バトルスタイルが間抜けでも、やっつけられれば良かろうなのよ!

 馬車の出入り口を守るように、シレンティが剣を構えて立つ。だが、馬車の中にいれば安全というわけではない。むしろ、密室にいる方が危険だ。


 思った通り、窓が叩き割られ、そこから手が伸びてきた。座席に蹲って震えていたら、ガラスの破片をもろに浴びた上に、あの手に掴まれていただろう。


 そう考えたからこそ、私はシレンティと背中合わせの位置を取っていた。


 こちとら野生生活で、何度も危険な思いをしてきたんですからね! そこらの令嬢だと思って、なめたのが運の尽きよ!


 手早く懐から小さな筒を取り出すと、私はそれをくわえて強く息を吹き付けた。

 筒を向けた先はもちろん、か弱い令嬢を捕らえようと蠢いている、毛むくじゃらの太い腕だ。



「ぐあっ!」



 窓の向こうから悲鳴が上がる。


 同じ毛まみれでも、モナルク様のふさふさモフモフは可愛かったのに、こちらは汚らわしさしか感じない。なので、微塵も良心は痛まなかった。



「アエスタ様、何をしたのです?」



 背中越しに、シレンティがそっと尋ねる。



「吹き矢が命中しただけよ。即効性の麻痺毒を塗ってあるから、しばらくは起きられないでしょう」


「吹き矢も嗜みですか?」


「ええ、もちろん。敵は何人?」


「八人、いえ九人……十人かも。すみません、こう暗いと完全には把握できません」



 この馬車のサイズでは、男ならば四人乗るのが精一杯だろう。三人の御者を含めて、十一人。一人は吹き矢でおねんねだ。


 ならば、十人と想定しておけば――。



「そこを退けえ!」



 荒々しい怒声と共に、男が襲いかかってきたようだ。背後のシレンティが動く気配。


 振り向くと、彼女は身を低くして踏み込み、男の脇腹に刃を叩き込んだ。血が飛び散り、切り裂かれた腹部から内臓が溢れ落ちる――なんてことはしかし起こらず、男は白目を剥いて地面に倒れただけだった。


 えぇ……まさか、シレンティの剣って。



「模造刀です。たとえいざという時でも、どんなに悪しき者であろうとも、そいつを斬ることで悍ましい惨状をお見せしてしまったら、アエスタ様のお心に傷を残しかねないと考えて、本物の剣は持たずに来たのです。そんな配慮は不要だったみたいですけれどね」



 なるほど、と私は納得した。


 そうよね、普通の令嬢だったらたとえ自分のためだったとしても、目の前で血やら内臓やらをぶち撒けられたらショックを受けるわよね……。


 シレンティはここに来るまで、私が狩りで食糧を得る生活をしていたと知らなかった。

 血抜きも皮剥ぎも内臓を取り出すのも得意だよ! って伝えておくべきだったわ……そうかぁ、模造刀だから平気で私にも向けてきたのかぁ……。


 がっくりする間もなく、三人の男が押し寄せてきた。模造刀ならば大したことはないと踏んだのだろう。

 私も、模造刀などではこの人数相手には太刀打ちできないと諦めかけていた。


 ところが。



「愚か者どもが」



 冷ややかな声を落とすと、シレンティは無表情の奥で瞳を鋭く輝かせた。模造刀が一閃する。ギリギリまで三人を引き付けたところで、体を半回転させながら切り上げる形で剣を振り抜いたのだ。


 とはいえ、模造刀だ。

 多少の痛みは感じても、大したダメージは与えられない……はず、なのだが。


 最初の男同様、胴を打たれた者は見事に気絶した。伸ばしていた腕を下から叩き上げられた者は、地面に転がって悶えている。見ると、腕がおかしな方向に折れていた。

 最後の一人に至っては、こめかみ辺りに食らった瞬間に意識が飛んだらしく、棒のように横倒しになった。


 シレンティはさっと体勢を整え、剣を構え直した。



「模造刀だと侮ると、本物の剣で斬られるより痛い思いをすることになりますよ? これは火山が噴火する際に作られる天然の合金製……世界で最も硬いと言われる金属の一つでできております。骨くらい簡単に砕けますし、全力で打たれれば内臓破裂は必至。でもご安心ください。手加減して差し上げておりますので、死にはしませんよ」



 こっわ!

