恐れてはいないけれど可愛すぎて恐ろしい、怖くはないけど超怖い、矛盾していても本音ですのよ!

 ランチを終えたら庭仕事だ。

 今日はベニーグに教わって、畑に新たな種を植えた。チソゲソサイとペーマンとトゥーモロコスの三種。


 ベニーグがいなくなった頃を見計らってモナルク様はまた現れ、コソモフと監視をなさっていた。



「ふぅー、チソゲソサイは植え終わったわー。次はペーマンねー。最後はトゥーモロコス、これで以上だわー」



 どんなお野菜を植えるか興味がおありのようで、モフモフと懸命に伸び縮みしてこちらを窺っていらっしゃったから、私はわざとらしく声を上げてお教えした。


 するとチソゲソサイのところでショボンと項垂れ、ペーマンのところで毛ごと萎びて膝まで付き、トゥーモロコスでシャキーンと音が聞こえそうなくらい元気なお顔になられた。


 ああもう、好みまでわかりやすくて可愛い!


 仕事を終えて、そっと立ち去っているつもりのモナルク様を見送ると、私は報告のためにベニーグのいる庭園の方へ向かった。



「ベニーグー! シレンティー! 私の方は終わったわよー!」



 蔦がアーチを描く庭園の門から、大きな声で二人を呼ぶ。ベニーグはすぐに出てきた。が、一人だ。



「おや、早かったですね」

「あれ? シレンティは?」

「ここにおります」

「ひぇっ!?」



 飛び上がって驚いた。だって、いきなり背後から声をかけられたんだもの!



「ベニーグと一緒にいたのではなかったの?」

「いいえ、私は自由時間をいただいて、別の場所で別のことをしておりました」



 さらりと答えたシレンティから、ふわりとハーブのような香りが漂う。それで私は察した。

 この時間、彼女は昨日集めたナメラカユビドオリーブを加工していたらしい。

 精油もブラシも手間がかかりそうだものね。そのためにベニーグにお願いして、時間をもらったんだろう。



「では私も、手早く水遣りをしてしまいますね。庭園から少し離れてください。びしょ濡れになりますよ」



 ベニーグの言葉に従い、私とシレンティは彼の後ろへと下がった。


 ベニーグが両腕を左右に広げて掲げる。するとじわり、と彼の身が発光し始めた。その光がふわりと上昇していく。

 そして光は水となり、キラキラ輝きながら庭園一面に降り注いだ。



「わあ……!」



 魔法みたい! と言いかけて飲み込んだ。みたい、じゃなくて魔法なのよね。



「すごーい! すごいすごいすごい! 魔法って、こんなに素敵なことができるのね! 光のダンスを見ているみたいで、とてもロマンチックだったわ! ねえ、疲れたりしないの? 疲れたら休めば大丈夫? 魔力は体力とは違うのよね? 精神力に近いの? だったら疲労回復には、美味しいものを食べるのがいいのかしら?」


「えっ……ええ。多少は疲れます、けれど、このくらいなら別に気にするほどでは」



 私が勢い込んで尋ねると、ベニーグはやや引き気味に答えた。



「……あなた、本当に恐ろしくない、のですか?」



 続いて、小さく問い返される。



「ベニーグのこと? 怒らせると面倒臭いとは思うけれど、怖いと感じたことはないわよ。あなたよりも、フォディーナ家のマナー講師の方が断然怖かったもの。魔法なんて使えないはずなのに、心臓を凍りつかされたことが何度もあるわ。それに、モナルク様のことも」



 ここで私は微笑んでみせた。

 フォディーナ家の恐ろしいマナー講師に何度も殺され何度も蘇らせられるような拷問じみた特訓で身に付けた、淑女スマイルではない。私の素の笑顔だ。



「初めて見た時から可愛らしくて、知れば知るほどさらに可愛らしくて、あんなに可愛らしい方は他にいないわ。あなたはまだ誤解しているかもしれないけれど、私は本当にあの方を恐れてなどいないの。むしろその逆……というか、もっと知りたい、もっと仲良くなりたい……というか、できればその……触れさせて、いただけたら、と……」



 どんどん顔が熱くなってくる。

 だ、だって、こんなこと、考えるだけでも恥ずかしいのに口にしたらもっと恥ずかしいじゃない!?



