悪女と魔獣〜王子に婚約破棄されて愛くるしさが過ぎる人外辺境伯の婚約者候補になったけれど、笑えるくらい心を開いてくれないので、観察記録をつけて彼の好みを探ろうと思う〜
足がお短くていらっしゃるのもチャームポイントなのよね!
足がお短くていらっしゃるのもチャームポイントなのよね!
朝のモフササイズは、やはり行われなかった。わかっていたけれど、それでも落ち込んだ。
だからといって、しょんぼり項垂れてすごすご引き下がる私ではないわ!
「モナルク様、おはようございもふっ!」
いつものように、挨拶は元気良く。
すると玄関から出てきたピンクの大きなモフモフが、もふっと揺らいだ。さすがにモナルク様も驚いて、避けるどころではなかったようだ。ぱちくりと黒いおめめを瞬かせ、私を見る。
そう、今日はいつものように散歩帰りを待ち構えていたのではない。お散歩に出るより前に、屋敷の玄関脇で待機していたのだ。
モナルク様が私を避けているなら、なるべく接触しないように散歩を早く切り上げるかもしれない。それを見越して、先制攻撃を仕掛けたというわけ。
モナルク様は私に会いたくないのでは……と考えるのはつらかったけれど、逃げていては状況は変えられない。常に最悪の事態を想定して備えるのは、狩りにおいても大切なことですからね!
「今日は私も、お散歩にご一緒させていただいてもよろしいもふか? よろしいもふよね! はい、決定!」
そう宣言してから、私は戸惑い顔のモナルク様の背後から睨むベニーグに目をやった。
「あらー、そうだわー? ねー、ベニーグー? あなた、シレンティのヘアピンを知らなーい?」
「は? ヘアピン? シレンティなら、朝食の時はきちんと髪を結っておりましたよね?」
訝しげに眉をひそめ、頭の上の耳を歪めながら、ベニーグが問い返す。
「それがー? さっきー? 髪を結っていたヘアピンをー、一つ残らず落としてしまったんですってー。シレンティったらー、すごく困ってオロオロしていたのよねー。髪を下ろしたままでー」
「髪を下ろしたままわふかっ!? 一緒に探してきわぁぁーーふっ!」
飛び跳ねる勢いで去っていったベニーグの背を、モナルク様は不思議そうに見ていた。
うん……千切れんばかりに尻尾を振りたくってましたものね。あんなベニーグを、モナルク様もあまり見たことがないようだ。
初めての、二人きりの散歩。
けれどモナルク様は、早足でずんずんもふもふ歩くばかりだ。足が短いからちょこまかもふもふして見えるのが可愛いし、連動してお尻と尻尾のぷりぷり速度も早くてぷるるるるるんっとなってるのが可愛い。
モナルク様は一生懸命になって置き去りにしようとしているようだったけれど、残念ながら私には見とれるだけの余裕があった。なのでお隣から、ずっと話しかけ続けた。
だって私、体力だけはあるし……それにモナルク様のお短くて可愛らしいお御足では、頑張ったところでそこまで速くもないし……。
ということで、先に音を上げたのはモナルク様だった。庭園を巡り終わる前にスタミナを切らし、地面にぺたんと座り込んで、ひんこらひんこらきゅふふんきゅふふんとしんどそうに息を吐く。
何ですか、呼吸まで可愛いですか。おめめむんぎゅり閉じて、お口を開けてピンクの舌まで出して、絵に描いたような降参顔しちゃって。汗でしんなりしたピンク毛も可愛らしいじゃありませんか。
どんな時も可愛いとは、まことにけしからん!
「モナルク様……私に、お怒りなのですよね? ですから、私をお避けになっているのですよね?」
モナルク様が疲れて動けなくなったのをいいことに、私は直球で問い質した。
本当ならこういった場合は、水を持ってくるなり労いの言葉をかけるなりして介抱するのが正しい行動なのだろう。しかし今は、そんな正攻法なんかじゃ好感度が上がるとは思えない。
だったらどうしたらいいか、ご本人に聞くのが一番の近道だ。
「お部屋に勝手に立ち入ったこと、お花を食べさせすぎてお体に負担を与えてしまったこと……入浴なされているところに、うっかり立ち入ったこともありましたわね。数々の失礼を働いたにもかかわらず、モナルク様はその度に寛大なお心でお許しくださいました。でもそんなお優しいモナルク様でも、許せないことはありますよね」
モナルク様は、私だけでなくベニーグも避けている――昨晩その点から絞って考えた結果、私は一つ、モナルク様を怒らせる原因となりそうな件に思い至った。
昨晩のベニーグは落ち込みすぎて思考がうまく回らないようだったけれども、すぐに彼も同じ結論に辿り着くだろう。
その前に、私は何としても先んじて確かめたかったのだ。だってモナルク様と一日接触禁止なんて罰、絶対に受けたくないもの!
「黙っていて、本当にごめんなさい。隠すつもりではなかったのです。でも、切り出すタイミングが掴めなくて……いえ、こんなのただの言い訳ですよね。モナルク様は聡明ですもの、こうしてお気付きになるのも、勝手な真似をした私達に怒りを覚えるのも当然です。ですが、きちんと説明だけはさせてください。そうです。実は私……ベニーグに」
「ぎゃあおおおおおおん!!!!」
自らの口で罪を打ち明けようとしたその刹那、凄まじい咆哮が耳をつんざいた。
同時に、飛び込んできた漆黒の影が私に襲いかかる――ベニーグだ!
「嘘つき! コロス! 嘘つき! マルカジリ! 嘘つき! ユルサナイ!」
金の瞳を殺意に爛々と輝かせ、ベニーグは私の首根っこを掴んでガクガク揺さぶった。喜んですっ飛んで行ったのに、シレンティが髪を下ろしてなどいなかったからだろう。
にしても、こんなに怒ることぉ……?
「ええ……あなた、どれだけ好きなのよ……ここまでくると、愛が重いわねぇ……」
「なっ!? す、好き!? いえ、わわわ私は、好きとか愛とかそういうのではなくて!」
そこで私達は、はっとしてモナルク様を見た。
モナルク様は、目を大きく見開いて固まっていた。それが、わなわなもふるもふると震え始める。ベニーグの突然の狼藉に、大変おビビりなさったようだ。けれどもモナルク様はすぐに目をぐっと閉じ、どふどふとその場から駆け出して行った。
転がっていったのならまだしも、やはり足がお短くていらっしゃるせいで走る速度もそんなに早くはない。追いかければすぐに捕まえられただろう。しかし、私は動けなかった。
去り際にキラリと飛び散った汗――が、まるで涙のように見えたから。
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