うまくいってる仲間を見ると、嬉し羨ま妬ましいのですわ!

 次の日は、お洗濯を命じられた。


 シレンティは昨日に引き続き、お屋敷のお掃除なので別行動だ。

 ベニーグは私が侍女の彼女に仕事を丸投げするか、もしくはシレンティが主を気遣って仕事を全て請け負うのではないかと邪推し、敢えて引き離したようだ。疑り深い奴ね、そんなことしないわよ。


 洗濯なら一人でも大丈夫。お掃除と違って経験はばっちりあるから、全然余裕よ!


 モナルク様は基本的に服をお召しにならず、可愛らしいピンクのモフ毛のみでお過ごしになられている。けれどシーツやタオルといったこまごました汚れ物は毎日出るから、洗濯は毎日必須だ。


 この屋敷には、森の湧き水の一つを利用した井戸がある。おかげで水仕事に関しては、水源にわざわざ出向いたり水汲みに往復したりといった手間がかからない。


 なので洗濯物全てを確認し、付着したピンクの毛をちまちま取り除いてモナルク様のモフ毛専用袋に詰めたら、洗い場でわしゃわしゃ洗ってロープを張った干場に干すだけ。とても楽なお仕事でしたわ。


 お洗濯をしている時も、モナルク様は窓から覗いて私の動向をチェックしていた。

 ちょこもふと顔を出しては、私と目が合うとささっと隠れる。これを何度も繰り返す。悪戯っ子が遊んでるみたいで、何だか和んじゃった。行動まで可愛い!


 でも気になるのも仕方ないわよね。嫌いな人間が、ご自分の使うものを触るんですもの。ちゃんと綺麗にしているか、雑に扱っていないか、変な匂いがつかないか、心配になる気持ちはわかるわ。


 だけどね、好きの反対は無関心なのよ。嫌いでも、気にしていただけるだけで嬉しいの!


 結局お洗濯が終わるまで、ずっとピンクの影が窓辺にふわふわモフモフとチラついていた。


 ふふっ、でもモナルク様もこの洗濯物の仕上がりをご覧になれば、安心してくださると思うわ。シミ一つなく毛一本も残さず綺麗にしたもの!



 ところでベニーグは、こんなに大変な家事全てをどうやって一人でこなしているのか?



「察しが悪いですねぇ。まだ気付いてなかったのですか? はからずも一度手の内をお見せしたのですから、考えてみれば……いえ、考えなくてもわかるものだと思いますけれど? あなた、おバカなのですか? おバカなのですよね? おバカに決まってますよね?」



 洗濯を終えたと報告した時に、家事を手早くできるコツでもあるのかと思ってついでに尋ねたら、いきなりものすごくバカにされた。あーあ、聞くんじゃなかった。



「魔法ですよね?」



 答えを出し惜しみする彼に代わって教えてくれたのは、シレンティだ。


 どうやらベニーグは、お掃除もお洗濯といった家事から庭の手入れや屋敷の修繕まで、全て魔法でちゃちゃっとやっちゃってるらしい。

 魔法って、攻撃したり防御したりする武器みたいなものだと思っていたけれど、使い方次第で便利なツールにもなるのね……これも新たな発見だわ。


 お料理には火属性魔法、お掃除には風属性魔法、お洗濯には水属性魔法、庭の整備や畑の管理には土属性魔法と必要に応じて光属性魔法――言葉にするだけなら簡単だけれど、それぞれの魔法を駆使するには微細な加減を要するという。

 確かに、魔法の力が強すぎたらお料理は黒焦げになるし、お掃除にしても家具まで吹き飛ばしちゃうかもだし、弱すぎたら弱すぎたでお洗濯しても汚れは落ちないし生乾きで臭くなっちゃうしで、逆に面倒なことになりかねないものね。



「ふっ、驚いたでしょう。ほぼ全属性の魔法を使える者など、そうはいませんからね。モナルク様ほどの魔力はありませんが、細やかなコントロールに関してはこの国で右に出る者はいないと胸を張って言えますよ」



 得意気にベニーグが尻尾を躍らせて胸を張る。



「魔法のことはよく知らないけれど、あなたが素晴らしい魔法使いだということはわかったわ。全成分嫌味できてる純度100パーセントの嫌味な奴だと思っていたけれど、モナルク様のお側につくことを許されて、モナルク様の信頼を得られるだけあるわね! 性格が悪くても根性が歪んでても、モサくてもゴワくても尊敬するわ! さすがベニーグね!」



 純粋にすごいと思ったので、私は全力で褒めた。



「だーかーらーぁぁぁ……あーなーたーはーぁぁぁ……」



 なのにベニーグは低くぐるぐる唸り、そして毛を逆立て始めた。

 あら、嫌な予感……?



