真実の愛とやらを、見せていただきましょうか!

「ちょ、ちょっと、何なのよ……この獣は! そ、そこの女の魔法ね!? あなた、その女に命じて魔法で獣を召喚して、私を食わせようと……それよりもカロル様はどこ!? カロル様、カロル様!?」



 恐怖で足を竦ませつつも、スティリア様は気丈にも腰を抜かさず踏ん張り、唯一の頼みの綱である婚約者の名を叫んだ。



「スティリア様、どうなさったの? カロル様なら、こちらにいらっしゃるじゃない」



 ぶちのめしたいぶん殴りたいぶっ飛ばしたい欲求を堪えて微笑み、私は告げた。



「え……? カロル様……? まさか、この獣……!」



 ハダカケナシグマが、返事をするようにおぉんと鳴く。

 当然言葉にはならなかったが、スティリア様にも何が起こったか理解できたようだ。



 本来ならば、この魔法は私とスティリア様が受ける予定だった。


 ハダカケナシグマになった私達を見たカロル様は、双方との婚約を破棄するだろう。美人大好きなカロル様にとって、ハダカケナシグマと結婚することは拷問に等しいでしょうから。


 しかし婚約破棄されたハダカケナシグマ達、怒りに任せてカロル様に襲いかかる!

 ……スティリア様も、ここはカロル様に詰め寄る形で動いてくれると想定した。もしメソメソするだけだったら、私がこれまでの恨み辛みを込めて二倍暴れまくればいいだけだ。


 暴れ回るハダカケナシグマ、しかし頼りの衛兵達は動かない。彼らには王太子の婚約者と婚約者になる予定の令嬢にしか見えていないのだから、手荒な真似はしないしできない。

 戸惑い怯えるカロル様。武道も剣技もからっきしだった彼には、なすすべがない。


 そこへ、モナルク様が颯爽と登場するの! 暴れるハダカケナシグマの一本毛を抜いて、討伐成功!


 きっとカロル様は感動するはずよ……モナルク様の華麗なる戦いに。そしてブッサイクなハダカケナシグマによってより引き立った、モナルク様の可愛らしさに!


 そしてカロル様はモナルク様にハダカケナシグマの脅威から救ってくれたことを感謝し、その可愛らしさを目の当たりにして改心するの。モーリス領辺境伯はこんなにも可愛らしい方だったのか! ずっと噂を信じ、誤解し続けていた自分は愚かだった! これから自分が先頭に立ち、皆に説いていこう……モーリス領辺境伯はとてもとてもとても言葉に尽くしがたいほど可愛らしくて可愛らしすぎて可愛い方だと!



 …………というのが、私の立てた当初の作戦だった。


 謁見の間に入る直前で明かしたのだけれど、何故か大不評だったわね。そんな作戦、うまくいくわけがないだろうって、シレンティもベニーグも呆れていたわ。モナルク様も不安そうだった。


 でも、鬱陶しい噂を一気に払拭して二度と蘇ることのないように鎮めるためには、王族の者にモナルク様の可愛さを理解してもらうのが一番の近道だと思うのよね。王族の力を利用すれば、貴族達から国民達にまで広く伝わるもの。


 スティリア様をやっつけること、カロル様との婚約をお断りすること以上に、私はモナルク様への偏見をなくしたかった。こんなに素敵な方なのだと、奴らにわかってもらいたかった。


 カロル様を最初の一人に選んだのは、面食いでいらっしゃるから。彼は顔さえ良ければ何でもバッチ来いな方だから、モナルク様への恐怖の先入観に囚われず、ダイレクトで可愛さを認めてくれると思ったの。それにカロル様を落とせば、彼から国王陛下と王妃陛下を説得してもらえるだろうし。



 ……と考えていたけれど、予定変更よ!


 国王陛下と王妃陛下がいらっしゃる前に、まずはスティリア様を排除してやろうじゃないの! 後のことは、後のアエスタが何とかするわ!



「アエスタ、この悪女! カロル様に何ということをするのよ! 王太子殿下を獣に変えるだなんて……不敬罪どころではないわ! 即刻死刑よ!」



 スティリア様がまた私に掴みかかってくる。



「あらあら、カロル様を獣呼ばわりするなんて……周りをごらんなさい。獣などいない証拠に、皆落ち着いているではありませんか。それ以上わけのわからないことを仰ると、あなたの方が不敬罪に問われますわよ?」



 いや、自分も落ち着いてませんけどね、燃え上がる闘志と戦ってますけどね……とは顔に出さず、私はスティリア様を宥めた。そして、彼女の震える両肩を強く掴む。



「あなたはカロル様を、心から愛しているのよね? でしたらカロル様がどんな姿になろうと、お気持ちは変わらないでしょう? 心から愛しているのなら、権力がなくても肩書を失っても、たとえ種族が違おうとも、想いは変わらないはずよ。私が知る愛は、そういうものよ」



 それから私は気が抜けたように笑ってみせた。



「さっきは偉そうなことを言ったけれど、私もね……愛する人が自分以外の誰かと幸せになるのを、黙って見てられるほどできた人間ではないわ。だから、あなたの許せないという気持ちはわかる。それでも……ううん、だからこそ」



 ぐいとスティリア様の肩を回転させ、立ち位置を変える。すると彼女の目前には、ハダカケナシグマなカロル様が迫った。


 硬直するスティリア様の背後から、私はそっと囁いた。



「証明してみなさい。あなたの真実の愛とやらを。ちなみに私にも、カロル様が獣に見えているわ。魔法の効力の期限については知らないから、カロル様はこれからもずっと、あの姿のままかもしれないわね……私達の目にだけ、ですけれど」


「やっぱりあなた……この卑怯者!」



 スティリア様が憎々しげな目を向ける。



「あなたも卑怯な手を使ったのだから、おあいこよ。それで? 言葉も通じない獣の彼と、これから一生過ごすわけですけれど、耐えられる? 共に過ごしていける? それでも愛せるというなら、あなたの愛は本物なのでしょう」



 私は固まるスティリア様の背を、ぐいと押し出した。軽く蹌踉めいたものの、スティリア様は踏み止まり、振り向いてキッと私を睨んだ。



「バカに……バカにしてるんじゃないわよ……!」



 しかし彼女はすぐに前を向き、走り出した――逃げたのではない、向かっていったのだ。


 倒すためじゃない、その胸に飛び込んだのだ。


 不意に胸を突いての心停止を狙ったじゃない、両手を回して抱き締めたのだ!

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