お花畑頭に憑く背後霊は、意外と小柄だったわ!?

「ええ、失礼はよく存じております。それでも私は少しでも早く、カロル様にお会いしたかったのです」



 そう言って私は、笑顔をカロル様の方に向けた。



「カロル様も私の到着を知るや、こうしてすぐにお越しくださいました。いいえ、カロル様が私と同じお気持ちでいらっしゃった……などと自惚れてはおりません。ですが一瞬でもそんな幸せな勘違いをさせていただけただけで、とても嬉しく幸せに思います」



 するとカロル様の表情が甘く溶ける。



「自惚れなどではないよ、アエスタ。君が着いたと知らせを受け、僕は急いで支度をしてきたのだ。君に会いたくて、君の美しい顔が見たくて。父上と母上も、君の予定外に早い到着は僕らの気持ちが通じ合っていたためだと知れば、喜んでくださるよ。失礼だと怒るどころか、そんなにも思い合っていたのかと感心し、僕の気持ちを察してくれたことに感謝なさるに決まっている」



 手を握ろうとしてきた気配を感じ、私はさり気なさを装ってドレスの裾をつまみ、もったいなきお言葉……などと言いつつお辞儀した。全く、油断も隙もないわね。モナルク様の前で、気安く触らないでいただきたいわ!


 そっとスティリア様の様子を窺えば、笑顔の仮面にヒビが走り、白粉を塗った頬が震えていた。


 フン、あなたの弱点はわかっているのよ。

 スティリア様が最も恐れているのは、カロル様の愛が、この私一点にのみ注がれること。第一夫人の座についても王太子からの寵愛を得られず権威を失い、形ばかりの王太子妃となってしまうこと。

 そしていずれは私と立場が逆転し、今度は自らが追われる身となることなのだ。



「アエスタ……僕は君を手放し、ひどく後悔した。君の顔が見られなくなってからは、本当に苦しかった。そしてわかったのだ。悪女であろうと聖女であろうと、君の美しさは変わらない、と。だから僕は決めたのだ。君の全てを受け止め受け入れる、と」



 カロル様は自分に酔ったような表情で、ベラベラと一人で語り続ける。


 一歩下がったところに控えるスティリア様は早くも顔色を失って、たちの悪い背後霊のようになっていた。



「アエスタ、どんなことがあっても君を愛している。どうか、もう二度と離れないでおくれ。僕も、君の顔だけを見ているから」



 カロル様はついに私の前に跪き、こちらに向けて手を伸べてきた。己の言葉で感極まったのか、目まで潤ませて。


 きっと……ううん、間違いなく、彼は気付いていないのだろう。

 スティリア様のご様子も。私の冷めた視線にも。自分がどれだけ勝手なことを言っているのかも。愛を囁いているようでいて、私の顔のことにしか触れていないことにも。



「…………カロル様は、騙されていらっしゃるのよ」



 低く、唸るような声がカロル様の自己陶酔タイムを打ち切る。声の主は、スティリア様だ。



「さっきから聞いていれば、顔ばかりじゃない! カロル様が気に入っていらっしゃるのはこの女の顔だけ、この女のいいところは顔だけなのでしょう!? 顔だけで、王太子妃という大きな役割が務まるものですか! 何度もそう申しているでしょうに!」



 なりふり構わず、声を荒げて必死に訴えてきたのは、ひどく焦ったからだろう。想像していた以上に、カロル様の心が私に傾いているとわかったがために。



「今からでも遅くありませんわ! カロル様、目を覚まして! 国王陛下と王妃陛下の前で婚約の誓いをなさる前に、今一度お考え直しください! あなたは、この女の顔しか愛していないのよ! 今はそれでいいかもしれませんが、どれだけ美しくとも顔なんて年齢と共に衰えていくのよ!?」


「衰えるのを待たずとも……切り刻んでしまえば、二目と見られなくなりますものね?」



 私は静かに告げた。



「目を覚ますのはスティリア様、あなたもよ」

「な……何ですって」



 私は一歩進み出て、スティリア様に近付いた。



「私の顔を潰して、カロル様のお心を引き離すつもりだったのでしょう? 何人もの悪い輩を雇って、王宮からの使者が迎えに来る前にさらって襲わせて」


「何だと!? スティリア、それはまことか!?」



 カロル様は、ここで初めてスティリア様に声をかけた。



「言い掛かりよ……出鱈目よ! この女こそ、私を陥れようとそんな嘘をついているのよ! いい加減になさい、この悪女!」


「あなたこそ、もういい加減になさい」



 私はさらに近付き、スティリア様に顔を寄せた。小粒な目鼻口が、焦りと怒りと憎しみでわなないている。


 至近距離で彼女を見るや、途端にバカバカしくなった。こちらを睨む目は、私のそれよりやや低い位置にある。威圧感のせいで大きく思えていたけれど、こんなに小柄な方だったのだ。


 こんな自分と大して変わらない女の子を恐れて、震えるほど怯えたなんて……思い出すだけで笑えてしまう。



「あなたも、わかっているのでしょう? 私を消したとしても、カロル様はまた新たに『お好みの顔』をお持ちの方を見付けるわ。その度に、あなたは手を汚すおつもり? カロル様が気に入った方を消して消して消し続けて、最後の一人になるまで繰り返すの?」


「お黙りなさい! これ以上、シニストラ王太子殿下の婚約者である私を貶めるような発言を続ければ、ただでは済まさないわよ! あなたはまだ正式に婚約者と認められていないのですからね!」



 スティリア様は私の言葉に耳を傾けようともせず、喚くばかりだ。そんな彼女を見ていたら、私も我慢ならなくなってきた。


 こちとら、これまでずっと堪えてきたのよ……なのにこいつときたら、自分のしたことを認めるどころか棚に上げて、また私のせいにしようとして!



「…………なぁにぃが、王太子殿下の婚約者よ! この犯罪者! 陰険! 腹黒! 性悪!」



 スティリア様のドレスの胸倉を引っ掴み、私はついに、今まで溜めに溜めてきた怒りをぶち撒けた。

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