悪女から強制的にジョブチェンジさせられたようだわ!?

「モナルク様にとってお花は、我々にとってのこってり肉料理のようなものなのですよ。そんなものを朝からたらふく食せば、胃腸が悲鳴を上げるのも無理はありません。それでなくてもお太り気味でいらっしゃるのですから、今後は余分なカロリーを摂取させないでいただきたい!」


「はい……以後気を付けます。もういたしません」



 例の温室にてベニーグに叱られた私は、しゅんとして素直に反省の弁を述べた。


 例えると、寝起きで脂滴る極厚ジューシーステーキを一気に五枚平らげたも同然だったのね……とても申し訳ないことをしたわ。


 モナルク様は洗濯する私をモフ覗きするどころか、ランチにも顔を出せる状態ではなく、現在も絶賛トイレに引きこもり中だという。お腹とお尻の安否が非常に心配される。


 私が一人寂しく畑のお手入れを終えるまで、ベニーグはそんなモナルク様のお側についていたらしい。

 ところが違うのよ、優しく介抱してあげてたんじゃないの。トイレのドアの向こうから、ずっとお小言を聞かせ続けていたんですって。


 モナルク様は、私達がパルウムに行っていた間にも花の爆食いをやらかしている。さすがに二回目は許せなかったとのことで、普段ならばお薬をお出ししてお休みになっていただくのだが、今回は罰として放置すると毛をいからせて言っていた。


 魔法でちゃちゃっと治してしまえば薬も何もいらないだろうと思ったけれども、余程の状況でない限り治癒に魔法は使わないらしい。むしろ、使えないんだそうだ。

 簡単に言うと、加減が難しいを通り越して不可能の域とのことで、その人それぞれの肉体の回復力にまで熟知していなければ『元の状態』に戻すことはできない。火傷を負った人で例えると、皮膚の表面だけが治って内側は爛れたままであったり、もっとひどいと治癒の力が強すぎて逆に肉体を破壊したり……なんて恐ろしいことになるのですって。そのため治癒魔法は、瀕死の重傷者の傷を和らげる際くらいにしか使用されないんだとか。


 そんなわけで、魔力が高いモナルク様であっても自力では腹痛を治せないのだ。

 モナルク様は悪くない、悪いのは私だから助けてあげてほしいと訴えたけれど、『あっさりと誘惑に負けるような精神はしっかりと叩き直すべき!』と突っぱねられてしまった。


 あっさりと誘惑に負けたお前が言うなと思わずにはいられないわ。

 大体今だって、偉そうな口を叩きながらシレンティに尻尾をブラッシングしてもらってるのよ? どれだけごもっともなことを抜かしたところで、蕩けたようなだらしない顔では説得力なさすぎるわよ。



「ところであなたに、お手紙が届いておりましたよ」


「手紙? ああ、そういえば私も書いて出したわ。そのお返事かしら?」



 数日前に、私はフォディーナ家に手紙を書き、それをベニーグに託した。


 モーリス領では、郵便物が配達されるのはパルウムのみ。それも市場に物を運ぶ業者がついでで持ってくるというだけだ。なのでモーリス邸への配達物は、ベニーグが作り上げた独自のルートで届けられる。王宮や政府から、重要書類が送られることも多いためだ。


 その独自のルートというのが、移動魔法。あちらとこちらに同じ魔法陣を敷き、その中を通ればホホイのホイで行き来できるんだって。便利すぎる!


 本当は向こうの奴らの顔を見ずに済む転移魔法にしたかったそうだけど、そうすると向こうもこちらも『何でも』送ることができるようになる。爆発物だろうが、攻撃魔法を施した物体だろうが、精鋭部隊の兵士だろうが、凶悪なモンスターだろうが、何でもだ。


 そこで双方話し合った結果、何の細工も施されていないことを互いに確認し合えるこの方法にしたらしい。いまだに、ベニーグも向こうの人々も互いを全く信用していないのだ。


 向こうの魔法陣は宮廷魔道士団の居住地内にある元ベニーグの部屋に、こちら側の魔法陣はモーリス邸の庭園内、何とこの温室の中にあるという。

 お願いして目隠しの鉢植えをどかせて見せてもらったところ、繊細な柄が淡く紫に発光していて、大変美しいものだった。


 ちなみにこの魔法陣を使った瞬間移動は、術者にしか効力が適用されない。そのため、向こうから誰かが勝手にやって来るということもなければ、こっそり私が遊びに行くために使うこともできない。自分の持ち物であるという証を刻む魔法を施さないと、荷物も弾かれてしまうそうな。


