立てば可愛い、座れば可愛い、濡れた姿も激可愛い……でしたわ!

「むきゃっ!? ぎゃおーーん!!」



 顔を覗かせて固まる私に気付くと、ふわもこ真っ白真ん丸は悲鳴を上げた。


 この声……まさかモナルク様!?



「しっ! 失礼しもこした!!」



 慌てて私は頭を下げて、目を背け――られなかった。


 ふわもこ真っ白なのは、泡のせいだったらしい。ばしゃーん! と浴槽に飛び込んだらピンクが姿を現したから、それはわかった。

 でも問題は大きさだ。めっちゃちっちゃくなってる。


 ねえ……普通は毛が濡れたら、細くなるものじゃない? なのに身長だけ縮んで、太ましさは変わらないってどういうこと!?


 モナルク様は浴槽に体を沈めたまま、顔だけ出して、ぎゃあん! むきゃあん! と叫んでる。言語はわからないけど、必死の形相から見ないで! あっち行って! と訴えているんだろうと察せられた。

 ええ、その通りよ。淑女たる者、殿方の裸体を前にしたら逆に悲鳴を上げて顔を伏せるものだし、淑女でなくてもこういう場合はさっさと立ち去るべきよね。


 でも! だけど! それでも!


 こんなの! こんな濡れミニ可愛いモナルク様! 目で愛でずにいられる!? ガン見必至でしょーー!?


 ああ、ダメだ……可愛い。

 毛が濡れてモフモフ質感が失われても可愛い。濡れたせいか、濃くなったピンクカラーも可愛い。毛が縮んだ分、おめめやお鼻やお口が大きく見えて、可愛いお顔立ちがくっきりしてさらに可愛い。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い!!



「あーなーたーはーー! なーにーをー!! しーてーいーるーのーでーすーかーー!!!!」



 ベニーグの怒りの咆哮がクレッシェンドで近付いてくる。モナルク様の悲鳴を聞き、駆け付けてきたようだ。


 ごめんなさい、言い訳はしません。叱責だろうと罵倒だろうと、甘んじて受け止めます。

 大変に良いものを見せていただきました……アエスタ・フォディーナ、一片の悔いもありません……。




 その後はベニーグに怒声で頭を噛み砕かれるかという勢いで叱られ倒した。それはもう、叫ぶわ喚くわ怒鳴るわ吠えるわで、『無理矢理押し倒して既成事実を作ろうと狙ったか、この性欲旺盛万年発情破廉恥助平色情狂め!』ってキレ散らかしていたわ。正直、罵詈雑言の語彙情報過多で、何をどう怒られているのかわからなかったわね……。


 さらに罰として浴室の掃除を命じられたけれど、こちらとしては逆にご褒美だ。モナルク様の浸かったお湯に、触れられるんだもの!



「あったかい……」

「そうでしょうとも。お湯ですもの」


「いい匂い……」

「そうでしょうとも。ベニーグ様が厳選なさった精油と石鹸をお使いだそうですもの……はっ、そうか、そうですわ!」


「あっ、ちょっとシレンティ! まだお湯は捨てないで! モナ毛は全て取り除いたけれど、このお湯でついでに洗浄したいものがあるの!」


「アエスタ様、お願いがあります」



 強制的にベニーグとの二人きりタイムを終了させられ、おまけに連帯責任とばかりに浴室掃除を手伝わされることになったせいか、ずっと素っ気ない返事ばかりだったシレンティが急に態度を改め向き直る。



「アエスタ様は、ずっと自給自足の生活なさっていた……ということは、動植物にお詳しいのですよね?」


「うーん、どうかしら? よく食べた動植物なら名前から生態、有効な狩りの方法までわかるけれど、そうでないものは実際に食べてみないと美味しいかどうかはわからないわね」



 自室から持ってきた例のブツを残り湯でわしゃわしゃと洗いながら、私は答えた。



「ナメラカユビドオリーブはご存知ですか?」


「それなら知ってるわよ。旬は過ぎているけれど、この辺りはまだ寒いから、周りの森を探せば実を見付けられるかもしれないわ。なぁに? 好きなの? 食べたいの? でも今の時期なら私のオススメはキサマニツグミだけど? 一口食べたら木の実の世界観が一気に変わると思うけど? 探しに行ってみる?」



