イライラと憎々しいの相乗効果で、殺意の波動に目覚めしアエスタなのですわ!

「カロル様が私を選んだからって悪女の噂を流して蹴落としただけじゃ飽き足りず、聖女と持ち上げられるのも気に入らなくて、またおかしな噂を流して全国民を混乱させて! 全部あなたのせいじゃないの! あなたが一人で全責任を取りなさいよ!」



 が、スティリア様も負けじと私の襟首を掴む。



「うるさいわね、この顔だけ女! 証拠もないのに、噂の件まで私に押し付けようと!? 大体そんな噂が流れたのは、あなたの日頃の行いが悪いせいよ! なんといっても生まれも育ちもわからない、浮浪者同然の身の上ですものね! どんな悪事を働いて育ったか知れない汚らわしい手で、この私に触らないで! 私はイムベル公爵令嬢、並びに王太子殿下の婚約者なのですからね!」


「悪事で汚れ切っているのはあなたの手の方でしょ! それに私の父親はレントゥス・フォディーナ、現フォディーナ伯爵の兄よ! 身の上はしっかりしているわ! その程度も調べられなかったの? それとも、私の噂の真偽を確かめようともせず、躍らされていただけ? そんなことで王太子妃殿下が務まるのかしら? ああ、あなたが何かあればお家柄やら肩書やらを口にして逃げるのは、ご自分に自信がないからね? そうなのでしょう!?」



 ぐっと、スティリア様の言葉が止まった。図星だったらしい。


 よし、黙ってる間に猛ラッシュをくれてやるわ!



「そうよね、あなたのカロル様への執念は凄まじいものでしたもの。お気持ちを繋ぎ止めるために、私をどん底にまで貶めて、さらに酷い目に遭わせても蹴落とそうとした。正直、震えたわ。でもあなたはカロル様を愛しているのではない、王太子殿下という肩書を愛しているのよ! その証拠に、カロル様が愛した者を蔑ろになさったわ! 本当に愛しているのなら、カロル様が愛を注ぐ対象を傷付けるなんてしない! 真実の愛とはそういうものではなくて!?」


「ち、違う、違うわ! 私は、本当にカロル様を心から愛しているの! 権力や肩書など関係ないわ!」



 やっと私の攻撃が通り、ついにスティリア様の強気の武装が解けた。激しく狼狽えた表情で、カロル様に縋るような目を向ける。



「だったら、あなたのその心からの愛とやらを見せてごらんなさい! ベニコ、あなたの出番よ!」


「……出番って、何を」



 いきなり振られ、ベニコ、もといベニーグがびくびくした口調で問い返す。ちゃんと裏声で答えてくれるあたり、できる子だ。



「『アレ』を使うのよ!」


「え……『アレ』を、スティリア様に……?」


「そうよ! とっととおやりなさい!」


「……もう! 元々滅茶苦茶だったのにさらに滅茶苦茶じゃないですか! どうなっても知りませんよ!」



 ベニコもといベニーグは、命じられた通り両手を掲げた。


 その手が、黄色を帯びた怪しい光に包まれる。輝きが最高潮に達したところで、ベニコは腕を鋭く振り、玉となった光をスティリア様に向けて放った。



「きゃあっ!」



 スティリア様の叫びに、周囲の衛兵達は慌てて駆け寄――ろうとしたが。



「皆様、ご安心ください。スティリア様の頭を冷やそうと、侍女に仲裁に入ってもらっただけですわ。目眩ましの光を放っただけでほらこの通り、危害は加えておりません」



 と、私が手短に説明し、落ち着いていただいた。



「そ、そうだったのか……驚いた。確かにスティリアは少し……いや、かなり頭に血が上っていたようだったな。おいスティリア、大丈夫か?」



 女二人の争いに呆然としたまま、お止めになることもなくお突っ立ちになって眺めていらっしゃったカロル様もさすがに心配したようで、スティリア様に近付く。



「ひっ……!」



 しかしスティリア様は小さく悲鳴を上げ、愛しのカロル様の手からのがれるように一歩下がった。


 あらまあ、可愛いお声も出せるんじゃないの。ふるふると震えちゃって、そうしているとまるで普通の女の子みたいだわ。


 でも、スティリア様が普通の女の子のように怯えるのも無理はない。


 何と目の前に突然、ハダカケナシグマが現れたのだもの!



「ところで、そちらの美しい侍女は魔法を使えるのだな。なあ、君。よかったら宮廷魔道士に」

「結構です」



 ベニコは素っ気なくお断りの言葉を口にした。


 カロル様は今になって、私の背後に控える二人の美女達に気が付いたようだ。こちらに寄ってきて、ふんふんと荒い鼻息を噴き付ける。

 けれどスティリア様は諌めるどころか、青褪めて震えるばかりだ。


 彼女の目には、全身が灰がかった土色のしなしなの肌で小さな目をギョロギョロさせ、そしてパクパクと口を開けて黄みを帯びた牙を覗かせながらおぉん、あぉうと鳴き声を発している獣がいる――ように映っているのだろう。


 そう、ベニコが放ったのは、幻惑の魔法――つまりスティリア様には、愛しのカロル様がブッサイク極まりないハダカケナシグマに見えているのである!


 しかし、何故スティリア様にしか見えていないはずのハダカケナシグマなカロル様の様子がここまで詳細にわかるかって?

 彼女のそばにいたせいで、私もうっかり魔法を食らってしまったからよ! とんだ巻き添えだわ!


 ただでさえイライラするカロル様が、お父さんの仇の姿になっているというダブルの精神攻撃よ? 相乗効果でより腹立たしいったら! 殺意の波動を押さえるのに精一杯よ!

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