モナルク様可愛い集は、アエスタの心の中で大好評絶賛収集中ですの!

 モナルク様のお怒りの原因――それは恐らく、私がベニーグから勝手に過去についてを聞いてしまったことだ。

 モナルク様は、私なんかに知られたくなかったに違いない。だって私は、あの方が嫌う人間の一人――モナルク様に、あれほどのつらい経験を負わせた者達の同種なのだから。


 確認の途中で邪魔が入ったけれど、大きな原因の特定はできた。けれどもさらに、他の要因が加わっている可能性もある。


 私については、こそこそ頑張っていたモフ毛集めがバレて気持ち悪がられているとか……ベニーグに関してはうるさすぎて我慢ならなくなったとか、実は足が超臭いと判明したとか、やっぱりムッツリスケベで部屋に大量のえっちな本を隠し持っているのを発見してしまったとか……。



「ベニーグ様の足、そんなに臭くありませんよ? それに何度もお部屋に忍び込んでおりますが、えっちな本は一度も見たことがありません。ふわふわモフモフな生物がたくさん描かれた画集は引くほどたくさんありましたが」



 シレンティがしれっと言う。


 シレンティだけに……ってくだらないダジャレでも考えてないとやってられないわ!

 あの場でモナルク様に罪をきちんと告白して、誠心誠意謝罪したかったのに! その罪の片割れが大暴れしたんだもの! モナルク様のお怒りはますます強く大きくなったに違いないわ! 



「そんなにって言うことは、そこそこ臭いんじゃない。ベニーグはきっと、ふわモフにエロを見出していたのよ。つまりはふわモフ画集は、奴にとってはえっちな本みたいなものだったのよ。シレンティ、部屋に忍び込むことができるなら、あのバカワンコが寝ている間に首輪を付けて鎖で繋いでおいてくれない?」


「本人の同意なく、そういうことをするのはちょっと……シロジャナイも拘束は嫌がりましたし、ベニーグ様に了承を得てからにします。あ、もちろん首輪は用意してありますよ」



 本人の同意なく了承を得ずに部屋に忍び込んでるというのに、いろいろと矛盾している。


 頭を押さえながら、私は溜息を吐き出した。



「あのバカワンコはまだ戻らないの? やけに遅いわね」



 イライラをぶつけたい相手は現在、温室の魔法陣からひとっ飛びしてケントルだ。


 毎日このくらいの時間になると、ベニーグは向こうへ行って必要な書類や手紙などをやり取りする。再び魔法陣から出てきたところを不意討ちして、グーパン一発顔面にお見舞いしてやろうと待ち構えていたのだけれど、今日はやたら帰還が遅い。

 で、余計にイライラしているのである。



「またフォディーナ家に足を運んでいるのではありませんか? 旦那様も奥様もバカ兄弟も、アエスタ様からのお返事を楽しみになさっていると思いますから、使いをやって迎えに行ったのかもしれません。だとすると、そのまま屋敷に引きずり込まれて、おもてなしを受けているかもしれませんね……」



 シレンティが身を震わせる。おもてなし、か……確かにシレンティの話を聞いていたら、あの家族から歓待を受けるって苦行になりそう。想像して、私も震えた。


 が、そこで大変なことを思い出した。



「いけない! 私、フェルム様とルーペス様のお手紙をまだ読んでいないんだったわ!」


「ああ……確かにあのボリュームは、手に取っただけで読む気が失せますよね。開封する前から既におどろおどろしいヤバみに満ちた気が溢れていましたし」


「家事は一段落ついているから、夕飯まで読んでくるわ!」


「どうかご無事で……アエスタ様のご武運をお祈りしております」



 シレンティの不穏な激励を背に、私は自室へと走った。



 数段飛ばしに階段を駆け上がると、またもや二階でピンクの大きな可愛らしさが過ぎるモフモフに遭遇した。モナルク様だ。


 昨日に引き続き、偶然同じ場所で出会うなんて……私達は引き合う運命なのではないかしら?


 いきなり飛び出すと、また騙し討ちを食らって逃亡されると思ったので、私は階段に伏せて身を低くし、様子を窺った。


 モナルク様は、もすもすもすもすと廊下を行ったり来たりしていた。その中心にあるのは、私の部屋だ。


 何かご用があるのかしら?

 さっきの話の続きをしたいだとか、言いたいことがあるだとかならば、私はこの時間は畑仕事をしているとご存知のはずだから、そちらで待ち構えているわよね?

 だったら、部屋の中に何かモナルク様の目的がある、ということかしら?