「おい……何故顔を赤らめた!? ふ、触れさせてほしいというのは、また良からぬ意味か!? そうか、そうなのだな!? いい加減にしろ、このふしだら淫ら乱れ咲き脳め! モナルク様はまだ十七歳なのだぞ!?」


「じゅうななさい」


「あら、アエスタ様と同じ年なのですね」


「何ー!? 貴様もまだ十七歳なのかー!? 十七歳でいかがしいことしか考えられないのかー!? そんな嫌らしい欲望など、遠吠えも届かぬ山奥にでも捨ててこいーー! できないというなら、そのエロス妄想まっしぐらなえちち頭を噛み砕いてやろうか、がぉぉん!?!」



 ベニーグ、吠える吠える吠える!


 怖くないって言っちゃったけど、ごめんなさい取り消す、これは怖いわ! 命の危機の崖っぷちだわ!


 というかベニーグったら、私の年齢すら今の今まで知らなかったのね……いえ、私もモナルク様の年齢を今の今まで知らなかったけれども!



「お待ちください、ベニーグ様」



 牙を剥いて私に迫り、今にも襲いかかりそうな彼を、シレンティがそっと呼んだ。



「何……」



 ベニーグが振り向き、言葉を言い終える前に。



「そぉーら! 取ってこぉぉーーい!」



 シレンティはテンション高らかにそう言うと、エプロンのポケットに潜めていたらしいブーメランを勢い良く森に向かって投げた。



「わおーーーん!!」



 不意打ちの遊び道具には抗えなかったようで、ベニーグが猛ダッシュで追いかけて行く。


 唖然とそれを見届け、私は隣に立つシレンティに恐る恐る尋ねた。



「あ、あんなことして大丈夫なの……? 普段のベニーグでも危険なのに、今はスーパー・アングリー状態のベニーグよ? 戻ってきたら、あなたも一緒に怒られて頭を丸かじりされるわよ?」


「大丈夫です。怒る前に、もう一度投げてやればいいだけですから。しつこく何度も繰り返せば、楽しくなってゴキゲン化するか、疲れて文句も言えなくなるかの二択しかなくなります。不機嫌になったシロジャナイも、こうして落ち着かせておりました。ですので、怒られることも頭を丸かじりされることもありません」


「な、なるほど……? それにしてもよくブーメランなんて持っていたわね?」


「ええ。先程仕上げたばかりの逸品です」



 無表情のまま冷静に答えるシレンティに、私はもう力ない吐息しか返せなかった。


 作ってたのは精油でもブラシでもなく、ブーメランだったのね。いきなり役に立ったわね……私も作ってもらおうかしら?


 それにしても、と私はシレンティの涼しげな横顔を見て、再び溜息を漏らした。


 シレンティったら、観察記録を始めてからものすごく成長したようだわ。シロジャナイをお世話した経験があるというのも強いけれど、ベニーグとうまく付き合えるようになってきたじゃない。


 すごいわ、シレンティ! 私も見習わないと!

 私だって負けていられないわ!!




■アエスタによるモナルク様観察記録■


・私のオススメブラシを受け取ってくださった!

・瞼がある。一重か奥二重かは不明。二重ではなさそう。

・手は指がなく肉球で構成されている。指に当たる部分に小さいのが五つ、掌に当たる部分に大きいのが一つ。スプーンやフォークを使えるし、かなり繊細に稼働するようだ。

・手が肉球ということは、足も……!? 見たい!!

・チソゲソサイは嫌い。ペーマンは絶望を覚えるほど無理。トゥーモロコスは大好き!



□シレンティ用ベニーグ情報□


・ベニーグの魔法すごい! 水属性魔法だと思うけど、光がキラキラ反射して幻想的だった! あれで水浴びしてみたい!

・人の言葉をやたら性的な方面に受け取って怒るけれど、それは本人がムッツリスケベなせいじゃないかしら?

・怖くないけど、今日のお怒りベニーグは怖かった。瞬間最大恐怖値はマナー講師を超えた。



[シレンティからの追加情報]


・精油は簡単にできたので、余った時間でブーメランを作ったそう。ブラシはもう少し時間がかかるみたい。

・ベニーグを観察している内に、彼は怒っている時が一番無防備なのだと発見したんですって。やっぱり観察は大事!

・掃除していたら、私のベッドにまでモナルク様の毛が付着していたとか。やったー! こっそり添い寝しちゃった気分♡

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