような衝撃が走った。


 ひぃぃ……何て声をしているのよ! そりゃカロル様も怯えるはずよ、こんなのに怒鳴られ続けたら頭蓋が砕けますって!



「貴様、好いた相手がいるのにカロルと婚約しようとしていたのか!?」


「い、いえ、お断りしようと思ってここに来た次第で……」


「たわけたことを! 貴様に断る権利などなかろうが!」



 王妃陛下、お怒りが過ぎたのか、支離滅裂である。えええ……ではどうしろと。


 怒鳴られてガンガンする頭では、うまい返しも思い付かない。



「ええい、この者を捕えよ! カロル、お前がやるのだ! 今こそ責任とやらを取ってみせろ!」


「ふぇ……僕、ですかぁ……?」



 王妃陛下がお命じになられたものの、カロル様もフラフラクラクラしていらっしゃる。


 怒鳴られた経験はこの中で一番多いはずだけれど、いやー、これは慣れないわよね。



「早くしなさい! 何をグズグズしているのだ!」



 さらに声を荒らげて急かすも、逆効果だ。カロル様は余計にフラフラする。


 逃げたくても身動きすら取れない私よりは動けているから、やはり多少は慣れていらっしゃるようだ。



「カロルッ! 早く! 逃げられてしまうぞっ!」



 いえ、逃げられませんって……。逃げないから……お願いだから、もう怒鳴らないで……。



「早くしろ、カロル!」

「ほぇ……ふぇ……」



 やっとのことでカロル様がこちらに方向転換した、その時――彼の体が、ぐらりと傾いだ。足を自分の足に引っ掛けて、バランスを崩したのだ。


 大変間抜けではあるが、声で殴られ続けているも同然といったこの状況では無理もない。



「カロルッ!」



 王妃陛下が、我が子の名を呼ぶ。

 不思議なことに、この声にだけは衝撃波を感じなかった。


 続いて、目にも留まらぬ速さでピンクが飛ぶ。



「……う、え?」

「だいじょぶ?」



 床に叩きつけられるかと思われたカロル様の体は、ピンクの大きなモフモフのクッションにもっふんと沈んでいた。


 クッションではない。モナルク様だ。


 モナルク様が飛び出して、カロル様が転倒する前に抱き留めてくださったのだ。

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