悪女と魔獣〜王子に婚約破棄されて愛くるしさが過ぎる人外辺境伯の婚約者候補になったけれど、笑えるくらい心を開いてくれないので、観察記録をつけて彼の好みを探ろうと思う〜
ムッツリに加えてヘタレという属性も追加してさしあげますわ!
ムッツリに加えてヘタレという属性も追加してさしあげますわ!
「ベニーグ様……」
部屋に戻ると、シレンティは力ない声で呼んだ。私の背後で、隠れるようにして耳と尻尾を縮めている
全く、誇り高いヘルウルフの血とやらはどこに行っちゃったのよ。呆れた表情で見やるも、ベニーグは私の肩をぎゅっと掴んで、縋るような目を向けるばかりだ。
何とかしてくださいお願いしますと言いたいわけ? 私に丸投げしないで、自分で何とかしなさいよ!
「……ベニーグ様、申し訳ございませんでした」
するとシレンティが、静かに頭を下げた。
「私は間違ったことは言っていないと思っております。その点に謝罪したのではありません。一人になって、冷静になったところで自分の言動を振り返ったのです。そして間違ったことは言っていない、けれども言い方は悪かったと……もっとあなたを傷付けずに伝える方法があったのに、と反省したのです」
先制で謝罪されたせいで、ベニーグはますます萎縮してしまった。私の両の肩を掴む力がぐっと強まる。とても痛い。おまけに体重をかけられているからとても重い。
仕方なく、私は首を後ろに捻って彼にひそひそ声で話しかけた。
「ちょっとベニーグ、いつまで私の後ろに隠れているつもり? 何とか言いなさいよ」
「何とかって……何を言えばいいのですか……」
ベニーグもひそひそ声で返す。
「あなたからも謝ればいいでしょ。君の意図を理解しようとせず、ひどい言葉を言って申し訳なかったって」
「無理ですよ……だって私、心から謝ったことなどないのですよ? 口先だけの謝罪の言葉なら何度も経験がありますが、定型文か挨拶みたいな感覚で口にしていましたし」
「要するに、心から申し訳ないと思った相手に謝ったことはない、というわけ?」
「ええ、そういうわけです。心から申し訳ないと思った相手がこれまでいなかったので、仕方ありません」
偉そうに抜かしているが、誇れたことではない。
心から申し訳ないと思っているからこそ、謝罪できないなんて……臆病風に吹かれて揺れるようなヤワい毛でもないくせに、バカじゃないの!? 毛と同じくシャキッとしなさいよ!
と、怒鳴ろうとしたところでシレンティが動いた。こちらへと近付いてくる。
「ベニーグ様、こちらを見てください」
私の目の前に立つと、シレンティは抑揚なく告げた。ベニーグはビクンと大きく身を震わせてから、恐る恐るといった感じで私の肩から顔を出した。
それを確認すると、シレンティは自分の栗色の頭に手をやった。そして、後頭部にきっちり巻き付けて結わえた髪をするりと解く。
液体のように滑らかにたわみ、よく磨かれた金属のような輝きを放って、彼女の髪は戒めから躍り出た。
ドキッ!
背中に密着するベニーグの胸から、そんな音が聞こえた気がした。そっと横顔を覗えば、ほわっと毛が立ち、ぽわっと頬も赤くなっている。
髪を下ろしたシレンティを見るのは、私も初めてだった。長さこそ近いものの、自然にゆるく巻いてしまう私の髪と違い、彼女は直線に落ちる綺麗なストレートだ。
シレンティの動きに合わせ、髪に反射した光が自在に揺れて流れる。その様は、見惚れるほど美しい。彼女の凛とした美貌を、さらに引き立てている。
うん……これはドキッとするのも無理はないわ。普段のまとめ髪とのギャップにやられるわよね!
「ベニーグ様にわかりやすく説明するには、こうしてお見せするのが一番だと思ったのです。アエスタ様、失礼いたします」
一言告げてシレンティは私の髪をそっとすくって手に取り、さらに反対の手で自分の髪を取り、その二つをこちらに差し出した。
「私の髪とアエスタ様の髪、全く質が異なるでしょう? 触ってみていただければ、もっとよくわかると思います」
ベニーグはゆっくりと私の肩から手を離し、シレンティの掲げるそれぞれの髪に伸ばした。
私も一緒に触れてみる。細くて柔らかな猫っ毛の私に対し、シレンティはツヤとハリのあるしなやかな毛だ。
「私がアエスタ様のような髪になることはできません。逆もまた然りです。ある程度寄せることはできるかもしれませんが、それは髪にダメージを与えるだけ。顔が皆違うように、髪にもそれぞれの資質というものがあるのです」
それからシレンティは私の髪を見て、自嘲気味に笑った。
「私も昔は、アエスタ様のようにふんわり柔らかな髪に憧れていたのです。理想と現実の落差に落ち込んで、どうしてこんな針金のような固い髪に生まれたんだと、衝動的に短く切り落としたこともありました。諦めて髪質に合ったケアをするようにはなりましたが……今でも、自分の髪は好きではありません。突き刺さりそうな剛毛で、驚かれたでしょう? あまりお見せしたくなくて、いつも結わえているのです。今回は致し方なく披露してしまいましたが、お目汚し失礼いたしました」
「そ、そんなことない、と思います、よ……?」
やっとベニーグが声を発した。
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