悪女と魔獣〜王子に婚約破棄されて愛くるしさが過ぎる人外辺境伯の婚約者候補になったけれど、笑えるくらい心を開いてくれないので、観察記録をつけて彼の好みを探ろうと思う〜
むしろ私には嫌われる要素しかないのでは? と改めて落ち込んだわ……
むしろ私には嫌われる要素しかないのでは? と改めて落ち込んだわ……
モナルク様の様子がおかしい。
モナルク様は、自分を避けているのでは?
――――そう感じていたのは、何と私だけではなかったらしい。
「私、何かしてしまったのでしょうか……? 強いて言えばモナルク様のような毛になりたいという願望から脱却し、己の道を進み始め、毛艶が良くなったことくらいですが……それがモナルク様の逆鱗に触れてしまったのでしょうか? 初心忘るべからずの精神に反していると思われ、ヘルウルフの誇りを捨て去ったように見えてしまったのかも……うぅ、モナルク様ぁモナルク様ぁモナルク様ぁぁぁ……きゅぅんきゅぅん……」
メソメソキュンキュン泣くベニーグを、シレンティはずっとナデナデして慰めていた。
それでもベニーグは泣きやまない。
同じ毛質になるのを諦めたからといって、ベニーグにとってモナルク様は憧れの存在に変わりはない。無為に生きるばかりだった彼に希望の光を与えた、神のような存在なのだ。モナルク神様に見放されてしまうなんて、絶望の中に叩き落されるに等しい。
けれど、それは私だって同じだ。
「そう、ベニーグもなのね。私も、今日はモナルク様に避けられているように感じたわ。シレンティは?」
「私にはわかりかねますね……モーリス様と関わることなど、これまで全くありませんでしたので」
シレンティが溜息混じりに答える。
無理もない、彼女はモナルク様の前では、できる限り存在感を消していた。モナルク様を恐れていたからではない。『人間嫌い』であるモナルク様に負担をかけないよう思いやり、そして下手に干渉しては私の印象まで悪くしかねないと考えたためだ。
「それにしても、ずっと信頼していたベニーグまで寄せ付けようとしないだなんて……本当に何があったのかしら」
口に出して言ってみたところで、ここにいる三人にわかるわけがない。わからないから、困惑しているのだ。
朝からどことなく暗い顔をしていたベニーグは、夕食の頃にもなるとどよよんと負のオーラに包まれ、闇にのまれて姿すら霞んで見えるほどだった。なので食事の片付けを終えてから、私の部屋に来てもらったのだ。
ベニーグ曰く、モナルク様の様子がおかしくなったのは昨日からだという。
私達には具合が悪いと伝えていたが、朝起こしに行くと、一人になりたいと仰って部屋にこもり、食事も拒否したそうだ。心配で何度も様子を伺いに行くも、最後には怒って牙を剥き、毛を逆立てて威嚇された。
仕方なく一晩置いて今日。
モナルク様はベニーグが起こしに行くまでもなく起床し、ちゃんと散歩しきちんと食事もとり、溜めてしまっていた書類整理もしっかりと片付けた。けれどもベニーグが筆談で会話を求めても、全く返さない。それどころか、目も合わせようとしない。
気のせいだ、きっとまだ体調が悪いせいだ、と自分を騙し騙しやり過ごしてきたけれど――今日一日の態度で、やはり思い違いなどではないと確信した。
ベニーグが確信したというなら、私もきっと例外ではない。
モナルク様はベニーグだけでなく、私も避けている。
どうしよう? せっかく気にかけてくださっていたのに、何をしてしまったのだろう?
思い当たる節は……ある。ありすぎるほどにある。お腹を壊させてしまったし、ベッドに忍び込んで泣かせたし……もしかしたら毛を集めているのがバレた? ああ、どの行動がお気に障ったのか、心当たりがありすぎて全く絞れない!
「お二人共、しっかりなさってください」
ベニーグと一緒に床に四つん這いになってズドーンと落ち込んでいると、シレンティに揃ってぺちぺちお尻を叩かれた。
「モーリス様がそういった態度を取るようになったのには、理由があるはずです。まずはそこを探りましょう。理由がわかれば解決できます。ほら、今こそアエスタ様のお得意な、観察が役に立つ時ではありませんか」
シレンティの言葉に、私は二足歩行であることを思い出したように立ち上がった。
「そう、そうよね! この鍛え抜いた観察眼があれば、きっとすぐに理由を探り当てることができるわよね! モナルク様のことを、今まで以上に注意深く見てみるわ!」
「フン、あなたの観察眼なんかたかが知れてますよ」
そう言って、ベニーグも立ち上がる。
「私の洞察力の方が間違いなく上です。私が理由を突き止めますので、くれぐれも邪魔だけはなさらないでくださいね」
彼にもシレンティによる叱咤激励のおしりぺんぺんが効いたのだろう、すっかりいつも通りの嫌味野郎に戻っていた。
少し安心したけれど……誰の方が上ですって?
「へええ? あなたの洞察力って、そんなにすごいの。だったら二日も側でモナルク様を見ていたんだから、理由に心当たりくらいあるでしょう? ほら、遠慮せず言ってごらんなさいよ!」
「そういうあなたこそ、モナルク様と二人きりになる機会があったのでしょう? なのにお得意の観察眼とやらで、何も掴めなかったのですか? 鍛え抜いてその程度のレベルとは、まるで転がらないボールですね。お遊びにもなりゃしませんよ!」
「何よ、私にケンカ売ってるの? ならどっちが先にモナルク様の異変の理由を突き止めるか、勝負しようじゃない!」
「その勝負、受けて立とうじゃありませんか! 負けた方は罰ゲームとして一週間……いえ、一日モナルク様に接近禁止ですからね!」
とまあ、ベニーグとはいつものように言い合いになったけれども――そんな中、彼の優しさをほんのりと感じて、一瞬泣きそうになった。
ベニーグがわざわざ一週間から一日に言い換えたのは、私に残された時間が少ないと気付いたからだ。
婚約者選定の期日まで、もう十日。
たった十日で、私はモナルク様の異変の理由を探り出し、それを解決し、さらにお心を掴むまでに持っていかなくてはならない。可能性はゼロではないといっても、ほぼ不可能に等しい状況だ。
それでも、やるしかない。ギリギリまで粘ってしがみついて食らいついて、モナルク様のお側にい続ける方法を探さなくては!
――――しかし私は、後に知る。
この時点で、自分は時間どころか可能性までも全て失っていたのだ、と。
■アエスタによるモナルク様観察記録■
・洗濯物健康モフササイズをお休みされた。
・私の仕事ぶりを一度も覗きに来られなかった。
・演技力が高い。すっかり騙された。その間に逃げてしまわれた。
・考えたくなかったけれど……やっぱり避けられているようだ。つらい。
□シレンティ用ベニーグ情報□
・ベニーグもモナルク様に避けられているようだ。
・超落ち込んでた。初めてベニーグに共感を覚えた。
・優しいところもある。でも、こんな時に優しくしないでほしい。余計つらくなる。
[シレンティからの追加情報]
・ナデナデしても凹みっぱなしだったから、ベニーグのモナルク様への思いは相当なものだと思われる。
・お尻ペンペンしたのは初。ベニーグのお尻は固かったらしい。私の方が軟らかかったって!
・シレンティはここに来て一度もモナルク様と接触したことがないらしい。なのでシレンティも避けられているかは不明。確かに二人が絡んでるところは見たことがないわ……いつか見てみたいな。
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