恋する乙女は目的のためには手段を選ばないのよ!

「モーナールークーさーまー!」



 恒例のお散歩タイムが終わって、ちょうど屋敷に戻ろうとするモナルク様を遠目に発見した私は、大声で名を呼びながら森から駆け寄った。ふう、ギリギリで間に合ったわ!



「おはようございもふ! 今日もゴキゲン可愛くて、私も幸せでありもふわ! モナルク様はこの後、朝食をお召し上がりになるのもふよね? ということは今、お腹が空いていらっしゃいもふよね? でしたらぁ〜……い・い・も・の・が・あ・る・ん・も・ふ・よ〜」



 探してきたばかりのそれをすっと目の前に差し出せば、モナルク様の巨体がもよよんと揺らぐ。


 モフフフフ……驚かれるのも無理はないわ。

 ヤハリソーカーネーションはそれほど珍しい花ではないし、庭園にも赤や白やピンクは庭園にあったけれど、稀少カラーの青は滅多にお目にかかれるものではないもの!


 実は私、空き時間にちょこちょこ森を散策して、モナルク様のためにお花を探していたのよね。ええ、モナルク様がお花好きと知ってから、さらに観察を重ねてお好みを探り、書庫から図鑑を借りて庭園にある花もチェックしつつ、傾向と対策を練って密かに行動してたというわけ。観察やっぱり大事。

 このお花も森で発見して、モナルク様へのプレゼント用の候補にしていた内の一つ。見付けたのは少し前だけど、ここぞという場面で使おうと取っておいたのよ。でも出し惜しみしていては、花もチャンスも枯れてしまうわ!


 青いヤハリソーカーネーションの花束に、モナルク様はほわぁ〜っとつぶらな黒いおめめを煌めかせた。ゆっくりと、だが確実にもっふりとした口角が上がっていく。

 今にもヨダレを垂らさんばかりに花を見つめながら、ゆっくりとピンクのモフモフしたお体をこちらに寄せ始め――。



「ふ、ふん!」



 しかし、お花に触れる寸前でぷいとそっぽをお向きになられた。


 くっ……やはり手強いわね。さすがモナルク様、柔らかそうなモフモフの内側に強靭なる精神を秘めているお方ですわ! そういうところも素敵ですわ! 惚れ直しますわ! 好き好き大好きですわ!


 でも恋に目覚めた乙女だって、ここでショボンとして引くほどか弱くはないのよ?



「あら、お気に召しもふんでしたか……残念ですわ。でしたらこれは、さっさと押し花にするしかありもふんわね」


「むきゅ!?」



 モナルク様がビビッと毛を立たせて慌ててこちらを向く。

 わかりやすいくらいにアセアセモフモフして……はい、可愛い。知ってた知ってた。



「失礼。モナルク様には、私の作った健康的な朝食をお召し上がりいただきますので、そちらはどうぞ引っ込めるかすっ込めるかすっ飛ばすかしてください」



 そこへ、ベニーグが割り込んでくる。


 こいつ……昨日、私に協力するって言ったこと、もう忘れたの? 空気を読んで、二人きりにしなさいよ!



「シレンティ、あれを」

「はっ」



 思うが早いか、私は背後にいたシレンティに短く命じた。

 するとシレンティが、エプロンの腰に携帯していた剣を取り出す。



「な……シレンティ、あなた何を」



 主のいる場で武器を手にした彼女を見て、ベニーグの声と表情が狼狽に揺れる。


 シレンティは元騎士、私の護衛のために付いてきたのだから武器を所持していてもおかしくはない。その点については知っていただろうし、理解も示していただろうが、まさか自分に向けられるとは思いもしなかったようだ。

 それだけ私と彼女を信頼していた……と考えると、少し可哀想にはなるけれども。


 しかし、だからといって邪魔する者は許さない。悪いけれど、排除させていただくわ!



「ベニーグ様、覚悟!」



 そう告げ様、シレンティは剣を鋭く振り抜いた――――私が放った、ゴムボール目掛けて。


 パルウムの市場で見掛けて、対ベニーグ用に役立ちそうだと思ってこっそりいくつか購入したのだ。



「きっ……きゃわーーーーん!!」



 ただ投げるだけでなく、打つことによって格段にスピードが増した獲物には、いくら主の前とてベニーグも堪らなかったようだ。四つ足になって、猛ダッシュでボールに向かって駆けていった。


 彼の姿が森に消えると、私はシレンティを振り向いた。



「シレンティはここで、ベニーグが戻るのを待っていてあげて」


「ええ、もちろんです。たくさんナデナデしていいこいいこして差し上げます。ご褒美のカリカリも持ってきておりますので」



 シレンティは私にお手製の巾着袋を見せ、大きく頷いた。黒の布地には『ベニーグ様専用』と金の糸で刺繍されている。私とのお裁縫の時間に、さらっと仕上げていたものだ。本当にさらっとね……どうしてあんなにさらっとできるのか、いまだに数針で心折れる私には不思議で仕方ないわ。


 それは今はさておき。



「ということでモナルク様」

「むぎゃ!?」



 走り去るベニーグを見つめたまま、ぽかーんと半開きにしていたモナルク様が飛び上がる。



「うきゅ……むきゅぅぅ……」



 飛び上がったついでに、舌を噛んでしまったらしい。蹲って口を押さえて、呻いていらっしゃる。とても可哀想。なのに、こんなお姿も可愛い。可愛いと可哀想の狭間で、心が引き裂かれそうでつらい。



「ベニーグは朝食を用意するどころではなくなったようですし、よろしければこちらのお花を召し上がりもふんか? そうだわ、それがいいわ、それしかないわ、そうしましょうそうしましょう」



 私の提案に、モナルク様は困ったように眉を寄せた。が、次の瞬間、きゅるるん、とお腹が鳴る。


 待って、可愛いとお腹の音まで可愛くなるの……!? 内臓まで可愛いというの……!?


 地面に倒れて悶え転がりたくなる衝動をおさえ、私はきゅるるきゅるんきゅるるんとお腹を鳴らし続けるモナルク様をテラスへと導いた。


 ふう、何とか押し寄せる可愛さに流されて溺れ死なずにモナルク様と二人きりになるというミッションを成功させられたわ……。


 しかし、肝心なのはここからよ!

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