 私も侮ってたわ……切れる剣より恐ろしい武器じゃないの!


 シレンティの隙間から見やれば、皆恐れおののいて距離を置いている。その間に私はそっと、ドレスの内側に仕込んでいた嗜みグッズの一つを取り出した。初めてのお料理の時に火起こしで使おうとした、あの弓矢セットだ。


 視界は暗いが、敵は視認できる。風はない。

 シレンティという心強い盾の後ろで、私は弓を構えて矢を番え、弦を引き絞った。そして集中が最高潮に達したところで、矢を放つ。



「ぎゃあ!」



 一発目は狙い定めてうまく射られたが、ここからは文字通り矢継ぎ早に乱射するのみだ。

 こちらに弓矢という遠隔武器があると悟られたのだから、奴らはあちこちに逃げ回る。当てるのは至難の業だ。それにこんな小さな弓矢では、鏃が刺さったとしても浅すぎる。深く皮膚奥へ食い込む吹き矢と違い、仕込んだ麻痺毒も届かないだろう。


 けれどそれをわかっていて、敢えて使ったのだ。私の弓矢による攻撃は、撹乱が一番の目的だったのだから。


 みっともなく狼狽える奴らを、シレンティが次々と倒していく。私も矢を放ちつつ吹き矢を口に再セットし、まだ動けそうな奴らにトドメを刺して回った。


 カッコ良く立ち回るシレンティに対し、私のバトル姿はちょっと間抜けだったかもしれない……。ちっこい弓矢をピコピコ引きながら、ちっこい笛みたいな筒をくわえてピコピコ吹いてたんだもの……。


 倒した敵の人数が十一人をカウントしたところで、私とシレンティはやっと戦闘体勢を解除した。

 そのまま、二人揃って地面に崩れ落ちる。



「一体……こいつら、何だったのかしら……」


「聞き出そうと思っていたのに……アエスタ様、全員に麻痺毒を打ち込むんですもの……」


「そ、それは……ごめんなさいね……狩りでは……少しの油断も……命取りになるから……」



 二人共、息が上がって言葉を紡ぐにもいっぱいいっぱいだ。


 それより、これからどうしよう?

 一度モーリス邸に戻ってモナルク様達に報告するか、それともこいつらを縛り上げて麻痺が解けるのを待って事情を聞くか。


 ふと胸元を見ると、モフルクがちらりとピンクの顔を出している。危ない目に遭わせまいと下着の奥に突っ込んでおいたのに、動き回ったせいでずり上がってきたらしい。


 その姿に、チラモフ覗き見するモナルク様が重なった。


 うん……これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいかないわよね。

 こいつらを息ができないくらいにふん縛って、麻痺毒から覚めたら拷問にかけて、一人残らず詰問すべきよね。

 コラ、ダメよ、モフルク。拷問ってどんなことするモフ? って顔で見ないで。あなたは知らなくていいの。私の中でスヤスヤモフモフと眠ってなさい。全て終わったら、起こしてあげるわ。


 心の中で語りかけ、モフルクのおでこにおやすみのキスをする。そして元の場所にしまい直して、ほっと息をつく――間もなく。



「アエスタ様っ、危な……ぐっ!」



 シレンティが後頭部に棍棒のようなものを食らって倒れ伏す。

 逃げてと叫ぶことができなかったのは、シレンティの声が届くより先に口を押さえられたからだ。


 全員倒したはずなのに何故、と考えた時、私達の前を走っていた馬車が目に映った。後車輪側には幌で覆われた荷物を乗せるスペースがある。そこが大きく開いていた。


 しまった、荷台の存在を失念していた!

 この二人、前後車両の荷台に身を潜めていたのだわ! 荷物を乗せる時にこの部分を見ていたというのに……何たる不覚!

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