悪女と魔獣〜王子に婚約破棄されて愛くるしさが過ぎる人外辺境伯の婚約者候補になったけれど、笑えるくらい心を開いてくれないので、観察記録をつけて彼の好みを探ろうと思う〜
思い立ったらよく寝てよく食べて即行動ですわ!
思い立ったらよく寝てよく食べて即行動ですわ!
大物のマッタイラヘビシシの効果はてきめんだった。
ベニーグは『取っておいたのはレジェンド級レア生物のオオマッタイラヘビシシでしたが、こちらもなかなかの大物ですし受け取ってあげなくもありませんよ』なんて言って気取っていたけれど、ものすごく喜んでいるのは一目瞭然だった。
だって、ぶんぶん尻尾振ってたもの。
ベニーグはシレンティに食事を駄目にしたことを謝り、さらに私には不眠不休では辛いだろうから今日の午後はお休みしていいとまで言ってくれた。
でもごめんなさい……優しいベニーグ、とても気持ち悪く感じた。シレンティは『やっとまともに話せた!』と喜んでいたけれど、私には嫌味なベニーグの方が安心できるわ。嫌な慣れ方したものよね。
「私達に必要なのは、相手を観察することよ」
ゴキゲン尻尾フリフリベニーグに見送られて自室に戻ると、私は早速シレンティに思い付いたことを告げた。
「狩りと同じように、相手の表情や動きをよく見て、何が好きか何が嫌いか、何をしたら喜ぶのか何をしたら怒るのかを読み取るの。それを踏まえて行動すれば、きっと相手と良い関係を築けるようになると思うわ」
「なるほど、確かに」
シレンティは頷いた。
「ベニーグ様は私のシロジャナイと同じく、察しろ君なところがおありのようですからね。またガードはシロジャナイ以上にお固いですし、お近付きになろうとしても拒絶されるばかりでした。そういうところから、観察して彼の好みを把握すれば、先程のように喜んでいただけるような行為もたくさんできるかもしれません」
そこで彼女は、私に向き直った。
「モナルク様の観察については、私もお手伝いいたします。あの方とは言葉でコミュニケーションを取ることができないのですから、些細なことも見逃してはならないと思うのです。私では大した力になれないかもしれませんが、できる限り協力いたします。ですから、アエスタ様」
不意に、シレンティの口調が和らぐ。彼女はそっと手を伸べて、私の髪を優しく撫でた。
「どうか、無理なさらないでください。とてもひどい顔をしておりますよ?」
「え……」
促されて手鏡を見れば、美しく艶やかだと愛でられたプラチナブロンドの髪はボサボサ、陶器のように滑らかだと称えられた肌はガサガサ、至極の宝石に例えられた紫の目は血走り、青黒いクマまでできている。
これはひどい……こんな顔をモナルク様に見せてしまったのかと思うと、恥ずかしくてイモ掘りで空けた穴に埋まりたくなる。
イモ掘り穴に埋める代わりに、シレンティは私の体をベッドに横たえさせた。
「仕方ありませんよ。いきなり環境が変わって、気になる方が現れて様々な感情に翻弄されて、苦手な勉強をして、一睡もなさっていないのでしょう? 加えてお食事作りに狩りまでなされば、そんなお顔になってしまうのも当然です。不安なお気持ちはわかりますが、まだ二日目です。肩肘を張って、焦らなくて良いのですよ?」
不安。
シレンティに言われて、私はやっと自覚した。
そうか、私、不安だったんだ。肩肘を張って、無理してたんだ。
「ありがとう、シレンティ。ベニーグに許可もいただいているし、少し休ませてもらうわね」
シレンティは一つ頷き、私の頭をもう一度優しく撫でてから寝室を出て行った……らしい。ドアが閉じられる音を聞く前に、私は睡魔に負けてすとーんと寝落ちていた。
「寝すぎた」
「アエスタ様、あなた、おバカですか。おバカですね。ええ、おバカでしょうとも」
シレンティが辛辣な言葉を吐きつけるのも無理はない。
寝すぎた。本当に寝すぎた。目が覚めたら、まさかの翌朝を超えてお昼ですよ。少しのつもりが、がっつりですわよ。
シレンティは何度も起こしてくれたらしいけれど、全く記憶にない。怒鳴っても駄目、揺さぶっても駄目、ついには往復ビンタまで食らわせたそうだけど、全く記憶にない。寝ぼけてたのか逆ギレしたのか、私に強烈な掌底をお見舞いされたと怒っていたけれど、全く記憶にない。
とにかく急いで身支度を整えなくては!
昼食まで逃したら、お腹が空きすぎてモナルク様の観察どころじゃなくなるわ!
大爆睡の大失態をおかしたものの、ベニーグは叱りも怒りもしなかった。ただ、『呆れ果てて物も言いたくありません』と書いてある紙を貼り付けたような顔をしていただけだ。
初めての手料理を失敗したせいか、もう食事は作らなくていいらしい。けれど、これからもモナルク様とランチをご一緒させていただいて良いと許可してくれた。
どうやら、マッタイラヘビシシの貢ぎ物が相当効いたみたいね!
