可愛い特典が豪華すぎて、昇天カワイイMIX盛り状態ですわ!

 到着したのは、木々が拓けた先に切り立つ崖だった。ウォッチングに夢中で気付かなかったけれど、緩やかな上り坂を進み続けていたらしい。

 眼前には青空、崖を覗き込んでみれば遥か下に岩盤を荒々しく打っては返す水飛沫と青く揺れる水面が広がっている――海だ、海よ!

 絵本の挿絵で見たり、お母さんから話で聞いていたりはしたけれど、私が海を実際にこの目で見るのは生まれて初めて。


 人生初の海は、想像と違って人を拒むように厳しく近寄り難い印象で、しかし想像と同じで雄大で美しかった。



「モナルク様、どうやら何者かによって破られたわけではなく、魔力がうまく行き届かなかっただけのようです」


「むー……」


「モナルク様のせいではありませんよ。この頃は何かと騒がしかったですし、お疲れになっていたのでしょう」


「む……んむぅ……」


「ええ、多少心が揺らいだだけです。その程度の乱れでしたら、すぐに修正できますとも」



 ベニーグとモナルク様は空を仰ぎながら一点を指差し、話し合いをしていた。



「どうか無理なさらず、しばらくは私が補助を」

「むきゅ!」



 ベニーグの言葉を拒絶するように、モナルク様は彼から顔を背けた。すると、その視線の先にいた私と目が合う。


 モナルク様は何か言いたげに私をじっと見た。

 それはどこか苦しげで、どこか悲しそうで、家を出る前に見せたベニーグの表情にどことなく似通っていて――。



「ふん!」



 が、すぐに私からもそっぽを向いて、ぎゅっと目を閉じた。ついでに体もぎゅっと縮んだ。……ように見えたのは、思い切り屈んだせいらしい。


 そうそう、モフ毛で嵩張っているだけで、意外と体は小さいのよね……なんて濡れミニ可愛いモナルク様を思い出しニヤつきかけた私は、次の瞬間、度肝を抜かされることになった。


 モナルク様が、飛んでいる。


 飛び上がるとか、飛び跳ねるとかではなく、浮かび上がっている。ふよふよと、ゆっくりと、でも確実に上昇していく。


 ぺててててて、と聞き慣れない音が響く。

 目を凝らして、その正体がわかるや、私は膝から崩れ落ちた。


 モナルク様の背中から、ちっちゃな翼が生えている。普段は背モフ毛に埋もれているんだろう、ピンクの毛に包まれたそれはモナルク様の左右の肩甲骨辺りからちょこっと顔を出し、小刻みに振動していた。


 待って……待って待って待って待って。

 隠し翼? 何それ、反則じゃない? 可愛いに基本もルールもないとはわかっているけれど、それにしたってズルすぎません!?


 可愛い姿に可愛い尻尾、可愛い本体サイズに可愛い肉球、さらには可愛い翼まで搭載って…………ここまで可愛いを盛られたら、腰どころか魂まで抜けるでしょうが!!


 腰が砕けて地べたにへたり込む私に、モナルク様が見下ろす形で視線を向ける。

 けれどすぐに顔を上げ、ぐっとつぶらな目を閉じた。そして両腕両足を抱え込むように身を縮める。


 すると、モナルク様の全身がじわじわと光り始めた。柔らかな光は徐々に強さを増していき、ついにモナルク様のモフ毛の輪郭すら覆い隠すほど眩くなっていって――。



「むんきゅっ!」



 甲高い雄叫びが轟く。


 瞳を瞠れば、空中にピンクゴールドの太陽。否、モナルク様だ。

 閉じていた目と共に、両手両足を大の字に開いたモナルク様の全身は、キラキラを突き抜けてピカーンと閃光じみた強烈な輝きを放っていた。


 輝きは、空の一角に渦を巻いて流れていく。ピンクゴールドの光の束のおかげで、今は私にもそこに透明なひび割れがあるのを目視できた。


 いやもう……本当にどうしたらいいの、これ。


 ついに光っちゃったわよ……ただでさえ神々しい可愛さだったのに、ここまできたら神を超えたに違いないわよ……未知なる可愛い領域に突入しちゃったわよ……。


 あと足の裏……初めて見えたけど、こっちも肉球……もっちもちのピンクの肉球だ……。



「…………やはり、恐ろしいですよね」



 呆然としている私に、ベニーグが静かに語りかけてくる。

 その声はこれまでのような侮蔑以上に、寂しげな諦めの音色が感じられた。



「このように、モナルク様は強大な魔力をお持ちなのです。宮廷魔道士だった私などよりも強く、大きなお力をね」



 魔法障壁を担っているのは、てっきりベニーグだと思っていた。けれどどうやらそれは間違いで、モナルク様が自らこの地をお守りになっているらしい。


 それはわかった。でも今は、そんなことよりも。


 ベニーグはさらに言葉を続けた。



「ええ、わかります。あなた達人間は、いつも我々のような存在を恐れる。恐れ忌避し、逃げ出すか遠ざけるか……もしくは、封じ込めようとする。我々はずっとそういった扱いを受け続けてきました。もう慣れております。ですからあなたも、ここで諦めて」


