我こそは肩が強い系令嬢なのですわ!

 私もシレンティも涙が止まったところで、今日は解散となった。


 温室を出ると、外は既に夕暮れが空を赤紫に染めていた。日が落ちると、やはり肌寒くなる。季節は春といっても、シニストラ国最北端のモーリス領ではまだまだ夜は冷えるようだ。



「あ、そうだわ!」



 と、ここで、私は慌てて立ち止まった。すると背後を歩いていたベニーグが、私に激突する。その後ろを歩いていたシレンティが、ベニーグに激突する。見事な玉突き事故の完成である。



「先頭を行くなら、ちゃんと歩きなさい! いきなり止まらないでいただきたい! 顎が砕けるかと! 背骨が折れるかと!」



 私もあなたの顎で後頭部を抉られたんですけれどね……。


 シレンティはベニーグの背中に全力でぶち当たったようで、蹲って顔を押さえ――るフリをして、痛みにふるふる震えるベニーグの尻尾を至近距離で凝視していた。


 こういう玉突き事故では、間に挟まれた者が一番被害が大きいものなのだ。いろんな意味で。



「ベニーグ、まだ質問は受け付けている!?」


「今ので打ち切りたくなりましたが、仕方ないので受け付けます」



 嫌味に返されたが、構わず私は尋ねた。



「モナルク様が人間嫌いな理由はわかったわ。救ってほしいとあなたは言ったけれど、どうやって救えばいいの? 一番近道な方法は?」


「今ほどあなたを噛み千切りたいと思ったことはありませんよ……」



 ベニーグが低く唸る。



「方法がわかっていたら、私がとっくにモナルク様をお救いしております! おバカなあなたなんかに託しません! 少しは自分で考えなさいっ!」



 と言われましても!



「だ、だって私はあなたと違って、モナルク様とお話することすらできないのよ? さっきもあなたはモナルク様のお話をしてくれたじゃない? モナルク様目線でしか語ることのできない状況も多かったわよね? つまりモナルク様ご本人から聞いたということよね?」


「もちろんです。捏造などではありません。嘘だと思うなら、モナルク様ご本人に聞いてみてください」


「それができないから困っているんじゃない!」



 いきなり怒鳴られたものだから、ベニーグは少し狼狽えたようだ。そんな彼にずいと迫り、私はここぞとばかりに攻め立てた。



「あなたはモナルク様と意思疎通する手段を持っているけれど、私にはそれがないの! こちらから伝えるばかりで、モナルク様のお気持ちを受け取ることができないの! こんな一方通行のコミュニケーションじゃ、救えるものも救えないわ!」



 するとベニーグは、頭の上の耳をカリカリ指で掻きながら面倒臭そうに答えた。



「ああ、そのことですか。簡単ですよ。書いていただけばいいだけです」


「は?」



 気の抜けた声が出る。



「モナルク様は言語を発するのは難しいですけれど、文章はお得意なので、筆談でお話しております」


「モナルク様、文章を書けるの!? そんなの聞いてない!」


「そうでしょうね。教えてませんから」



 ベニーグはしれっと答えた。


 どうしよう、この上なく腹が立ってきたわ。こんの、性悪意地悪根性悪男め……!



「毛質だけじゃなくて、性格もモナルク様を見習って少しは可愛くなってみせなさいよ! このバカワンコーー!!」



 怒りに任せて叫びながら、私は懐から取り出したシレンティ作のブーメランを全力で森に向かって投げた。



「わおーーーーん!」



 庭園を囲む生垣を飛び越え、ベニーグが追いかけていく。



「……アエスタ様、すごいですね。同じものをお作りしたはずなのに、とんでもない飛距離です。あっという間に見えなくなってしまいました。肩がお強いのでしょうか?」


「そうね。狩りでは弓矢と投槍をメインに使っていたから、肩に関してはそこらの令嬢より強いと思うわ。さ、行きましょう」


「ああ、投槍で鍛えたなら納得の投擲です。ベニーグ様がお戻りになるのを待たなくていいんですか?」


「いいのよ。取ってこいとは言ってないもの」



 冷ややかに答えて、私は来た時と同じように門から庭園を出た。



 その日はそれからずっと部屋に引きこもり、夕食もモナルク様とはご一緒にとらなかった。


 泣きすぎたせいで目は腫れて開かないくらいだったし、鼻をかみすぎて鼻周りから唇まで皮が剥けて、とても見せられる顔じゃなかった……というのもある。

 けれどそれ以上に、申し訳なさとやるせなさといたたまれなさで、モナルク様のお姿を目にしたらまた号泣してしまいそうで。私が泣いたって、何も変わりはしないのに。過ぎた時間も、失ったモナルク様の家族達も帰ってきはしないのに。

 それでもモナルク様はお優しいから、私が泣いたら理由がわからなくても、嫌いな人間であろうとも、オロオロモフモフしそうで。そんなモナルク様を見たら、さらに泣くのループになりそうで。


 結局その夜は、シレンティと二人、思い出し泣きをしては慰め合い、慰めては思い出し泣きをし合ってを繰り返して過ごした。




■アエスタによるモナルク様観察記録■


・モナルク様の健康エクササイズ、超絶可愛い。延々どころか永遠に見てられる。あのボウ・アンド・スクレープにカーテシーでお応えして、いつか一緒に踊りたい!

・モナルク様が私の野菜を食べてくれた! 私がお手入れしてることはご存知のはず……つまり食物に触れることはお許しくださってる? 美味しければよかろうなのだ精神かもしれないけど嬉しい!

・モナルク様のテヘッはダメだ、可愛さに殺される。今回は鼻血と魂が半分抜ける程度の致命傷だったが、次回は命の保証ができない。

・モナルク様の過去と人間嫌いな理由を知った。死にたいと思ったことはないけれど、今日ばかりは人間をやめたくなった。被り物でもしてみようか?

・ベニーグ曰く、私のことを気にかけてくださっているとのこと。だけど、信じていいのかわからない。実感がないから? モナルク様はとてもお優しい方だし……悩む。

・文章でならお話できるんですって! 早く教えやがれ。バカワンコベニーグ……恨む。




□シレンティ用ベニーグ情報□


・ベニーグの過去とモナルク様の執事となった経緯を知った。あれほどまでに性格が歪んで捻じれて破れ綻びるのも仕方ないと思った。それでもいちいち言動行動が腹立つ。これも仕方ない。

・夕食は、私だけパン抜きにした。投げっぱなしブーメランのせいのようだ。取ってこいなんて言ってないのに。勝手に行っただけじゃない。やっぱり性格悪い。



[シレンティからの追加情報]


・私が鼻血ブー昇天した時はモナルク様も驚いて、ひっくり返ったらしい。今回はでんぐり返って、お股の間から顔を覗かせる愉快可愛い格好になってたそうだ。あの時抜けかけた私の魂、どこに行ってたの! ちゃんとその場に留まっていなさいよ! ものすごく見たかった……。

・私を庭園に案内するよう言い渡したベニーグ、今にも死にそうな顔をしていたとか。あの話を聞かせるのは、ベニーグにとっても勇気が要ることだったみたい。シレンティがナデナデいいこいいこして、落ち着かせたらしい。

・私が怒鳴られた瞬間、尻尾の毛がビビッと跳ねたんだって。ふっ、意外とビビりね!

・私を部屋に送り届けた後、心配になってまた庭園に戻ったら、ベニーグはブーメランをくわえたまま健気に待機していたそうだ。それを聞いて少し申し訳なくなった。パン抜きの件は許そう。

・ナデナデいいこいいこしたら、キュンキュン鳴いて可愛かったんだって。私も行けばよかった。キュンキュンベニーグ、少しだけ見たかった。

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