大切な方を必ずやお守りしてみせるのですわ!

「こんな噂が立ったのは人外を辺境伯などにしたからだ、やはり人外は信用ならない、即刻駆逐すべきだと掌を返した何人かの重鎮達が、既に軍の準備を進めているようです。しかしモナルク様の攻撃力の高さを恐れて賛同がなかなか得られず、また正式な進軍の許可も降りておりませんので、待機状態といったところです。しかしそれも、いつまで保つか。加えて、噂に躍らされた民衆が暴動を起こし、こちらへ押し寄せる可能性も高い。近隣の自警団や騎士団などが警戒に当たっているそうですが、いざという時はあまりアテにはならないでしょう」


「……モーリス様と引き剥がすだけで良いのなら、アエスタ様がこの地を離れれば良いだけでしょう。それがどうして、カロル様との婚約に繋がるのですか」



 シレンティが、冷ややかに問う。


 彼女も必死に苛立ちを噛み殺しているようで、無表情ではあっても瞳は怒りに燃えていた。



「表向きはこうです。アエスタ様があまりに不出来だったため、周囲から王宮に入るに相応しくないと判断されたカロル様は一度婚約を破棄せざるを得なかった。しかしアエスタ様には才覚があるとスティリア様が進言し、信頼の置けるモーリス領辺境伯に預けた。そこで人目に付かぬよう教育を受けたアエスタ様は見違えるほどの成長を遂げ、今度こそ皆の賛同を受け、再度婚約者として迎え入れることになった……とすれば、カロル様もモナルク様も体面が保たれます。モナルク様への不信感も払拭できるどころか、ここまでできる者だったのかと評価が高まります。またあなたとの最初の婚約については、ほとんどカロル様の独断で決定したものですから、現王妃陛下を始めとする反対派の抑圧が幸いして一部の人間にしか知られていません。反対派の者達には、元々カロル様の婚約者の最大候補であったスティリア様を第一夫人とし、アエスタ様には彼女の補佐として第二夫人の座についてもらうつもりだったと説明するのだとか」



 ――にもかかわらず私との婚約が先立ったのは、先に婚姻を申し込んでいたスティリア様が病に倒れたせい、ということにしたようだ。


 確かにスティリア様は、カロル様の心が私に傾いてから社交の場に顔を出さなくなった。病んでいたのは心の方だったのだろうが、それを利用したらしい。


 そんな彼女が病(仮)から快癒したため、当初の予定通り、第一夫人として迎えるべく婚約する運びとなった――というのが、彼らの組み立てたストーリーの土台だ。


 ベニーグはさらに言葉を続ける。



「また例の噂も、この婚約である程度は収束できます。アエスタ様が悪女であるなら、本懐を遂げさせてやれば国家の乗っ取りなどという愚かな企てはしなくなるだろうと皆は納得する。また、あのような悪女を受け入れた度量の広い者として、カロル様の株も上がります。アエスタ様が聖女であるなら、王族の一員に迎え入れてその力を国家の繁栄に役立ててもらう、とすればいい。この場合も、魔獣から聖女を救った者として、カロル様の支持が上がるでしょう。カロル様との婚姻は、どちらの噂にも対応できる上、彼の名誉回復にもうってつけなのです。それ以上に……」



 ベニーグは呆然とするばかりの私の顔を見て、小さく笑った。



「カロル様は、あなたのことが忘れられなかったようだ。あなたに会いたがっておりましたよ。あなたの顔が見たい見たいとそればかり仰っておりました」


「カロル様と……お会いになったのね」


「ええ、スティリア様とも。お二人共、アエスタ様からお聞きした通りの人物でした。ですから……無理することはない。家族と共に国外にでも逃げてしまえばいい。その方がずっと幸せに暮らせるはずです。私個人の意見ですが」



 そう、と小さく呟き、私は俯いた。


 嫌悪感に満ちた表情から察するに、ベニーグもあのお二人に心無い態度を取られたのだろう。そして、そんな二人に握り潰されるしかない私の未来を憂いてくれたのだろう。


 カロル様からの婚約の申し出を断る――その選択肢がないわけではない。


 けれどそんなことをしたら、状況は余計に悪くなる。いまだに私の顔にご執心らしいカロル様はもちろん、今度は王家を敵に回すことになるだろう。

 この前代未聞の再婚約は、国王陛下はもちろん、ずっと反対なさっていた王妃陛下もお認めにならなくては叶わなかっただろうから。断れば、王家の厚意に泥を塗ったと怒りを買い、不敬罪に問われても仕方がない。


 ならば先んじて海外へ逃亡――なんて、できるわけがない。家族達だけなら問題ないけれども、私も一緒に姿を消すなんてことは許されない。


 悪女にしろ聖女にしろ、私は悪い意味でも良い意味でも広く名を知られてしまった。そんな私が行方不明になれば、真っ先に疑いをかけられるのはモナルク様だ。私達はセットで噂になっていたのだから。


 その場合、王家の怒りの矛先もモナルク様に向けられる可能性がある。悪女の逃亡を手助けした悪人、悪事への加担に抵抗を続けた聖女を殺した魔獣……人々の噂を『事実』に仕立て上げ、見せしめに処刑しようとまでするかもしれない。

 それでもモナルク様はお強いというから、逃げ延びることはできる……と思う。けれどそうなった場合、この地を追われることは必至だろう。


 要するに、詰み、だ。


 あーあ、どうしてこんなことになったのかなあ。

 私は、モナルク様のおそばにいたいだけなのに。モナルク様のおそばに、ずっといたかったのに。



「一日、考えさせていただいてよろしいでしょうか。答えは明日、お伝えします」



 それだけ告げて、私はシレンティの付き添いも断って一人で執務室を出た。


 モナルク様のお顔は、とてもじゃないけれど見られなかった。


 お前のせいで、これだから人間と関わりたくなかったんだ、と責めるような目を向けられていれば、まだいたたまれないだけで済む。

 けれどモナルク様はお優しいから、こんな時でも私のことを憂いて、悲しげな表情をなさっている――気がした。


 そう想像しただけで、胸が潰れそうになる。苦しくて切なくて、心が悲鳴を上げる。


 自室に戻ると、私はベッドに伏して声を殺して泣いた。


 モナルク様のおそばにいたかった。でもそれはもう、叶わない。考えさせてほしいなんて言ったところで、答えは一つしかないもの。


 私がカロル様の婚約の申し出を受けさえすれば、全て解決するのだ。


 それに、私は誓った。

 どんなことがあっても、モナルク様を守るって。


 もう誰にも、モナルク様の大切なものを奪わせない。もう誰にも、モナルク様を傷付けさせない。モナルク様を守れるのは、今は私だけなのだ。


 でも――――今だけは泣かせて。


 大好きな人と離れなきゃいけないこと、大好きな人と結ばれないことを、悲しませて。今だけ、今だけだから。




 食事もとらず、一人で泣いて泣いて泣き明かして――そして涙も枯れ果てた翌朝、私は腫れぼったい瞼のせいで視界不良の中、ベニーグに告げた。


 カロル様からの婚約の申し出をお受けします、と。

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