 魔法陣を使えば、簡単に行き来はできる。

 しかしベニーグは向こうの魔法陣がある場所から、さらにケントルのフォディーナ邸まで赴き、手紙を受け取ってきてくれたというわけだ。



「ありがとう、ベニーグ! すごく助かるわ!」



 宮廷魔道士団達の居住地は、王宮内にある。

 同じケントル内といっても王宮は中心部、フォディーナ邸は南側のギリギリ都内というところに位置するため、それなりの距離を移動しなくてはならない。なのでその労力をねぎらい、私はベニーグに心からの感謝を示した。


 受け取った手紙は、思ったより多かった。お父様だけでなく、お母様からのお手紙もある!


 ドキドキしながら開封してみると、



『アエスタにゃん、会えなくてちょぉ寂しい。毎日がつらたん。でも帰ってきたら、一緒に南の国に行こうね! アエスタにゃんに似合いそうな可愛い水着、毎日一着ずつ買ってるんだぁ。無駄遣いぢゃなぃもん、それだけが心の拠り所なの! アエスタにゃんと南の海で、仲良く泳ぎたいにゃんにゃん。アエスタにゃん、だぁい好き♡』



 ……ええと、酔っ払った状態でお書きになったのかしら? お母様、本当にこんな感じの人だったのね。これは確かに面倒臭いわ。


 フェルム様とルーペス様、二人の義兄上達の手紙もあった。どちらも書籍が入ってるのかと思ったほど分厚かった。そしてどちらも、一行目は『アエスタにゃん』だった。


 このあだ名、フォディーナ家で定着してるの? 一度も呼ばれたことないんですが?


 お義兄様達からのお手紙は、一枚目にさらりと目を通しただけで心が無になった。おうふ、これは重すぎる……時間ができたら、ゆっくり読ませていただくことにしましょう。


 お父様のお手紙は、『親愛なるアエスタ』と唯一まともな書き出しから始まっていた。


 良かった良かったと安心したのは最初だけで、数行読んだところで私は雄叫びを上げた。



「な、何、どうして、どういうこと!? 何がどうなってるのーー!?」



 慌ててシレンティがベニーグを放り出し、私の側に飛んでくる。



「どれどれ……いや、これはまさかまさかの事態ですね」



 隣で一緒に手紙を読むシレンティも驚き――はせず、ひどく冷静だった。



「ちょっとシレンティ、どうしてそんなに落ち着いていられるの!? もっと驚きなさいよ! まるで私が落ち着きのない暴れん坊みたいじゃない!」


「アエスタ様が落ち着きのない暴れん坊なのは間違っていないので、問題ありません」


「大いに問題ありよ! その落ち着きのない暴れん坊の私が、どうして今になって『聖女』と持て囃されているの!?」


「それについては、ちゃんと手紙の先をお読みになれば……」


「きゃおん!?」



 シレンティの説明を遮り、素っ頓狂な声を上げたのはベニーグだ。



「ちょちょちょ、どどど、ななな!?」



 私が『聖女』呼ばわりされてると聞いて、言葉も出ないくらい驚いたらしい。


 そうよ、普通はベニーグみたいにビックリするところなのよ。何となく腹立たしいけれど、これが普通なのよ!



「こ、このおバカが『聖女』!? それを言うなら『性女』の間違いでしょう! 隙あらばモナルク様を性的な目で見て、性的な言動をして、性的な行為に及ぼうとしているのですから!」


「失礼ね! 私は純な心でモナルク様を愛でているわ! バカと言う方がバカだと言うし、私を見てそんなことばかり考えるあなたの方こそ嫌らしいんじゃなくて!?」


「はあー!? 私は清廉潔白です! この十九年、汚らわしいことなど考えたこともございません! 身も心も清らかです!」


「ベニーグ、十九歳なの!? 意外……なようなそうでもないような? もっと上だと思っていたけれど、結構かなりとんでもなく幼稚だし……えっと、反応に困るわね!?」


「何ですか、その微妙極まりないリアクションは! 私はあなたと違って幼稚などではありませんよ! 思慮深い言動と行動を常に心がけております!」


「二人共、落ち着きなさいっ!!」



 シレンティの怒声が轟く。私とベニーグは、手を取り合って飛び上がった。

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