騎士は言葉の切れ味も鋭いのね!

「あなたの髪は、その……あなたなりの魅力がある、と思います。ですから、できるなら結ばない方が良いのでは、の思うのです。これからは髪を解いたままで過ごしてみてはどうか…………と思う、のですが」



 思う思うっていろいろ思いすぎじゃない、と私が突っ込むより早く、



「あ、それは無理です。この長さでは仕事の邪魔になるので。解くくらいならまた短く切ります」



 と、シレンティがベニーグの思う思う連打を一刀両断した。さすが騎士ね、容赦ないわ。



「ベニーグ様、理解してくださったのですね。誰の毛にもそれぞれに魅力があると。理想とは違っても、憧れには届かなくても、落ち込むことはないのです」


「え、ええ……そう、なのでしょうね……はい。シレンティ、ひどいことを言ってしまい、本当にすみませんでした……」



 ベニーグがしゅんと耳を寝かせて謝る。良かった、ちゃんと謝れたわね!


 落ち込んでるのが、反省してるせいかシレンティに願望をぶった斬られたせいかは、わからないけれど。何となく後者の方が強い気がするけれど。


 しょげても自分より背の高い彼に手を伸ばし、シレンティは優しく頭をナデナデしてあげた。



「私もベニーグ様の毛並を、とても魅力的だと思っています。最初はシロジャナイに重ねておりましたが、ベニーグ様はベニーグ様、唯一無二です。ベニーグ様の毛が大好きな者も、ちゃんとここにいるのですよ?」



 きゅん!


 今度は聞こえた。確かに聞こえた。ベニーグの胸と赤くなった横顔から、子犬の鳴き声みたいな可愛らしい音が!



「あっえっ、そ、それはどうも……です……」



 なのにベニーグが返したのは、こんな素っ気ない言葉。

 全くヘタレワンコね……嬉しくてフリフリしてる尻尾が、わっさわっさドレスの裾を揺らして鬱陶しいんですけれど?


 しかしそのフリフリ尻尾は私に隠れているせいで、シレンティは気付いていないようだ。



「ではまたお手入れをやり直してくださいますか? ベニーグ様は私と毛質が近いので、モーリス様のようなふわほわ感は捨てて、ツヤ感を重視した仕上がりになるかと思いますが」


「えっ!? わ、私の毛がシレンティのようになれるというのですか!?」



 声を裏返らせ、ベニーグが叫ぶ。


 耳、いったぁぁい!

 至近距離で大声出さないでほしいわ!

 こいつ、もうすっかり私の存在を忘れてるわね? 謝るのが怖いからってビビり散らして勝手に盾にしたくせに!



「ええ……あの、やはり気に入りませんか? 私とて、ベニーグ様の魅力があるというお言葉を鵜呑みにはしておりません。お優しさからの社交辞令だと心得ておりますが、そんなに飛び上がるほどお嫌なのでしたら毛根からの改善を」

「違う! 社交辞令などではない!」



 ベニーグが一際大きな声で吠える。


 今度は耳が痛くならなかったわ。なんたって、私を横へ突き飛ばしてシレンティの前に進み出ましたからね。


 この野郎、本当に私を何だと思ってるのかしら!?



「わ、私は心から、あなたの髪を魅力的だと感じたのです。ですから……あなたの髪のようになれるということが、とても嬉しくて」



 顔どころか首まで真っ赤に染め、ベニーグは懸命に言葉を紡いだ。



「あの……改めて、お願いしてもよろしいですか? シレンティ、どうか私をあなたのようにしてください。あなたになれなくてもいい、私はあなたに近付きたい。あなたは私が見付けた、新たな目標……新たな理想なのです」



 シレンティは呆けたようにベニーグの言葉を聞いていたけれども、少しの間をおいてから思い出したようにぼわっと頬を赤らめた。



「ご、ごめんなさい、理想だなんて言われたの初めてで……戸惑ってしまって。ええ、ええ。もちろんです。またお手入れ、頑張りましょうね。それから……」



 豊かな栗色の髪が、柔らかく跳ね上がる。シレンティが髪をかき上げたのだ。



「この髪を、魅力的だと言ってくださってありがとうございます。ベニーグ様にそんなふうに仰っていただけるなんて思いもしませんでしたから……私も、とても嬉しいです」



 決めポーズは、はにかんだような淡い笑顔。


 きゅんきゅん、きゅうん!


 そろそろ湯気が上がりそうなほど顔を赤々とさせ、しどろもどろになるベニーグから、そんな音が聞こえた……気がした。



 とにかく、これにて二人は仲直りした。仲直りどころか、もっと仲が深まったと思う。ケンカというものは、乗り越えると絆が深まる効果があるらしい。


 部屋を出る前に、ベニーグは私にちょいちょいと手招きした。

 勝手に盾扱いした挙句にゴミみたいに突き飛ばした件を謝ってくれるのかと思ったら。



「おい、シロジャナイとはどんな奴だ? シレンティの前の男か? シレンティはそいつのことを忘れられないのか? だったら私はどうすればいい? どうすればそいつより上になれる?」



 ですとよ。


 本当にヘタレで面倒臭い奴ね! 面と向かって直接本人に聞きなさいよ!!




■アエスタによるモナルク様観察記録■


・今朝のモフエクササイズは、スキップだった。ラストはしっかり転んだ。可愛かった。

・その後のモナルク様、元気がなかった。やっぱり昨日ベッドに忍び込んだせい? 寝床は最も無防備になる空間、そこに人間なんかが立ち入ったことがショックだったのかも?

・お風呂を覗いた時はお怒りになるだけだったのに……と考えてみたところ、モナルク様は常に裸みたいなものだと気付いた。どうしよう、あのモフ毛をえっちな目で見てしまいそう……。

・体格に翼が追いつかないようで、長く飛べないみたい。

・転がって移動できる。コロコロモナルク様、めちゃくちゃ可愛かった……ボールを得たベニーグばりに追い回したくなった。

・顔色も悪かったようでとても心配。当然のように恋愛小説なんか読んだって原因もわからなければ解決もできなかった。時間の無駄だった。明日お薬をお渡ししよう。



□シレンティ用ベニーグ情報□


・ヘタレ

・面倒臭い

・鬱陶しい

・自分勝手

・私に謝れ



[シレンティからの追加情報]


・シレンティにはモナルク様はいつも通りに見えたらしい。

・ベニーグとさらに仲良くなったようだ

・いろいろベニーグのことを言っていたけど、ごめんなさい……ノロケはもう聞きたくないわ!

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