恋する乙女は些細な違いにも敏感なのよ!
朝の洗濯物モフササイズは、本日も再開されなかった。
ならばお散歩もお休みだろう……と思いつつも、ダメ元で出待ちしていたら。
「モナルク様!」
大きなピンクのモフモフ姿が現れるや、私は木立から飛び出して駆け寄った。
「おはようございもふ! ずっと心配しておりもふた……もうお加減はよろしいのですか? あまりご無理はなさらな」
声をかけるもモナルク様はみなまで聞かず、もすもすと短い足を早めて通り過ぎて行ってしまった。ベニーグが慌てて追っていく。
あっという間に屋敷の中へと消えた後ろ姿に、私は小さな違和感を覚えた。
これまで確かに、そっぽを向かれたり追い払われたりはしてきた。それでも、一方的に無視なさるなんてことはなかったのに。
洗濯をしていても窓からピンクの毛が覗くことはなく、掃除の時も何度も振り返ってみたけれどピンクの残像が目に映ることはなかった。
食事も今日からは一人でとりたいと仰られたそうで、ベニーグが妙に沈んだ表情でその旨を伝えに来た。
活動できるようになったとはいえ、まだ本調子ではないのかしら? もしかしたら、ちょっとたちの悪いお風邪を召されて、伝染さないように気を遣っているのかもしれない。
畑仕事を終えて、モナルク様がいつも隠れていた木を見る。やはりそこにも、いつも盛大にはみ出ていたピンクのモフモフはなかった。
しゅんとしつつ、一旦屋敷に戻る。今日の作業でかなり服が汚れたので、庭園でベニーグに報告する前に着替えようと思ったのだ。
すると二階に上がったところで、モフみ満点の可愛くて可愛くて可愛すぎるピンクの背が視界に飛び込んできた。モナルク様だ!
でもやっぱり、少し様子がおかしい。
いつもは大きなお尻と小さな尻尾をぷりんぷりん振ってもっふもっふ歩くのに、今は尻の振り幅も狭ければ歩幅も小さい。ぷりぷりもそもそという感じだ。毛も何だか萎びていて、全体的に縮んだように見える。
思った通り、きっとまだ具合が良くないのだわ!
「モナルク様!」
名を呼ぶと、びっくーん! とピンクの毛が逆立った。モナルク様が、恐る恐るといったふうに振り向く。
「わあー、こんなところでお会いするなんて奇遇ですわねー。いえねー、私もたまたまお部屋に戻ろうとしていたのですよー。モナルク様もたまたまここにいらっしゃったのですよねー? すごーい、こんなことってあるのですわねー!」
お会いできた喜びをおさえ、必死に平静を取り繕って話しかけてみたけれど……あれ? この台詞、前にベッドでバッタリドッキリ鉢合わせした時も言ったような?
もう! 私ってば会話力低すぎよ!
使い回しするにしてもバリエーションが少なすぎるわ!
モナルク様は何も答えず、もふいっと私から目を逸らした。私のダダ被りした言い訳から、大泣きするほどショックを受けたベッド侵入事件を思い出してしまった、のだろうか?
けれど今の仕草に、私はまた違和感を覚えた。
これまでそっぽを向く時は、合図のように『ふんっ!』と可愛らしい声を上げていた。けれど今日は無言。おまけにアクションが小さく、目を開けたままだ。いつもは顔を逸らすと必ず目を閉じていたのに。そんな些細な違いが、妙に引っかかる。
「あの、モナルク様? やはりまだ調子が悪いのではありもふんか? ちょっとお顔をお見せください」
私はそそそっとモナルク様が目を逸らした先に移動して、お顔の色を拝見しようとした。が、モナルク様はまたもや、もふいっと顔を逸らす。そそそと移動する。もふいと逸らす。そそそ。もふい。そそそ。もふい。埒が明かない。
「モナ……」
「あっ」
ここで初めて、モナルク様が声を上げた。やっとこちらを見てくださった……と思ったけれども、視線は私ではなく背後に向けられている。
その表情は驚きに満ち、つぶらな瞳を瞠りつつ、もっふりした口をわなわな震わせてちっちゃな牙を覗かせていた。さらにモナルク様はモフモフふかふかした腕を伸ばし、人差し指に当たるぷにんとした肉球で奥の方を指し示した。
「えっ、何、何です!? 何かおりもふたか!? 美味しそうな虫!? それとも面白そうなオバケ!?」
慌てて私も振り向く。だが、目を凝らしても虫もオバケも見当たらなかった。
「モナルク様、一体何を見たのです……っかぁぁ!?」
問い返そうとして、語尾が激しく乱れた。
向き直ってみると、モナルク様が例の隠し扉にピンクの大きな体をいそいそと滑り込ませているところだったからだ。
そのままモナルク様は扉をきっちり閉めてしまった。耳をすませてみると、ドコドコと慌ただしい足音が聞こえる。どうやら、自室へとお戻りになられたらしい。
だ、騙された?
いや、そんなわけない。具合が悪くて、立っているのもつらくなって、お部屋に戻られた、のよね? そうよね?
でも……何だろう。そう思おうとしても、じわりと湧いた嫌な感覚が消えない。
今朝からずっと、モナルク様が私を避けているように感じたから。
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