モキュモキュアンアンするこの気持ち、恋なのかしら?

 結局、その日は図書室に閉じ込められたまま終わった。昼食と夕食はシレンティが運んでくれたのだけれど、ベニーグの手料理は朝食同様、腹が立つくらい美味しかった。


 ベニーグに頭を下げてキャインキャイン言ってクゥンクゥンと泣き付くまでして、解放してもらおうかとも考えた。だけど負けず嫌い魂が炸裂して、ほとんど維持になって睡眠時間を全部捨てて徹夜で読破した。


 想像を遥かに上回る早さで読み終えられたのは、本の量は多いものの、モキュアについての記載がどれも少なかったせいだ。ベニーグの言っていた通り、極めてレアな希少種らしい。


 おかげでモキュアなる竜の種族について、本に書かれていたことは大体は把握した……と思う。


 カーテンの隙間から漏れ入る光が、徐々に明るさを増していく。時刻を確認すると、朝食までまだ少し時間はありそうだ。

 それまでに復習がてら、本から写したメモ書きをノートにまとめようと、私はペンを走らせた。


 ――モキュア。竜種に属する生物。

 名前まで可愛い。聞くだけでハートがモキュモキュアンアンする。


 ――オスはピンク、メスはホワイトの分厚い被毛を持つ。

 カラーも可愛い。男の子はきっと照れ屋さんなのを隠したくて、女の子はきっとアナタ色に染まっちゃうピュアピュアさんが多いせいだと思う。そんな妄想だけで……ほら、可愛い。


 ――幼体は球体に近い形状で、サイズは人の両掌に乗るくらい。

 子モキュア、間違いなく超可愛い。いつまでもおててに乗せて愛で愛でする想像で、幸せになれる。


 ――王国制によく似た群れを作り、成体から最も体格豊かな者が王と王妃に選出される。居住地を定めるとほぼ移動することはなく、農耕などで食糧を確保する。

 畑を耕すピンクのモフモフ、収穫に勤しむホワイトのモフモフ、その背中に背追ったまんまるな子モフモフ……ダメ、可愛い。近くの木にでも生まれ変わって、みんながモフモフお仕事してるところをずっと眺めていたい!


 ――時折、他の群れと生活圏が被る場合もあるが、その際は境界線を話し合いで決めたり、大きな外敵に対して集まって協力し合ったりと友好的な関係を築く。

 話し合いができるってことは、意思疎通の伝達手段があるのよね? もしモキュア語というものがあるなら、必死に勉強して習得するわ!

 ああっ、私もモナルク様とお話したい! 『結婚式のドレスはどうする?』『色は絶対にあなたと同じピンクがいいわ!』『バカだなぁ、ボクのお嫁さんになって同族の仲間入りをするならホワイトだろう? これからゆっくりと、ボクの色に染めてあげるよ』……なんて、至近距離から見つめられながら言われてみたすぎる!!


 ――またモキュアは穏やかな外見のせいでおとなしい生物だと思われがちだが、竜種の中でも戦闘力がとても高い。素手による近接格闘技術だけでなく、攻撃魔法能力を生まれつき持つ強力な個体も存在し、幼いモキュア単体で巨大な古竜を倒した事例もあるという。

 可愛くて強いなんてカッコイイ! 意外な二面性にグラッときてキュンッとしてモフッと惚れちゃうやつじゃないの!


 惚れる……惚れてる、の?


 ふと湧いた自分への疑問が、ペンの手を止めた。


 モナルク様のことは、とても可愛いと思う。もっと知りたいと思うし、できるなら触れ合いたいとも思う。だけどこれって、恋なの? 今の私は、勝手に顔に惚れて勝手に婚約を申し出て勝手に捨てた王太子殿下――カロル様と同じじゃないの?


 私は恋を知らない。こんなに胸が高鳴る相手は初めてだけれど、恋を知らないからこの気持ちを恋だと断言できない。


 モキュアについての知識は、ある程度得た。でも肝心のモナルク様ご本人……ご本竜? ご本モキュア? の人となりを……竜となり? モキュアとなり? ……ええい面倒臭い! ご本人の人となりについては何一つとして知らない。


 私も、カロル様と同じことをしようとしているのかもしれない。



『君がそんな人だと思わなかったよ』



 婚約破棄を宣言した時に、私にそう吐き捨てたカロル様。


 あの方が『こんな人』だと思っていた私というのは、自分勝手な幻想で作り出したただの幻想だろう。だってカロル様は、私の外見だけを美しい美しいと褒めそやすばかりで、私個人のことは何も聞こうとしなかった。私がどんな人かを、知ろうともしてくれなかった。


 ああ……睡眠不足と疲労のせいで、思考があちこちにとっ散らかっているわ。カロル様のことなんか、思い出しても仕方ないというのに。


 進まないペンを置き、私は椅子を立った。そして背面に仰け反り、床に手を付く。

 手っ取り早く目と頭と体を覚ますには、やはりブリッジに限るわね。んん〜! 背中が伸び伸びして、気持ちいい〜! 本だらけの単調な部屋も、逆さまになると新鮮だわ〜!


 逆さま。逆さ……逆……そうか!!



「そう、そうだわ! 発想の逆転よ!」



 閃きのまま声を上げると、私は跳ね起きた。


 そうよ、カロル様を反面教師にすればいいんだわ!

 あの方がしようとしなかったことをすればいいのよ!

 種族ではなく、モナルク様ご本人のことをもっと知ればきっと……。



「この気持ちが……本当に恋かどうかも、わかる、わよね?」



 何だか気恥ずかしくて、誰もいないというのに小さな声で呟いた。自分の言葉で、頬に熱が集まる。


 わかっている。私が恋してるかどうかなんて、関係ない。たとえモナルク様が極悪非道で冷酷非情な性格であったとしても、私はフォディーナ家を救うために婚約者とならなくてはならない。それが自分の務めだ。


 わかってはいる、けれど……私は白黒つけたいの! モヤモヤしてるままじゃイヤなの!

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