「嫌というほど好き」より強い気持ちを表す言葉は「嫌といって嫌う」ではないと思うの!

「……むぅん」



 胸元に白いナプキンを装着したモナルク様、とても可愛い。大きなおててに小さなカトラリーをちまっと握ったお姿も、とても可愛い。ものすごく眉根を寄せて、黒いおめめをうるうる潤ませているお顔も可愛い。



「……食べ、食べられ、食べるんですか、それ。本当に?」



 震えながら耳と尾を寝かせて、泣きそうな顔で問いかけるベニーグも、ほんの少し僅かにちょっぴり可愛くなくもない。



「ええ、そうよ。ああ、見慣れない食材があるから心配なさっているのね。先程そちらの森で入手してきたの。安心して、美味しく食べられるものばかりよ」



 シレンティがテーブルに置いた料理を示し、私はふふんと得意げに笑って席についた。


 モナルク様の前に並ぶのは、ベニーグが専用の厨房で作ったらしい料理。彩りは豊かだけれども、ほとんどサラダだ。

 モキュアは草食性――今朝方までかかって読んだ書籍で、私もその点はしっかり学んでいる。


 ベニーグは料理上手で、モナルク様の好みもばっちり把握しているはず。

 そこで私が手料理で彼を出し抜くためには何が必要か?


 そう、斬新さよ!


 というわけで。

 周囲の森で、人があまり口にしない珍味を探してきたの。わざわざ買いに行かなくても、近場で採取できる食材で美味しく楽しい料理を提供してみせれば、財政面でもお力になれることもアピールできますからね!


 そうそう、楽しいという点も大きなポイントなのよ。


 うねうね動いているのは、オドラニャオシマイタケというキノコの一種。

 紫と黄色のマーブルという不気味なカラーと火を通してもずっと動き続けるという謎めいた生態から敬遠されているし、おまけに涙が出るほど苦いんだけれど塩と砂糖を振ると何故か無味になるのよね。そこがまた意味不明で怖い、やはり有毒なのではないか、と恐れてあまり食べる人はいないそうなの。

 ずっと食べているけど、毒なんてないのにもったいない話よね。


 渦巻状に真ん中に盛ったオドラニャオシマイタケをメインに、周囲には赤と青と緑のハジメノイッポテト。

 意外と知られていないようなんだけれど、ここだと思った場所を三メートルほど掘れば結構いろんな色の芋があるのよ。今回もいい色のハジポテを入手できたわ。


 モナルク様の視線は、私の手料理に釘付けとなっている。ベニーグの顔色も大変よろしくない。


 フフン、温室令嬢と侮っていたのに、こんなにも素晴らしい料理を作れたのか! と驚いているみたいね。大成功だわ!



「モナルク様、よろしければ一口お召し上がりになります? ほらこの通り、毒など入っておりませんわ!」



 モナルク様に笑顔を向けると、私は踊り舞うオドラニャオシマイタケをフォークでぶっ千切り、赤のハジポテと共にぶっ刺して口に運んでみせた。すると適当な調味料を合わせて作った、甘しょっぱ辛いソースの芳香が広がる。


 ほ〜ら、やっぱり美味しいじゃない!


 しっかり咀嚼して飲み込んでから改めて顔を向けると、モナルク様は涙目を通り越して、えっえっと嗚咽を漏らして泣いてた。

 泣くほど召し上がりたいのかとお皿を移動させようとしたけれど、両手を前に突き出して首がもふ落ち……じゃなくて、もげ落ちそうなほど激しくモフモフモフモフと頭を横にお振りになられた。


 うぅん? これはもしかして、拒否された……?


 通訳してもらおうとベニーグを振り向くと、そちらも泣いてた。



「な、何てこと……わ、私の……取っておきの高級肉が……隠しておいたのに、何故……!」



 わなわなと震える彼の前には、シレンティの差し出した皿が。


 貯蔵庫の床下に落ちてたお肉、てっきり忘れ去られたものだと思っていたけれど、あれはこっそり取り置きしていたのね。



「取っておきだったのですね。それは良かったです。その取っておきの高級肉にお野菜と豆類と、今アエスタ様がいただいている謎キノコと謎イモを混ぜて撹拌し、焼いて乾かし、さらに細かく砕いた『カリカリ』という栄養食です。ベニーグ様はお忙しいようですが、これならば短時間でいつでもどこでもさっとお食事が摂れます。携帯も可能です」



 シレンティが淡々と告げる。けれど私には、ほんのりと彼女の頬が上気しているのがわかった。

 愛犬のお気に入りだったというお料理をその愛犬に重なる相手に振る舞うんだもの、そりゃドキドキするわよね!


 ベニーグは俯いて、はらはらと涙を零していた。


 シレンティの心意気が伝わって嬉し泣きしちゃったのね、とほっこりしかけたその時。



「こんのバカーー! 何てことをしてくれたんだーー!!」



 ベニーグの咆哮。と同時に、彼から凄まじい閃光が発せられる。


 え……今の何!?


 光に眩んだ目がやっと元の視界を取り戻すと、ベニーグの姿は既に消えていた。

 取り残されたシレンティを見ると、彼女の手にしたお皿が真っ二つに割れている。割れているだけでなく、真っ黒に焦げていた。



「……恐らく、雷属系の魔法、だと思います」



 シレンティが静かに言葉を漏らす。


 魔法……? ベニーグは魔法を使えるの!?


