好きな相手のお部屋って、いろいろと妄想が捗りますわよね!

 笑顔になったベニーグはその後、私に特別なお仕事を与えてくれた。


 何と、モナルク様の私室のお掃除させていただけることになったの!


 モナルク様は本日、トイレの住人と化している。なのでしばらくはお部屋にお戻りにならないだろう。その間なら、私が掃除に入っても問題ないだろう、ということで提案してくれたのだ。

 ベニーグにしてはなかなか気の利いた心遣いである。


 モナルク様のお部屋は、三階だという。

 二階の執務室の隣の壁に隠し扉が仕込まれていて、そこから階段が続き、奥にお部屋があるのだ。

 何度も掃除をしていたけれど、三階があることも、隠し扉があることも初めて知ったわ。


 聞けばこの三階部分は、この家が建てられてからベニーグが密かに増築したらしい。モーリス邸の図面は、恐らく建設を命じた王宮に今も保管されている。そのためベニーグは、有事の際に主の身を守ることを考え、このような手間をかけたそうだ。あちら側の人間は、一切信用していないそうなので。


 そういった事情は置いておき、モナルク様のお部屋に初訪問よ!


 扉を開けて恐る恐る覗き込んですぐ、私はまず香りでやられた。

 とてもいい匂いが満ちている……モナルク様の体からふんわり漂う花の芳香が、胸いっぱいに広がる……ああ、これぞまさに桃色のお花畑!


 だが、脳内お花畑で一人崩れ落ちているわけにはいかない。這うようにしてそっと中に入り、私は室内を見渡してみた。

 作りこそ殺風景だけれど、とても広く、モナルク様の大きな体でも寛げるゆとりある空間。

 置いてあるものは少ない。ランプとドレッサー、クローゼットに本がどっさり乗った机にゆりかごみたいに大きな椅子、そして大きなベッドくらいだ。


 床に手を付いた状態だったため、あちこちにピンクの毛が落ちているのを発見した。よっしゃあ! と心の中で歓声を上げると、私は懐からモナ毛袋を取り出した。そして、ピンクの毛をわさわさもふもふと手で集め、袋に詰める。


 そう、これこそがこの部屋を訪れた最大の目的。

 最近めっきり減ったモナルク様の毛を、なるべくたくさん手に入れたかったのよ! お掃除ついでにお宝ゲットなのよ!


 床をそれこそ舐めるようにして移動していたら、やけにモナ毛が多い場所があった。おや? と顔を上げてみると、天窓から光を反射したドレッサーの鏡が目を射る。


 そっと立ち上がった私は、鏡の側に置かれていた物を見て声を上げそうになった。


 柄のない特徴的な形をした黒の樹脂材質のブラシ――これは間違いなく、私がモナルク様に手渡したものだ。手にとってみると、細かなブラシの隙間にピンクの毛がもっふりと付いている。


 使って、くださっていたんだ。

 だから屋敷内での抜け毛が、あんなに減ったんだ……。健康モフササイズだけのせいじゃなかったんだ……。


 爪の先でブラシに付着したモナ毛をこそげ取りながら、私は感激で目が熱くなるのを感じた。

 モナルク様、使ってくださったのね……気に入っているかまではわからないけれど、少なくとも私の言葉を信じて、チャレンジしてくださったのね……嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!


 感涙にむせび泣きながらブラシをすっかり綺麗にすると、私はモナ毛を拾いつつ、お部屋のお掃除に勤しんだ。きちんと清掃できていなかったら、ベニーグから出禁にされてしまう。


 ベニーグが出禁にしても、モナルク様がオッケーしてくだされば問題ないんですけれどね。


 お仕事の隙を見計らって『今から部屋に来いよ』なんてお誘いされちゃって?

 そこで私が焦りながら『えっでもまだ仕事がありますし……ベニーグに禁止されてますし……』とか何とか言ってあわあわしてみせて?

 さらにモナルク様が『ベニーグが何だというんだ、この家の主は誰だ? わかったら来いよ、早く』なんて強引にモフい手で私の腕を取って?

 私は頬を赤らめて『あっ、待ってください、まだ心の準備が』とか何とか言ってもったいぶって?

 そしたらモナルク様ったら『いいから来いよ、アエスタ。お前も本当はシタいんだろう? いいぜ……ブラッシング、させてやるよ』ってあのもっふりしたお口でむふふんな台詞を囁くのよ!!


 いやぁぁん! アエスタ、ついに乙女の殻を脱ぎ捨ててもふふんデビューしちゃうーー!!


 ゴロゴロ悶え転がって、はっと我に返った。


 私ってば、モナルク様の部屋で何て恥ずかしいことを考えているの……モナルク様の香りに包まれているせいで、理性の制御装置が緩んでしまったみたい。

 はぁ……私って、実はベニーグの言う通り、嫌らしいのかしら……。


 と、落ち込んでから気付いた。自分がどこで転げ回っていたのかを。


 飛び起きたが、もよんもよんと跳ね返され、またもよんもよんと倒れる。ベッドだ。モナルク様が、いつも、お休みになられているであろう、ベッド……。


 そうと理解した瞬間、理性は制御装置ごと吹っ飛んだ。ベッドに顔を寄せて、無心になってモナルク様が直に触れたシーツやら掛け布団やらをまさぐり倒す。


 あるわあるわ、モナ毛、モナ毛、モナ毛……! ああ、ここはモナ毛の宝庫じゃーー!!


 ふと見ると、自分の服にもピンクのふわふわ毛がたくさん付いていた。やだ、何だかモナルク様の毛を貼り付けたみたい……まるでモキュアに仲間入りした気分。


 ハダカケナシグマの気持ち、今なら少し理解できるかも……といっても、お父さんの髪を髭にしたことは許せないけど。付け髭ならともかく、自前の髭みたいな顔してたことは、今も思い出すだけで腸が煮え繰り返りそうになるけど。



「へくちん!」



 どふん!


 蘇る怒りに任せて、大きく息を吸い込んだせいで鼻にまでモナ毛が入り込んでしまったようだ。


 それにしてもくしゃみしただけなのに、随分と響いたわね……と思ったら、またどふんと重い音がした。どうやら階下からだ。


 しかもこれきりじゃない。

 どふん、どふん、どふん、どふんと断続的に続く音は、どんどん近付いてくる。


 こ、これは……もしかして……いや、もしかしなくても……。

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