人同士が助け合うように、人外達にも優しく接することはできないのかしら?

「わあ、すごく賑わってるわね!」

「本当ですね。こんなにもたくさんのお店があるとは」


「あっ、あれは何かしら?」

「おや、これは何でしょう?」


「あなた達、よそ見してないで付いてきなさい。迷子になったら置いていきますからね」



 浮かれてあちこちの露店を覗き込む私とシレンティを、ベニーグが冷ややかに制する。

 せっかく市場に来たのにつまんないの。ちょっとくらい寄り道したり、買い食いしたり、掘り出し物を値切りに値切ってお得にゲットしたりしたっていいじゃない。


 私達がやって来たのは、森を抜けて暫く進んだ先にある小さな村、パルウム。モーリス領では、唯一人間が暮らす地である。


 実は訪れるのは初めてじゃない。フォディーナ家の使用人達と共にモーリス邸に向かう途中、休憩がてら一度立ち寄った。


 その時は馬車から降りずにぼんやり眺めているだけだったけれど、実際に歩いてみると満ち溢れる活気を肌で感じる。通りすがる村人達は、大人も子どもも皆生き生きとしていた。


 小規模な村ではあるものの、病院や役場や教会といった施設に加え、また基礎的な学習を施す学校もある。村長という存在もいるにはいるが、大きな権力は持たず、何事もそれぞれの家の主が集まって話し合って決めるらしい。


 人が少ないからこそ、温かさと優しさに満ちた人情味に溢れている。パルウムはそんな村だった。


 中でも市場は大盛況で、多くの店に多くの人々が集まり、さながらお祭りのようだった。


 ベニーグ曰く、本日は春の大セールの開始日だという。そこで領地の視察ついでに日用品や食糧などを購入すべく、私とシレンティが手伝いに駆り出されたのだ。

 領地の様子を知るのも婚約者選考の要素の一つ、ということで。



「まあ、ベニーグ様ではありませんか!」



 外では黒のローブを羽織って耳と尻尾を隠すのが彼の定番スタイルのようだが、その格好が逆に目印になってしまっているらしい。市場に入ってしばらくもしない内に、ベニーグの周りにはわらわらとやってきた人で輪ができた。



「お久しぶりです。モーリス卿もお変わりはありませんでしょうか?」


「モーリス卿のおかげで、この冬も無事に過ごすことができました。村の者皆がいつも感謝していると、どうかお伝えください」


「モーリス卿のお好きなものでしたら、何でも持っていってくださって構いませんよ! そのくらいでしか、お礼の気持ちをお返しすることができませんから」



 口々に皆が言う。


 私は少なからず驚いた。ベニーグがこれまで見たこともない穏やか優しげスマイルで受け答えしていたからじゃない。

 モナルク様が、この村の人々にすごく慕われていると知ったからだ。

 貴族の間では恐ろしい化物呼ばわりされているのに、全くの正反対といっていいほど印象が違う。



「おや、そちらのお嬢様は」



 とここで、村人の一人が、他人のフリをしてこっそり商品を購入していた私の存在に気付いた。



 まずいわ、王太子を誑かし騙くらかした悪女(濡衣)だとバレた!?

 どどどどうしよう? こんな遠くにまで悪名が届いているのだとしたら、モナルク様にご迷惑をおかけすることになりかねない……!



「もしや、ベニーグ様の奥様でしょうか?」



 が、続いて発せられたのは、想定外の遥か彼方、明後日どころか翌々年にまですっ飛んだ見当違いも甚だしい問いだった。



「違うわよ!」

「違います!」

「違いすぎるほどに違います!」



 私、次にシレンティ、さらにベニーグと三人で盛大に全力で否定する。



「私はアエスタ・フォディーナ、モナルク様の婚約者よ!」


「正確には、婚約者候補ですね」


「候補どころか、ただ婚約者に志願しているといった段階でしょうが」



 意気揚々と自己紹介するも、シレンティとベニーグから槍のように鋭いツッコミが入れられた。



「へえ、モーリス卿もやりますね! こんなお綺麗な方が、婚約者に志願してくるとは」


「本当に何てお美しいのでしょう。まるでお人形さん……いいえ、物語に登場するお姫様のようだわ!」


「これほどの美人は見たことがない。これほどの美人が存在するなんて、目の当たりにしても信じられないほどだ。きっとモーリス卿も素敵な方なのだろうな……一度でいいからお姿を拝見したいものだ」



 皆の口ぶりから察するに、モナルク様は一度も村人達に姿をお見せしたことがないらしい。


 ふふっ、あんなに可愛らしい方だと知ったら、皆びっくりするでしょうね。

 私程度の容姿をこんなに褒めるくらいだから、モナルク様には褒め言葉の語彙力が追いつかなくて、人の言葉を忘れて脳内で語り合える能力に目覚めてしまうかも!


