悪女と魔獣〜王子に婚約破棄されて愛くるしさが過ぎる人外辺境伯の婚約者候補になったけれど、笑えるくらい心を開いてくれないので、観察記録をつけて彼の好みを探ろうと思う〜
口笛顔からキス顔を連想した自分こそムッツリスケベなのでは……と不安になりましたわ!
口笛顔からキス顔を連想した自分こそムッツリスケベなのでは……と不安になりましたわ!
ここ最近になって、朝食はテラスでとるようになった。
春の訪れが国内で最も遅いモーリス領も、段々と春めいた暖かさに満ちてきたからだ。私がここに来たばかりの頃はまだ肌寒くて、日中も羽織物が欠かせなかったというのに――時が過ぎるのは本当に早い。
期限まで残すところ、あと半月。しかし今は流れる時間を憂いている暇すら惜しいのだ。
ピンクの肉球が、青い花びらを器用に千切る。もっふりしたお口が、それを食む度にむふむふ動く。潤みを帯びて煌めくつぶらな瞳は、花弁を飲み込む度にふさふさの瞼に塞がれ、モフモフの大きなお顔にうっとりと柔らかな線を左右に二つ描く。
一言で形容するなら可愛い、二言で形容するなら可愛い可愛い、三言なら可愛い可愛い可愛い……もう可愛いとしか表現できない。
いつもはこの長テーブルの端と端で食事していたけれど、今はお隣で真近で至近距離でモナルク様が美味しそうにはむはむする美味しいお顔を見られる。
幸せすぎる……このまま時よ止まれと念じてしまうくらい幸せ!
用意した八本のヤハリソーカーネーションの花を食べ尽くすと、モナルク様はむふぅ〜んとこれまた可愛らしい吐息を零した。良かった、気に入っていただけたみたい。
安心して気が抜けたせいだろう、今度は私のお腹が鳴った。
ゴゥン……ゴゥゥゥン……と、低く重く轟くその音色は、世界の終焉を告げる終末の鐘を思わせた。
バカバカ、私のお腹のバカ!
お花を取りに行くために朝食を早めに切り上げたからって、こんな時に鳴らなくていいじゃない! ベニーグよりも空気が読めてないじゃないの! 鳴るにしても、少しはモナルク様の可愛さを見習ったらどうなのよ!?
「む……むきゅ」
するとモナルク様は、茎だけになったヤハリソーカーネーションをそっと差し出してきた。
も、もしやお腹を空かせている私を心配して、おすそ分けしてくださった……?
んもうんもう、んもふうんもふう、どこまでお優し可愛い方なの!
「あ、ありがとうございもふ!」
遠慮なく、私はその申し出に甘えた。
だって、モナルク様とはんぶんこできるのよ? モナルク様の触れたものを口にできるのよ? つまりはモナルク様と一心同体になれるのよ? 断る理由などあろうか!
笑顔で受け取って、私は茎を一口噛んだ。が、途端に浮かれ気分は吹っ飛んだ。
にっっっが! おえっぐえっげおっがはっ、待って待って、ちょっとこれ苦すぎません!?
とんでもない苦味の攻撃を受けて泣きそうな顔を向けると、モナルク様はさっと目を逸らした。ついでに白々しく、きゅぴぽぺぷ〜んと口笛まで吹いてみせた。
さてはモナルク様、知ってて寄越したわね!? この部分は食べたくないからって、親切を装って押し付けたわね!?
それでも、怒る気になんてならなかった。装いでも親切は親切、モナルク様が初めて私にプレゼントしてくださったのだもの!
あと口笛の音色も口笛を吹くお顔も可愛い! むにゅっと尖らせたお口の形……キス顔を連想してしまったじゃない! 苦味を耐えて有り余るほどのご褒美よ!
口の中が痺れて麻痺するほど苦いヤハリソーカーネーションの茎を食べ尽くした私を、モナルク様は『うわ、全部食べたの……信じられない』とでも言いたげな目で見ていた。
そんなお顔も可愛いから、可愛さ余って可愛さ百倍千倍万倍億倍だもの。本当にズルいお方だわ。
「ところでモナルク様、私はここに婚約者候補として来て、もう半月になりもふ。なのに私達、全然会話できていもふんよね? これではお互いのことを知ることができもふんわ」
「ん、んきゅ……」
話を振るとモナルク様、バツが悪そうに目を逸らす。これまた可愛い仕草だけれど、こればかりは可愛さに負けて許すわけにはいきませんのよ!
「ですので、今日はお話ししましょう! モナルク様はお話するのは苦手でいらっしゃるようですが、書くことでなら自分のお言葉を伝えられるのですよね? 今どう思っていらっしゃるのか、何をお考えになっているのか、どうかお気持ちをお聞かせください!」
そこで私は、ドレスの腹部にいつも仕込んでいるモナルク様観察ノート……違う、これじゃない! ……とは別に用意した真新しいノートとペンを差し出した。
慌てて取り違えかけたけどモナルク様、気付いていらっしゃらないわよね? 表紙に埋め尽くさんばかりにハートのマークを書いてるから、見られたら恥ずかしくて死んでしまうわ。
テーブルにノートとペンを置くと、モナルク様は躊躇いもせず、それにモフい手を伸ばした。むしろ、待ってました! と言わんばかりだった。そして慌ただしく開いたノートの紙面にペン先を勢い良く走らせる。
や、やだ……もしかしてモナルク様も、ずっと私とお話をしたいと思っていらっしゃったの?
だったら言ってくださいよう! あ、そうだ、言えないんだった……なら書いてくださいよう! あ、そうだ、書くものを用意してなかったんだ……ああ、もっと早くベニーグから聞いておくんだったわ! あのバカワンコ、やはり許すまじ!
感激と後悔と憤怒の狭間で揺れたのは、ほんの僅かな時間だった。モナルク様がすぐにノートをテーブルに置いたからだ。
胸を期待にモフモフさせてノートを手に取ると――――そこには、匂い立つほど精密に描写された巻き巻きウン○チが鎮座していた。
「うん、この絵……」
「うんちゅ! んみゅうきゅるー!」
私の声に被せて大きく叫ぶや、モナルク様はダッシュでテラスから飛び出して行った。
で、察した。
あっ……今のお気持ちというのが、まさにこれしか考えられない状態でしたのね。ええ、お花は夜のみという食生活でしたのに、モリモリモフモフとお召し上がりになりましたものね。胃腸がビックリなさるのも無理はありませんわよね……。
ふぅ、と溜息をついて、私は観察ノートを取り出して開き、そこに新たな発見を書き込んだ。モナルク様は絵がとてもお上手、と。
しばらく待ってみたものの、モナルク様はそのまま戻って来なかった。後でベニーグに聞いたところ、盛大にお腹を壊してしまったらしい。本当にごめんなさい……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます