あなたのモフモフを構成する一毛に、私はなりたい。

 モナルク様とは昼食と夕食をご一緒させていただいているが、朝食は別だ。

 というのも、モナルク様はお寝坊なさることが多くて、私達よりちょっと遅い時間に食べているらしい。そのため、昼食は軽めにお野菜中心のメニューにしているのだとか。


 お散歩の時間だけはベニーグが厳守させていて、直前に起きて、目覚まし代わりに歩いた後に朝食をとる……というのが毎日の習慣になっているそうだ。


 なのに、ですよ?


 朝食前の隙間時間を利用し、シレンティが私の分のブーメランを作ってくれている間、せっかくだから洗濯物の仕分けでもしておこうと勝手口に向かったら、いつもそこに置いてあるはずの洗濯カゴがなかった。おまけに、勝手口の扉が開いている。


 足音と気配を殺し、そっと扉を盾に外を覗いた私は――とんでもない光景に遭遇した。



「ふんふんふ〜ん。ふんふふふ〜ぅん」



 大きなピンクが、もっふんもっふんと揺れている。



「ふふんふふ〜ん。ふっふんふ〜ぅん」



 大きなお尻と小さな尻尾に合わせて、白い物が遅れて揺れる。あれは恐らくシーツだ。


 モナルク様が。

 シーツを両手に持って。

 鼻歌を歌いながら、踊っている。


 そこで私の中にあった小さな疑問が解けた。


 そうよ、そうだわ……最近何故か、洗濯物に付着するモナ毛が少ないと思っていたのよ!


 犯人はモナルク様だったのね!? 毎日こうしてこっそり洗濯物をモフリモフリして、毛を落としていたのね!?



「ふふふん、ふふふん、ふふふんふん」



 モナルク様は、楽しげに横揺れしている。



「んっふふ、ふふんっふ、ふんふふん」



 くるっとターンまでして。目を閉じてうっとりもっふり口元を緩めて。



「うふんふん、ふふんうふん、うふんうふんうふん〜……ぽぅっ!」



 挙げ句に、右手を胸元に、左腕は横に広げて足をクロスさせ、ボウ・アンド・スクレープまで決めた。



「うきゃん!」



 が、足が短くて引っかかって、もっふんと転んだ。


 ――――よく、声を出さなかったと自分で自分を褒めたい。


 何なの、このお方は!

 可愛いの!? 可愛すぎるの!? 可愛すぎすぎじゃないの!? 可愛いすぎすぎすぎすぎすぎにも程があるんじゃないの!?

 常に注意報を出すべきだし、今に至っては警報が鳴らないのが不思議で仕方ないんですけれど!?


 いつまでも眺めていたくて名残惜しくて名残惜しくて心が引き裂かれそうだったけれど、モナルク様が洗濯カゴを置きにお戻りになられる前に、私はその場から退散した。

 私に見られたと知ったら、もうこの可愛すぎ警報がふんふんうふんうふん鳴り止まないような行為をしてくださらなくなるだろうと思ったので。


 心臓が、ドキドキする。痛いくらい、鼓動が高鳴って止まらない。


 歌って踊るモナルク様が可愛すぎたから?

 それはある。大いにある。でもそれだけじゃなくて。


 モナルク様のこの行動は、きっと健康維持かストレス発散目的。歌って踊って楽しくエクササイズしたかっただけ。洗濯物を振れば腕の運動も兼ねられるし、舞台装置としても映えると思っただけ。


 そう言い聞かせても――もしかしたら、モナルク様がわざわざ早起きしてこんなに可愛いことをしてくださっているのは、洗濯物から汚れを落として洗いやすくするためでは?

 つまり、毎日の洗濯を担当する私のためなのではないか――という期待が湧き上がってしまう。


 ああっもう! そんな僅かな期待だけで、こんなにも嬉しい思いでいっぱいになるなんて! 何てズル可愛いお方なの!


 おかげで今日の朝食は、二回くらいしかおかわりできなさそうだわ!!




 昼食までの間の清掃でも、私は収穫物の減少に気付いた。


 明らかに、モナルク様の抜け毛の量が減っている。

 どこもかしこもフサフサだからハゲたというわけではなさそうだし、毎朝の健康エクササイズの効果……? お肌の調子が上がって毛穴が引き締まり、毛が抜けにくくなった、とでもいうのだろうか?


 だとしたら、あの可愛くて可愛すぎて可愛さ大爆発のシンギングダンシングエクササイズに喜んでばかりはいられないわ。モナルク様の毛を詰めて、モナルク様の毛を貼り付けて作ろうと思った特製のモナルク様人形が完成させられなくなるもの。


 私に与えられた期間は一ヶ月。もう半分近くを過ぎたというのに、このペースではとても間に合わない。

 間に合わないのは、いつまでたっても上がらない私の裁縫の腕のせいもあるかもしれけれど……いまだに糸通しで一時間かかるし、基本の縫い方もできてないし……一針一魂のせいで五針も縫うと力尽き果てるし……。


 それでも、素材が揃わなければたとえ裁縫マスターになれたとしても作りたいものが作れないわ!

 かといって、モナルク様にはあの可愛くて行為をやめてほしくないわ!

 むしろもっとやってほしいし、いっそステージを作るからリサイタルを開催してほしいわ!


 あぁ〜……こんなに悩むことになるなんて。それもこれも、モナルク様が可愛すぎるせいよ。本当に罪深いまでに可愛らしいお方……。




 本日の昼食も、モナルク様はモリモリ食べていた。


 もちろん可愛い。

 むぐむぐとお口をしっかり動かして噛む顔も、ちむちむと肉球を操ってスプーンを器用に使う姿も、可愛い以外に形容しようがないし、可愛いにも種類は多々あれどあの方の可愛いは突出しているし、何なら今後可愛いという言葉はあの方にしか使ってはいけない法を制定すべきだ思う。そのくらい可愛い。


 しかし今日のランチをお召し上がりになる姿には、一味違った感慨があった。


 モナルク様にも提供されている具沢山スープ……実は私がお手入れして収穫したお野菜が入っているのよ!


 畑に成っていたキャベシにオニオソにスニャップエンドゥー。そして森で掘ってきたタケヌコをアク抜きして、ベニーグにお願いして調理してもらったの。

 ベニーグはタケヌコを食材として扱うのは初めてだったそうだけれど、味見してモナルク様にお出ししても問題ないと判断してくれた。

 細かく切ってスープの食感のアクセントにするなんて、なかなか小洒落たことするわね。丸かじりしかしたことなかったけれど、これはこれでいけるわ!


 モナルク様、私の作った(野菜が入っている)スープを美味しそうにむしゃもふしてくださっている。モフ頬をモフモフ綻ばせて……あ、またおかわりしてくれた!


 私の手が触れた食材が、どんどんモナルク様の中に吸い込まれていく。


 もしかしたら、私の細胞がひっそりほんのり付着しているかもしれない。それがモナルク様の栄養となりエネルギーとなり、いつか毛となりモフモフの一部となり、そしてずっとおそばでモナルク様を見守り続け、温もりを直に感じ続け、抜け落ちるその瞬間まで触れ合い続け……。



「アエスタ様!? 鼻血が出ておりますよ!?」



 シレンティの焦った声で、私は我に返った。



「もふっ!?」



 奇声を発して鼻に触れてみると、掌に赤い血の花が咲いていた。

 慌てて側にやってきたシレンティは手早くハンカチで私の鼻を押さえ手も拭いてくれ、心配そうな目を向けた。



「大丈夫ですか? もしや、お食事の量が足りなくて、栄養が行き届かなかったのでしょうか? 珍しく今朝は三回しかおかわりをなさらなかったですし、今もモーリス様のご様子をじっと窺って、隙あらばお食事を横取りせんと狙っていたようですし……仕方ありません、私の分をお持ちします」


「シレンティ、ちがう」


「ああ、ではモーリス様の裸体を思い出してしまったのですね。殿方の入浴場面に遭遇するなんて、とても強烈な経験に違いありませんから。あの日のアエスタ様、壊れたようにずっとモーリス様の裸体の素晴らしさについて語り続けておりましたものね?」


「シレンティ、やめて」


「だったらお食事にモーリス様の毛が混入していて、それを飲み込んであの方の一部になる想像でもなさってしまったのですか? アエスタ様はそういった空想に耽るのがお得意で、昨日も『もしモーリス様のお部屋の天井に生まれ変わったら』というお題を設けて、一人で三時間も喋っていらっしゃって」


「シレンティ、黙ろう!? 黙りましょう!? お願いだから、お黙りいただけませんかしら!?」



 最後のは当たらずも遠からずで、私は激しく狼狽しながら懸命に訴えた。

 本当は口を手で塞いででも止めたかったのだが、鼻をハンカチで押さえられたままだから身動きできなかったのだ。



「アーエースーターさーまー……?」



 冷気を帯びた声と共に、背後に殺気が忍び寄る。


 鼻を押さえられたままなので振り向けないけれども、誰がどんな表情で立っているのか、それはもうわかりすぎるほど、いっそわかりたくないほどにわかった。



「あっ……ベニーグ。いえ、違うのですわよ? 私が鼻血を出したのは、いかがわしいことを考えたせいではなくて、ただその……」



 そうだ、モナルク様は!?

 ベニーグなんかより、モナルク様よ!

 シレンティの言葉を聞いて、私に引いていないわよね!?


 背後に迫る死の影など構っていられず、私は慌ててモナルク様の方を見た。


 するとモナルク様、モフモフなる両のおててでスープボウルを持ち上げ、んっんっと飲んでいらっしゃった。どうやらこうしてスープを飲むのに夢中で、シレンティの勘違い暴走による暴露話を聞くどころか、私が鼻血を出したところすら見ていなかったらしい。


 私が見守る中、モナルク様は中身を全部飲み切ったところでボウルを顔から離した。そして、ふわぁ〜っと吐息を吐き、満足げに目を閉じて口元をふっくら笑みの形に上げる。



「コラッ、モナルク様! 私が見ていない間に、またそんなお下品な食べ方をして! スプーンで掬いなさいと、何度言ったらわかるのですか!」



 おかげでベニーグの注意も私から逸れた。


 モナルク様はベニーグに叱られると少し肩を竦めて、きゅるんと片目を閉じ、もふんっと自分のおでこを片手で軽く叩き、薄ピンクの小さな舌をチロッと見せた。


 このポーズは――――無理だった。


 ブーーーー!!

 ハンカチを跳ね飛ばし、勢い良く鼻血が噴出する。そのまま私は、ここに来て以来二度目となる昇天を果たした。


 いやいや……テヘッはダメでしょ、テヘッは……。破壊力高すぎますわよ……。

 で、でも大丈夫……こんなのただの致命傷ですわ……。

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