 慌ててテーブルを振り向くと、モナルク様もいなくなっていた。お皿は全て空になっていたので、きちんとお食事されてから立ち去ったらしい。だけど私のお料理は、そのまま残っていた。


 私とシレンティは顔を見合わせ、二人揃ってがっくりと肩を落とした。




「何がいけなかったのかしら……」



 屋敷を出て森を散歩しながら、私は溜息混じりに零した。



「シロジャナイは、あのお料理が好きだったのに……嫌というほど食べるを通り越して、嫌と言って食べなかったくらいなのに……」



 付き添うシレンティもしょんぼりと項垂れたままだ。


 うん、それは普通に嫌だったんじゃないかしら? というか黒い犬にシロジャナイという名前はあまりにも独創的すぎません? なんて突っ込みを入れられないくらい、彼女は落ち込んでいた。


 そうよね……シレンティの料理は、全力で叩き落とされたも同然だもの。拒否されただけの私より、落胆の度合いは高いわよね……。



「モナルク様のことを知ろうとしても、避けられっ放し」


「ベニーグ様にお近づきになろうとしても、逃げられっ放し」


「とにかく、オドラニャオシマイタケはお好みでないことはわかったわ」


「取り敢えず、カリカリはお気に召さなかったということは理解しました」


「それにしても…………どうする? 夕飯で挽回してみる?」



 ひとしきり、取り留めなく愚痴を言い合ってから、私はシレンティに提案してみた。



「挽回のチャンスをいただけますかね? 今の状況では、今後食事はご一緒していただけない可能性も高いかと」



 シレンティが至極もっともな意見を述べる。

 デスヨネー……はて、どうしたものか。


 モナルク様のことを知ろうと決意したまではいいけれど、どうすべきかさっぱりわからない。


 会話する機会を狙ってみてはいるものの、モナルク様はこちらの言葉は理解できてもお話しすることはできない。

 尊いモフみ溢れる可愛らしい仕草と「ふん!」とか「むきゅ!」とか「きゅい!」とかいった可愛らしい音声と表情とボディランゲージで、その時々のお気持ちを察するくらいしか私にはできない。

 モキュア同士では情報を伝え合う手段があるみたいなことが書かれていたけれど、それがどういったものなのか、人間にも理解できるものなのかは、一切記載されていなかった。


 なので、コミュニケーションを取ることがとても難しい。


 ベニーグは何らかの形で意思疎通を可能にしているようだけれど……お願いしても、私には伝授してくれそうにないわよね。



「あ」



 小さくシレンティが声を上げる。


 何だろう、と彼女の方を向くと、細い指先を木立の隙間に向けていた。

 そちらをそっと覗いてみれば、地面を埋める落葉の隙間にチラチラと陽光を跳ね返す鱗が目を射る。


 あらっ、マッタイラヘビシシじゃない! 私も滅多に見たことがないわ。この森には、あんなレアな生き物もいるのね。



「…………ベニーグ様が取っておいたというお肉、あれに似ていた気がするのです」



 こそっとシレンティが耳打ちしてきた。となると……やるしかないわね!


 私は頷き返し、ポケットに忍ばせていた縄紐を取り出した。そして手早く大きめの輪っかを作って結わえる。



「え、そんなものまで」


「レディの、いえ、人としての嗜みよ。あなたもこれからは縄くらい常備なさい」



 手短に答え、私は身を低くして獲物を見据えた。


 狩りに於いて大切なのは、相手を観察し、ここぞというチャンスを見極めて逃さないこと。

 じっと目を凝らしてよく見て、そっと耳を澄ませて音を聞き分け、鼻を利かせて匂いを、肌で空気感を、背景を装いつつ頭を働かせる。

 そうすれば、相手の行動と思考を読み取ることができる。



 ――――その瞬間、閃きが走った。



「これだ……これだわ!」



 私の声に驚いたのだろう、タイラヘビシシが落葉を散らして飛び上がる。

 厚みのない薄い体、しかし両腕を広げたくらいの長さと幅がある大物だ。その首目掛けて、私は手にした縄紐を投擲した。ヘビ特有の細い鎌首に輪が嵌る。ぐっと縄紐を引き、締め上げるも、獲物はシシらしい獰猛な激しさで暴れ狂った。



「後はお任せください」



 私が声をかけるより先に、シレンティは長い木の枝を構え、長い舌を躍らせるタイラヘビシシの頭部に鋭い突きを見舞った。


 すると何と、一気に貫通したではないか!

 騎士団の隠れナンバーワンというのは、やはり自称ではなかったらしい。



「さすがね、シレンティ」


「アエスタ様こそ、素晴らしいご活躍でした……が、ええと、どこでそういった技能を」


「嗜みよ、嗜み。生きる上での嗜みよ」



 お互いを称え合いつつ、手分けして手早く獲物を縛り上げる。と、ここで私は思い出した。



「そうよ、シレンティ! 狩りと同じなのよ!」


「何がでしょう?」


「だから、私達がこれからどうしたらいいか、よ!」



 とにかく話は帰ってからだ。

 獲物が新鮮な内にベニーグに献上して、とっととご機嫌を直していただかなくては!

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