「モナルク様」

「きゃうん!?」



 そっと忍び寄って声をかけると、モナルク様はとてつもなく可愛い悲鳴を上げて、ぴょこもふんと二段階で飛び上がった。


 はいオッケー、本日も心の可愛い集に掲載する可愛いシーンをしっかりちょうだいいたしましたー!



「私のお部屋がどうかされました? 何かおかしな気配でも感じました?」

「あっ」



 モナルク様がビックリ顔で背後を指差す。


 昨日の今日で、同じ手を使ったところでいくら私でも騙されませんって……。この方、本当に根は単純……いえ、相手を疑うことを知らない、純真で無垢で実直で真面目でお優しい性格なのね。


 私がジト目で動かないのを見て、モナルク様は大変焦ったようだ。ビックリ顔のまま、視線を泳がせる。


 さあモナルク様、その手はもう効きませんよ? どうする?



「あっ!」



 何とモナルク様、諦めずに再度チャレンジしてきました!



「あぁっ! んきゅ!? むきょー!?」



 声音を変えたり、表情を変えたりと頑張る頑張る! モナルク様、すごく頑張ってる!


 ここまで可愛いファイトを見せられると、騙されてあげたくなってきたわ……でもダメよ、アエスタ。ここは堪えなさい。

 可愛いに屈しては、可愛いを逃すのだから!



「モナルク様、ここで何をしていらっしゃったのです?」



 ビックリ顔芸が尽きた頃合いを見計らい、私は改めてモナルク様に尋ねた。



「むきゅん!」



 モナルク様はふんすと鼻息を吐いて、眉毛をつり上げた。恐らく『関係ないだろう!』と言った……のだと思う。そして多分だけど、この表情、威厳のあるキリッとした顔をなさっているおつもりなのよね……可愛すぎて、可愛いことしか伝わらないけれども。


 モナルク様が私の部屋の前をうろついていたのは、きっと大した理由ではないのだろう。

 部屋の中の物が落ちたか転がったかして大きな物音がしたとか、お義兄様方の手紙が発するおどろおどろしい気が、いまだ読まれない恨みつらみでさらに強くなって瘴気に転じたとか、そういった些細なことだと思う。


 それでも、どんな小さな変化にもモナルク様が敏感になるのはわかる。

 モナルク様は一度大切なものを奪われている。そのせいで、人一倍警戒心がお強いに違いないもの。



「ええ……そうですわね。ここはモナルク様のお家ですもの。どこをうろうろもふもふなさっていても、問題はありもふんわよね」



 うんうんと、モナルク様が睥睨のポーズで頷く。


 両手を後ろに回して胸を張った姿は、威風堂々とした佇まい……になるものだけれど、モナルク様がやると『どうだい! 可愛いだろ!』と言っているようにしか見えなくて、はいその通りでございもふ! と平伏したくなるから不思議だ。これも可愛いの神秘の一つね。



「でもレディの身としては、たとえ主であろうとも自室の前を殿方にうろつかれるのは、あまり気持ちの良いものではありもふんわ。ましてや、理由を明かしてくださらないとなれば尚のこと不安になりもふの。この気持ちだけは、ご理解いただきたいわ」



 するとモナルク様の眉毛がちょっと下がった。瞬きの回数もいきなり増えた。


 動揺してる動揺してる、かっわいいーー!



「ですが、私はモナルク様を信じておりもふ。この件は忘れもふので……どうか私のお願いを一つ、聞いていただけもふん?」



 私はそう言うと、モナルク様を見上げた。


 以前、どこかのご令嬢方が殿方はレディの上目遣いに弱いと話しているのを聞いたことがある。この際、試せることは何でも試してみるべきだ。



「どうか指先、いえ足先でも構いませんので、少しだけ、一撫で、いえ一掠めでも、触れることをお許しいただけもふんか?」



 祈りの形に組んだ手で、両側から胸を押し上げながら私は必死に懇願した。


 以前、どこかのご令息方がレディのこのポーズが大変魅力的だと言っていたのを聞いたことがある。この際、試せるものは何でも試してみるべきだ。



「ええ、モナルク様がお怒りになっていることはよくよくもふもふ理解しておりもふ。私などに、触れられたくないでしょう。けれども、私にはこのくらいしか思い付かないのです……モナルク様と、仲良くなるための方法が。私、モナルク様と、仲良くなりたいのです。もっともっと打ち解けたいのです!」