「一言も二言も三言も余計なんですよ! 私が気にしてることを! 気にしてることを!!」



 ベニーグが牙を剥いて掴みかかってくる。



「えっえっ!? 嫌味なところ、気にしてたの!? 大丈夫、きっと治るわ! ひねくれ曲がった性格と根性を直せばいいだけだもの!」


「そこじゃない! どうせモサゴワだよ! これでも必死にブラッシングしてるんだよ! 憧れのモナルク様みたいなフワモフを目指しているんだよぉぉぉーー!!」



 まさかのそこでしたか……。


 知らなかったとはいえ、悪いことを言ってしまったわ。

 あーあ、四つん這いになってアオンアオン泣き始めちゃった……どうしよう? またマッタイラヘビシシを探しに行くしかないかしら?



「ベニーグ様」



 シレンティがそっと彼に寄り添って、肩に手を置く。



「私にお任せくださいませんか? この一月……いえ、十日ほどで、あなたの毛質を変えてみせます」



 ベニーグがそっと顔を上げる。



「そんなことが……できるのですか?」

「できます」



 シレンティはきっぱり断言した。



「騙されたと思って、身を委ねてみてください。悪いようにはいたしません」



 シレンティの差し伸べた手に、ベニーグはそろそろと自分の手を重ねた。ベニーグ、初めてのお手である!


 良かった、おかげで泣き止んでくれたわ。安心はしたけれど、でも……シレンティに先を越されたみたいで悔しいわ!


 ああっ、私もモナルク様と手を繋いでみたい! 無理なら腕毛を一瞬でいいから触らせてほしい!



 ランチを終えて午後。


 畑の水遣りをしている私を、今日もモナルク様は木から盛大にはみ出しながら監視していた。

 恐らくベニーグは、モナルク様が何かにつけて私を尾行して行動をチェックしていることを知らないのだろう。でなければ、シレンティと一緒になって呑気に庭園のお手入れなんてしてるはずないもの。


 ええ、そうよ。モナルク様の好物が実るという大切な庭園に、私より先にシレンティが入ることを許されたの。

 ベニーグはそれについてあれこれ言い訳していたけれど、シレンティから今後の方針を聞き出したかったんでしょう。わかっていたから、うんうんと頷いておいたわ。

 知らなかったとはいえ、コンプレックスを刺激した件も悪かったと反省してるし。


 私が作業が終わるのを見届けると、モナルク様はこそこそもふもふと屋敷の中へと戻っていった。


 あんなに大きくて目立つ色をしているのに、ちょっと前屈みになって早足で移動すればバレないと思っているのよね。姿も可愛ければ行動も可愛くて、おまけに思考まで可愛い。知れば知るほど可愛いが増す……無限に湧く可愛いの泉みたいな方だわ!


 畑仕事が完了したら、奥の庭園にいるベニーグに声をかけるよう言われている。

 けれど私は庭園に向かわず、モナルク様を追うように屋敷へ戻った。シレンティにとっては幸せタイムだし、今日はベニーグも彼女と話したいだろう。だったら、できる限り二人きりの時間を長く取ってあげたい。


 というのは建前で……実はベニーグに内緒でやりたいことがあるの!


 まず自分の部屋に行き、目的の品を取ったら次は浴室へ。


 あの後、シレンティから普段どういった手入れをしているかと聞かれた際、ベニーグは私にとって貴重な情報を一つポロリと与えてくれた。

 ブラッシンガーZなベニーグと違い、モナルク様はブラッシングがとても苦手だという。毛が引っかかって痛いんだって。


 この情報を利用しない手はない。おまけに私は、非常に役立ちそうなアイテムを持っている。


 しかしそのまま渡すのはさすがに気が引けるし、モナルク様も嫌がられるだろう。そこで、綺麗に洗おうと思って浴室に来たわけだけれど…………ん? 誰かいる?


 モーリス邸には、とても大きな浴室がある。

 特に板張りの浴槽は巨大で、私が入ると両手両足をのびのび伸ばしてぷかぷか浮けるゴージャスサイズだ。井戸で洗い物をするより、残り湯を利用すれば行ったり来たりする手間が省ける。


 そう思ってやって来たのだけれど、そこに何かいるのだ。


 もわもわもこもこして真っ白くて、真ん丸い……いや、待って。あれは何? 本当に何なの!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る