「むきゅぅ……」
「ダメです! 残さずちゃんと全部食べてください! でないと夜も同じメニューにしますからね!?」
「きゅうん……」
ベニーグに叱られて、モナルク様がしょげる。ピンクのモフ毛まで萎びさせてて、とても可愛い。
モナルク様はフォウレンソウやシェロリといった緑の野菜がお嫌いのようで、お皿の端っこに避けていた。でも涙目になりながらも、ちゃんと食べきっていた。
えらいし可愛いし可愛い! さすがモナルク様ね!
午後は、庭のお手入れを教わった。
モーリス邸の周囲には森との境を区別するように低木が植えられ、裏手には小さな畑、そのさらに奥には庭園がある。庭園ではモナルク様専用のお花を育てているそうだが、残念ながら私にはまだ早いと足を踏み入れさせてもらえなかった。
シレンティには、得意の剣の腕を活かせる木の剪定を任せた。
私は畑を耕したり植物に水をやったりといった作業を行っていた――のだけれど、どうにもやりにくい。
だって、背後の木が気になって気になって。
ピンク茶色ピンクの不思議可愛いカラーになっているんだもの!
正体は、言わずと知れたモナルク様。
こっそり木に隠れて様子を見ていらっしゃるようなんだけれど、全然隠れ切れていない。あれで身を潜めているつもりなのかしら。三分の二ははみ出てるんですけれど。
そっと窺ってみれば、穏やかな春風にふよふよと桃色の毛が頼りなく揺れるのが目に映る。
この程度の微風で靡くとは……やはり毛質はとても柔らかいのね!?
ダメだ、ついつい目がそちらに向かう。モフ圧に負けて仕事するどころじゃない。
おまけにモナルク様に見られていると思うと、気を遣ってしまう。ドスい声を上げられないから動きが小さくなるし、切り落とした木に成る木の実をつまみ食いすることもできない。
あまりにも作業が捗らないから、私は一旦休憩することにしてその場を少し離れた。
が、戻ってみると次に手を付けようとしていた畑の土が、ふかふかに耕されていた。振り向くと、三色の木のピンク部分がほんのり土色に汚れている。
まさかモナルク様が、お手伝いしてくださった……? そうよ、それしか考えられないわ!
「あ……ありがとうございもふ!」
「ふんっ!」
私が感謝を伝えると、モナルク様はお返事してもふっと動いた。どうやらこちらに向けていた顔を背けたらしい。
あーあ、隠れて覗き見してるということを、すっかりお忘れになっているようね……本当に可愛らしい方だわ。
モナルク様はきっと、好意でお手伝いしてくださったんじゃない。畑や庭園に成るものはモナルク様のお食事の食材に使うそうだから、なるべく嫌いな人間の手に触れさせたくなかっただけなのだと思う。
それでも嬉しかった。だってモナルク様が、自ら私に接しようとしてくれたんですもの!
この夜は初めて、夕食も同じテーブルで摂らせていただけた。
そこでこれまた初めて、モナルク様の大好物が花だと知った。中でも今は庭園で満開を迎えているという、尖った花弁が渦を巻いたやたら主張が激しい大きな薔薇が特にお気に入りなんですって。
ちなみに花の名前は、アゲアゲ・ノリノリ・ロッケンローズというそうだ。
ベニーグがクローシュを取って、お気に入りで大好物のお花を目にした瞬間のモナルク様の表情、キラッキラという表現がピッタリ合うくらい目を輝かせて喜んでいたわ!
でも私も同席していることに気付いて、こんなだらしない顔を見せてはなめられると思ったんでしょうね。嬉しさのあまり腰を浮かせかけた状態で、「ふん!」って偉そうにふんぞり返ろうとしたせいで椅子ごとひっくり返っちゃった。
両足をピンと伸ばして仰向けに転んじゃったあの格好……思い出すだけで可愛すぎて胸が震えるわ。
それにしても好物がお花って!
一枚ずつ花弁を丁寧に剥がしてはむはむ食むって!
お花をたくさん食べてるせいで体臭がお花の香りになっちゃうって!
あの方の可愛さは限界知らず、いいえ常に進化しているわ。観察する度に、新たな可愛いを発見してしまうのだもの。
■アエスタによるモナルク様観察記録■
・お食事の際はフォークとスプーンをきちんと使い分けていた。毛に埋もれてわかりにくいけど、手には指があるのかも?
・フォウレンソウとシェロリが嫌い。でも頑張って食べる。健康志向なのかも?
・毛はとても柔らかい。微風でふよふよ動くレベル。あんなに軽そうでふわふわなのに押し迫る存在感がある。モフ圧すごい。
・畑を耕すお手伝いしてくださった! 手の部分が汚れてたようなので、器具を使わず手で土を掻いたのかな? モキュアは農耕をするというから、畑仕事は得意なのかも?
・お花が大好物。でもお花は夕食のみのご馳走で、朝昼はお野菜がメインだそうだ。でないと太り過ぎちゃうんだって。太ましくても可愛いのに。
・アゲアゲ・ノリノリ・ロッケンローズを資料室の図鑑で調べた。温度管理が難しく、綺麗に咲かせるには相応の設備が必要だとか。
□シレンティ用ベニーグ情報□
・獲物一つで簡単に機嫌良くなる。意外とチョロい。
[シレンティからの追加情報]
・モーリス邸の周辺の木は結構固いものが多いらしい。剪定バサミを分解して、二刀流で挑んだそうだ。
・ベニーグに、厨房への出入り禁止を言い渡されたとのこと。ベニーグにはチョロいにプラスして執念深いという属性も付加しておこう。
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