 私は頭が悪い。私は語彙力がない。私は鈍くて相手の気持ちを察することができない。察することができたとして、最適な行動がわからない。何故なら、頭が悪くて語彙力がなくて鈍いから。


 だから、観察を重ねてきた。寝る前は何度も読み返し、脳内で幾つものシミュレーションもしてみた。それでも、どう振る舞えばモナルク様のお心に近付けるのか、さっぱりわからなかった。


 そこで、原点に戻ることにしたのだ――ここに来て間もない頃、モナルク様に触れようとして失敗したあの自分に。


 モフみに目が眩んだのもあった。大いにあった。けれど、あの時の自分は『触れあえば何か伝じるものもあるはず』と無心に信じていた。確かに、いきなり触れようとするなど失礼極まりない行為だった。


 でも、考えとしては間違っていない。


 触れてみれば、言葉以上にモナルク様のお気持ちを察することができると思うのだ。肉体は嘘をつけない。体温、毛の感触、肌の強張り方で、私への感情をある程度は読み取れるはずだ。


 勝手に触れようとしたあの時と違って、今は面と向かってお願いしている。さらに、上目遣いに脇から寄せ上げバストと紳士が好むというポーズで、だ。


 しかしモナルク様の反応は、芳しくなかった。眉間にモフ毛を寄せて、嫌そうなお顔をしている。


 あるぇ? これって紳士が好むポーズじゃなかったの? ちっとも効いてない。むしろ引いてる引いてる。


 するとモナルク様は、おもむろに両手でわしゃわしゃと自分の全身を漁った。


 も、もしやおててを繋いでくださるために、手汗を拭いていらっしゃるの!? と期待に胸が躍ったのも束の間。



「へっ!」



 モナルク様は片頬だけを上げて冷ややかに笑うと、全身からかき集めた抜け毛を私に向かって投げ付けた。投げたところで、ほよほよと空を泳ぐだけだったけれども。


 とれたて新鮮モナ毛! と慌てて追いかけている間に、モナルク様はいなくなっていた。


 う、うええーーん! お願いしたのに、一掠めすら拒否された! 悲しいーー!


 とれたて新鮮モナ毛をわさわさとかき集めながら、私は心が痛むのを感じた。


 あんな意地悪な表情を浮かべたモナルク様、初めて見た。可愛いことは可愛かったけれど……どうしよう、取り付く島もないという雰囲気だったわ。


 こうなったらベニーグに頼んで、魔法で記憶を消してもらうしかない! そんな都合の良い魔法があるかはわからないけど、それしか思い付かないんだから仕方ない!



 しかしその日、ベニーグは屋敷に帰ってこなかった。


 正確には一度戻ったが、食事の用意をして屋敷周りに魔法障壁を張り、『何があっても外に出るな』と告げて、また魔法陣の向こうへと消えていった。


 何だか、とても嫌な予感がする。


 ベニーグは表情には何も出さないようにしていたみたいだったけれども――尻尾は下がり、ゆらゆらと幽鬼のように奇妙な動きをしていた。


 シレンティが言うに、あの尻尾の動きは不安や警戒の現れ、だということだ。




■アエスタによるモナルク様観察記録■


・お疲れ顔も可愛い。呼吸まで可愛い。

・お怒りの原因は、過去を勝手に知ってしまったことだと思う。

・騙し討ちのバリエーションがとても少ない。言い訳のバリエーションが少ない私にとって、ものすごく親近感を覚える。

・上目遣いもバスト寄せ上げも効果なかった。

・とても意地悪な顔もできる。可愛かったけど……でも、モナルク様にあんな顔をさせてしまったのは自分だと思うとつらい。

・とれたて新鮮モナ毛を入手した。でも嬉しさより悲しさが強い。



□シレンティ用ベニーグ情報□


・ボールやらフリスビーやらブーメランよりも、髪を下ろしたシレンティに食い付く。

・邪魔するなと言ったくせに一番の邪魔者だった。私がマルカジリしてやりたい。

・何やら忙しそう……嫌な予感がする。嫌味でもバカでもいいから早く帰ってきてほしい。帰ってきてくれないと殴りたくても殴れない。



[シレンティからの追加情報]


・掃除していたらいきなりベニーグが飛び込んできてビックリしたそうだ。その後ガックリ肩を落として私への呪詛を呟いていたらしい。逆恨みにも程がある。

・ベニーグの足はそこそこ臭い。

・えっちな本代わりにモフモフ本をたくさん持っている。まさかモナルク様もそんな目で見ていたのでは? 彼が避けられた理由の一つかもしれない。

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