「…………ああもうっ、ゴチャゴチャうるっさいわね! 私は今、ゴールデン・モナルク様を拝観するのに忙しいのよ! いっつもいっつも邪魔ばかりして、魔力が何だっていうのよ!? そんなもん知ったこっちゃないわ! 魔力があろうとなかろうと、モナルク様は可愛いのよ! 可愛いこそが正義であり、大いなる力なの! わかった!? わかったら黙ってすっ込んでなさいっ!」



 怒りに任せて怒鳴り倒すと、ベニーグは言う通りに黙った。それを見届け、再び空中に目を向ける。

 しかし、ゴールデン・モナルク様は、既にノーマル・モナルク様にお戻りになられていた。


 もっと見ていたかったのに残念無念……とこみ上げかけた悔し涙と共に、私は息を呑んだ。モナルク様が、ぽとーんと地面に落下したからだ!



「モナルク様っ!」



 慌てて私は駆け寄った。

 幸い、崖の手前に落ちたから良かったものの、一歩間違えば崖下に転落して大怪我をなさるところだったわ!



「むきゅぅぅ……」



 打ち付けたお尻を自分でナデナデしながら、痛みに耐えてるモナルク様も大変尊い。

 ぎゅっと閉じた目から堪え切れず涙が溢れて、鼻水まで光らせて、さっきとは違うキラキラ感に溢れてて……コラコラ、アエスタ! 見とれてる場合じゃないでしょ!



「モ、モナルク様、大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」



 私はいそいそとポケットからハンカチを取り出し、まだ地面に蹲ったままのモナルク様に差し出した。



「よろしければお使いください。ええと、余計なお世話、かもしれませんけれど……いえあの、本当に、気が向いたらで構いませんので……使ってやってもいいかなと少しでも思われましたら……」



 モナルク様は顔を上げ、ハンカチと私を交互に見た。焦れるくらい、何度も何度も。


 少し眉毛を下げて、口を半開きにした表情は戸惑い……だったように思う。



「ふ……ふん!」



 しばらく時間をかけて思案なされた結果、モナルク様はピンクの腕を素早く伸ばし、私の手からハンカチを奪った。



 やった! ブラシに続き、ハンカチも受け取っていただけたわ!


 お尻を雑にもしゃもしゃと拭き始めたモナルク様を見ていると、胸の奥から喜びが湧き上がってくる。

 ああ……ちゃんと使ってくださっている……! ブラシは渡しただけで終わったけれど、目の前で自分のものを使っていただけるとこんなに嬉しいのね!


 私はぎゅっと自分で自分の手を握り締めた。先程ハンカチを渡す際に指先に走った、ふわほわっとした感触を改めて確かめるように。


 初めて、モナルク様に触れられた。


 ブラシの時は警戒して慎重だったせいか、毛先すら掠らなかった。なのに今日は、ぶっきらぼうに手を伸ばしてくださって……静電気かもしれないけど! ううん、静電気だっていい! モナルク様とのファーストタッチよ!


 アエスタ、今日はこの手洗わない!!




【アエスタによるモナルク様観察記録】


・人間嫌いなのに、村人達には住み良い暮らしを提供している。やっぱり優しい方なのだと思う。

・尻尾は小さくて可愛いけど、使い途は不明。

・蝶がとまるくらいだから、虫類に好かれる質?

・魔法が使える。超強い魔力をお持ちらしい。すごい。

・飛ぶ。毛に埋もれて小さい翼がある。ものすごく早く振動してたから、形までははっきり確認できなかった。

・光る。魔力を放出して輝くゴールデン・モナルク様、とても神々しい。

・ハンカチを受け取ってくれた! ほふぁっとした!



□シレンティ用ベニーグ情報□


・村では女性達にキャーキャー言われてた。本当に美形らしい。シレンティの贔屓目だと思ってた。ごめんなさい。

・モナルク様と違って、毛が微風でも動かなかった。でも髪はちょっと揺れてた。

・宮廷魔道士だったらしい。

・口ぶりから察するに、周囲の人間とはあまり良い関係ではなかったっぽい? 彼も人外だから嫌な思いをしたのかも?

・確かめたいことがどうとか言っていたけれど、何を確かめたかったのか、それが確かめられたのかは不明。



[シレンティからの追加情報]


・ブラシが完成したので精油とセットでベニーグに贈ったそうだ。

・精油とブラシの効能による変化をチェックするために必要だと言って、ベニーグの耳と尻尾を触ったんですって!

・モッサモサのゴワッゴワだったらしい。でしょうね。

・毛質もあるけど、お手入れのしすぎによる水分不足が原因だと推測していた。

・魔法障壁の修復に出かけた時、モナルク様の毛の色が変化したように見えたとか。私も前にそんな気がしたことがある。この点については要観察だわ!


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