だからといって悪いことをしていいわけではないけれど、心打たれたわ!

 ウソやん……。

 ハダカケナシグマですよ……?


 ハダカケナシグマ、に見えているはずなのに。



「バカにしないで! 私がどれだけこの方を愛しているか、知りもしないで! どんな姿になろうと、カロル様はカロル様よ! 幼い頃に出会った時からずっとずっと、好きだったのよ! ずっとずっと好きなのよ! 獣になったくらいで、この気持ちが変わるものですか!」



 呆然としながら、私はスティリア様の心の叫びを聞いていた。



「顔だけで選ばれたあなたに、この方の何がわかって!? この方は繊細で傷付きやすくて……そうよ、あなたが言ったように、己に自信がないから、己にはない華を求めただけ! あなたのように綺麗な人に愛されれば満たされると思っている、悲しいほど孤独な方なのよ!」



 ハダカケナシグマは、小さな目を私とスティリア様の交互に向けてオロオロしていた。



「カロル様は初めてお会いした時から、ずっと寂しそうだった……だから、私が支えてあげたいと思った。そばにいて、孤独を癒やしてあげたいと思った。そのために必死で教育を受けて、彼にとって頼れる者になろうと頑張った……なのに!」



 スティリア様はさぞ触り心地が悪かろう、しなしな肌から顔を上げ、涙に濡れた目をハダカケナシグマに向けた。



「カロル様の目は、いつも他の美しい方に向けられておりましたわ。身に付けた礼儀も教育も知識も、何の役にも立たなかった……あなたのそばで、あなたの支えとなって、あなたのために生きたいと、死ぬような思いで努力し続けてきたというのに。私が……美しくないばかりに!」



 身を切るような声に、背後のベニーグが小さく息を飲む気配を感じた。


 そう、彼は知っている――どれだけ努力しても、どれだけ願い望もうと、変えられないものがあることを。



「悔しかったわ……悔しくて悔しくて、つらくてやるせなくて。でもそれ以上に、カロル様が心配で心配で仕方なかった。顔だけの女に何ができるというの? アエスタなんて会話もできなければダンスも下手、頭も悪くてマナーもなっていない上に、カロル様を私以上に愛しているわけでもない。そんな女が王太子妃になれば、カロル様が笑い者にされるだけだわ! そんなの、黙って見過ごせるわけないじゃない! 許せるわけないじゃない!」



 ハダカケナシグマの目が大きく見開かれる。私もはっとした。

 スティリア様は、そんなことまで考えて私を……。いやだからといって、やったことは犯罪ですけれども。


 それでも、彼女の気持ちがやっと理解できた。私は彼女を、ずっと誤解していた。


 スティリア様は本当に、心からカロル様を愛しているのだ。褒められたことではないけれど、私を蹴落とそうとしたのも、自分がその座につくためではなく、彼の未来を案じてのことだったのだ。


 権力も肩書も種族も関係なく、相手がハダカケナシグマになろうと、スティリア様の想いは変わらない。これが愛でなくて何だろうか。いやだからといって、やったことは犯罪ですけれどもね!



「スティリア……」



 カロル様の声がする。


 見ると、憎きハダカケナシグマは姿を消し、代わりに何度目にしてもこんなだったっけ? と首を傾げてしまうほど印象の薄い男がスティリア様を抱き締め返していた。どうやら魔法が解けたらしい。


 スティリア様も気付いたようで、顔を上げ――しかしすぐにその顔を隠すようにしてカロル様の胸に埋めてしまった。



「ごめんなさい……カロル様。美しくなくて、ごめんなさい。美しくないのに、あなたを愛してごめんなさい……!」



 痛々しい謝罪に、カロル様が首を横に振る。



「謝るのは僕の方だ、スティリア。僕は、君の気持ちをちっとも理解していなかった。理解しようともしなかった。幼い頃は共に遊ぶ仲だったのに、君はどんどん知性に磨きをかけ、洗練された淑女に成長し、国内外問わず多くの者と交流を深めるようになって……まるで不出来な自分との差を見せ付けられているように感じて、あまつさえ疎むこともあった。その裏で君が、どれだけの努力を積み重ねていたか知らずに。それが僕のためだったなんて、思いもせずに」



 カロル様の胸の中で、今度はスティリア様が首を横に振った。あなたは悪くない、きっとそう言ったのだろう。



「結婚する相手を、顔ばかりに拘って選んだのも……君の言う通り、自分に自信がなかったからだ。僕はこの通り、王太子でありながら賢くもなければ強くもない。顔も体も貧弱だ。だからせめて、美しい女を連れていれば皆の目が変わると思った。美しい女に愛されるような魅力ある男なのだと、皆が認めてくれると……本当に愚かだった」


「その通りです」



 凛と張り詰めた声が、広い室内に響く。


 背筋に寒気が走るのを感じつつ、私はそっと振り仰ぎ――即座に頭を垂れて、平伏のポーズを取った。



 この騒ぎの間に、王妃陛下が現れたのである!

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