 お姿を思い浮かべてニヤつきかけていたら、ベニーグにじろりと睨まれた。

 はいはい、わかっていますよ。モナルク様が人外だということは、きっと皆には秘密……なのよね?


 この国では、まだ人外への偏見が強い。元々土着の人外が少なかったせいだろうと、お母さんは言っていた。

 数少ない人外は、数で勝る人間と区别された。区別は差別になり、やがて疎外へと発展し、両者は交流という手段を図るより前に断絶した。

 お母さんの話では、人外の存在などありふれていて、人外が君主となった国もあるという。しかし逆に、人外というだけで捕らえられて殺されるような地もあるのだとか。


 それに比べれば、このシニストラ国はまだ先進的な方なのだろう。偏見がある中でも、能力を見出した人外を辺境伯に任命したくらいだもの。


 でも――だからこそ、何だか釈然としない。


 皆様から大量の差し入れをいただき、買物を済ませると、我々は市場を後にした。

 屋敷に戻る道中、私はシレンティと共に大量の荷物を抱えてひいこら歩きながら、消えないモヤモヤを噛み締め続けた。


 どうして村人達にモナルク様が人外だということを隠さなくてはならないの? 王家が辺境伯に抜擢したのよ?

 むしろ堂々と胸を張って人前に出るべきだし、不服を申す者がいれば嫌なら出て行けと強気で命じてもいいはずじゃない。


 村の者達は、モナルク様の可愛らしい容姿を知らない。けれど彼らは、私の知らないモナルク様の一面を知っていた。


 それは、この地におけるモナルク様の統治者としての一面。


 ベニーグに感謝の意を述べる人々の話を隣で聞き、知ったのだ――パルウムの村人のほとんどは、貧しさから行き場を失って流れてきた者だということ。冬は凍死者が出るほど寒く、また作物も冷害で育ちにくく、気候や地質からはとても住み良いとは言い難いけれども、しかし他の地に比べると格段に税が軽いということ。

 また『魔法障壁』――恐らくベニーグが施したのだろう――という防御システムが設置されているおかげで、モーリス領と海を挟んだ隣国マルゴーからの侵略に怯える必要もないということ。


 マルゴー国とこのシニストラ国は今でこそ和平合意して均衡を保っている。けれども、ほんの十数年ほど前までは非常に緊迫した関係だったという。

 私が生まれた年にはついにマルゴーの奇襲部隊が攻め入り、シニストラの一画で戦闘が行われたそうだ。

 元近衛兵団だったお父さんが、とても辛そうな表情で話してくれたのを覚えている。お父さんはその一年前に騎士の職も実家も捨てていたから、仲間達が死と隣り合わせで戦っている中、自分だけが安全なところにいることが心苦しかったのだろう。

 あんなことが起こるとわかっていれば、もしかしたらお父さんは騎士として残る道を選択していたかもしれない。私と二人で暮らすことはなかったかもしれない。


 その戦の最前線となったのが、現在のモーリス領――つまりこの地はかつて戦火に見舞われ、万一の時は最後の砦、もしくは最初の口火を切る地となる場所なのだ。


 そのため村人にとって、モナルク様は守り神のような存在。それゆえ、崇拝に近いほどに慕われているようだ。


 なのにもし人外だと知って掌を返すようなら……モナルク様が許そうと、私が許さないわ!


 許せないのは、貴族連中もよ。あいつらはもっと質が悪いわね!


 貴族の中でも、モナルク様の手腕は認められている。けれどそれは、王家が信頼する者だという後ろ盾があってこそ。

 本音では恐ろしい人外の化物だと見下し、だからこそ罪人に等しい『不要品』を嫁にどうだと押し付けるような真似も平気でするのだ。


 …………あんまりじゃない?


 私にとっては、モナルク様に出会えたのはこの上ない幸運だ。けれど、モナルク様サイドからしたらたまったものじゃないわよね。ただでさえ人間嫌いなのに、私みたいなトラブル令嬢まで相手にしなくちゃいけないのだもの。


 人間嫌い、か。


 この国の人外は、みんな人間なんか大嫌いでしょうね……王家に能力を認められたモナルク様ですら、こんなひどい扱いを受けているのだから。

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