 綺麗になったところで振り向くと、シレンティはガクガクと首を縦に振り倒していた。



「どうかお願いします! ナメラカユビドオリーブを一緒に探してください!」



 濡れるのも構わず、床板にひれ伏して懇願する彼女に、私は溜息混じりに了承の言葉を返した。私の推しのキサマニツグミには、興味を持ってくれなかったらしい。




 シレンティのお願いを叶えるミッションは、ベニーグに森林の見回りと清掃という名目で許可をもらい、夕飯前には達成できた。


 ナメラカユビドオリーブの木はとても背が高いため、実を見付けにくい。けれど木登りして探せばいいだけなので、それほど難易度は高くなかった。


 ええ、ドレスで木登りくらい余裕よ。

 フォディーナ家の庭で遊んだ甲斐があったというものだわ。試行錯誤して、服を傷めにくい登り方もちゃんとマスターしたんですからね!


 シレンティは木の実だけでなく枝もほしいと言っていたから、何本もの木を飛び移って採集してきたわ。一本の木だけに負担をかけては、枯れてしまうかもしれないもの。


 合計十本の木の実付きの枝を渡すと、シレンティは無表情固定顔面をほんのり綻ばせるくらいに喜んでくれた。



「下から見ておりましたが、アエスタ様、本当にすごかったです。枝から枝に飛び移る姿は、まるで野猿のようでした。これまで見たどんなアエスタ様より、最高に輝いておりましたよ!」



 と、褒めてくれたけど……複雑だわー。


 私が最高に輝く姿って、木登りしてる時なの? 推し顔はぼへっと気の抜いた表情だというし、だったらモナルク様の前で木登りして、そこでぼへっと顔を披露したら、少しはときめいてくださるかなぁ……? とてもそうは思えないんだけどなぁ……?


 私の最推し木の実のキサマニツグミも運良く発見できたんだけど、そちらにはシレンティは見向きもしてくれなかった。


 見た目は人間の唇そっくりで、やたらヌメヌメした質感のせいで不気味だけれど、美味しいのに。青緑の偏光色とか、黄金と白銀のコンビカラーとか、パステルカラーのマーブルとか、色彩もカラフルで楽しいのに。




■アエスタによるモナルク様観察記録■


・お洗濯をずっとチェックしていた。潔癖なところがおありなのかも?

・シーツはツルツル素材のせいで、モナ毛があまり付いていなかった。タオルはそこそこ収穫あり。

・モナルク様は多分、かくれんぼが下手だと思う。すぐに発見する自信ある。

・濡れたら細くなるんじゃなくて、小さくなる。どういう仕組みなのかは不明。

・タオルでもしゃもしゃっと拭くだけで、すぐにモフモフに戻る。こちらもどういう仕組みなのか不明。

・ブラッシングが苦手なんだって。でも克服させる自信はある。待ってて、モナルク様!



□シレンティ用ベニーグ情報□


・家事はほぼ魔法で行っている。それもすごいことだけど、純粋に手作業でやってると思ってたから尊敬して損した気がしなくもない。

・モサゴワ毛質を気にしてる。

・モナルク様のようなフワモフに憧れているらしい。主に対する畏怖の念が度を越して見えるのは、そのせい?

・怒られるのはもう慣れたけど、今日はかなりキツかった。言葉だけで人の頭を噛み砕けそう。自称レアな何とかウルフの力か?



[シレンティからの追加情報]


・服に付いた濡れモナ毛を取ろうとしたら、少し動いただけで乾いて落ちたという。速乾性高すぎ。

・私がまだ立ち入りを許されていない庭園に、一足先にお邪魔した。驚くほどたくさんの種類の花が咲き乱れているんですって。

・ベニーグから聞き出したところによると、モナルク様は今の時期はアゲアゲ・ノリノリ・ロッケンローズの他に、ユタンポポ、ユメウツツジ、ナイストゥーミーチューリップがお好きなのだとか。

・お風呂掃除の時に、ナメラカユビドオリーブでベニーグに特製の精油とブラシを作ることを思い付いたらしい。飼っていたシロジャナイにも作ったことがあるそうで、ベニーグとは毛質も似てるんだって。

・ベニーグはシレンティに少しだけ優しくなったみたい。でも厨房への出禁は解除されていない。

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