神的なモフみに目が眩んでしまいましたわ!

「おや、まだいたのですか。皆様とご一緒に帰られても、こちらとしては問題ありませんでしたのに」



 屋敷に戻ろうとしたところで、庭の方から現れたベニーグに嫌味ったらしい笑みと嫌味ったらしい言葉を浴びせられた。

 が、令嬢らしく華麗にスルーする。というか、そんなものを聞いている暇などありませんのよ!



「モナルク様、おはようございもふ!」



 ベニーグの背後にそびえるモフモフ界から舞い降りしピンクのモフカワ神様に、私は満面の笑みで駆け寄った。

 しかし駆け寄って挨拶したまでは良かったけれど、そこから言葉が出てこない。


 だって、尊すぎて尊すぎて!


 二度目ともなれば多少は見慣れるかと思いきや、セカンド可愛いインパクトも絶大。お日様の下で見るモナルク様は、神がかるを通り越して神でしかなく神すぎた。

 陽光が全身の毛を柔らかに透かし、キラキラと発光させている。ふわふわほわんにキラキラピカリンが重なって、可愛いの掛け算方式。

 全成分可愛いでできているのは知っていたけれど、今や空気にまで可愛いを拡散しているのよ!? こんなの語彙力消滅するわよ!!


 モナルク様はじっと私を見て、こてんと首を傾げてから思い出したように眉毛を釣り上げて、ふん! と温もり溢れる鼻息を吐き出した。ついでに、ふさふさの胸をもふんと張る。


 やだ、キリッとした表情と厳ついポーズ、カッコいい……! カッコよくて可愛くてカッコ可愛いなんて、最高の最の高じゃないの……!



「ベニーグ様、本日のご予定をお伺いしてもよろしいでしょうか? まずはこのお二人だけでお話をし、ある程度の人となりを伝え合うべきだと私は考えておりますが、お時間は取れそうですか? ご無理なようでしたら、昼食をご一緒するというのはどうでしょうか? その際に、私もベニーグ様と互いの主についての情報を交換できたらと思うのですが、いかがでしょう? いかがでしょう!? いーかーがーでーしょーう!?」



 ここでシレンティ、ベニーグに迫り、一気に押す押す押す!

 平伏して可愛や可愛やありがたやと崇めかける身を押さえるのに必死で、何も言えず固まるばかりの私とは大違いだ。


 す、すごいわ……何てアグレッシブなの。

 そうよね、無言でもじもじしてたって、気持ちは伝わらないわよね。私もシレンティを見習って、勇気を出さなくては!



「あの……モナルク様。今日も、とても可愛い……いえ、素敵でいらっしゃいますね! ええと、朝食は何を召し上がられました? あっ、いきなり食べ物の話なんてして、はしたなかったですわね! 別に私の食い意地が張ってるとかではなくてですね、お食事がとても美味しかったのでおかわりはしましたけれども……いやこの話は置いておいて、そうだ! この辺りは森に囲まれておりますけれど、どんな木の実がとれますか? 何を隠そう、私は木の実が大好きなんですよ! これだと思う木の実を見付けたら、どんなに高い木でも登ってテイスティングするほどの木の実マイスターでって……ああ〜、また食べ物の話にぃ〜……すみません、忘れてください。こちらでは、木登りは控えますので!」



 ダメだ、話せば話すほど墓穴を掘って棺桶まで埋めて後は自分が入るだけといった状態になっていく。

 だって私、会話がどうしようもないほど下手だもの。社交の場でも、まともに話せないから微笑んで突っ立ってるしかできなかったもの。


 ほらー、モナルク様もぽかーんとお口を開けて、ちっちゃな牙を丸出しにしちゃってるじゃない。そんなお顔も可愛いから、さらに何を言えばいいかわからなくなるじゃない!


 と、ここで私は閃いた。

 そうだわ。言葉で伝えられないなら、行動で示せばいいのよ!


 モナルク様は、早くこの場から離れたいとばかりにベニーグの方を見ている。そのベニーグは、シレンティの猛攻を受けていて、モナルク様を気にかけるどころじゃない。



 …………今やらなくて、いつモフるの? 今しかないでしょ!



 恐る恐る、私はモナルク様に向かってそっと足を踏み出した。近付いて気付いたが、ふんわりと良い匂いがする。甘くて優しい、香水や化粧品とは違う穏やかで心落ち着く香り。

 可愛いと体臭まで可愛くなる、とでもいうのだろうか……!?


 そして、ゆっくりと手を伸ばし、ピンクのふわふわとした体に触れ――。



「むぎゃーっっっ!!!!」



 が、指先が届く寸前で察知されてしまった。


 奇声を発して飛び退いたモナルク様、毛をモファッと逆立ててさらにモフみがすごいことになっている。しかも、やや腰を落として両手を構えたファイティングポーズを取っている。


 そ、そうよね……いきなり触れようとするなんて淑女らしからぬ行為だったわ。いえ、それ以前の問題よ。人間だって他の生物だって、よく知りもしない相手に触られるのは嫌よね。


 ああ、モフみに目が眩んだとはいえ、やらかしてしまったわ!



「ああああなた、今モナルク様に何をしようとしていたのですか!? ままままさか、恐怖に衝き動かされて、殺られる前に殺ってしまおうと!?」



 モナルク様と同じく、耳と尻尾の毛を逆立てたベニーグが怒れる主を庇うように前に進み出てくる。



「ち、違うわ、殺る気だなんて誤解よ! 私はただその……婚約者となる第一歩として、モフッ、じゃなくて、モれ合いを、と思ったただだけで」


「触れ合いですとな!? わおーんぬ! 何とふしだらな! 衝動的な殺意の方がまだマシでしたよ! アエスタ・フォディーナ、早くもマイナス十万点です!」


「マイナス十万点? 何の話?」


「モナルク様の婚約者を選ぶに当たっての得点に決まってるでしょうが! このふしだらみだらなえちえち好色令嬢め! 色香で誘惑しようなど、モナルク様には百年早いわ! そんないかがわしい手が通用すると思ったら大間違いですよ!」



 触れるって、お色気行為扱いなんだ……?

 そしてお色気行為は、殺意より危険なんだ……? おまけに私に、じゃなくてモナルク様に早いんだ……?



「さ、モナルク様は早くお部屋にお戻りください。この者はどうやらまた恐怖のあまり錯乱してしまったようです。私がしっかりと言い聞かせておきます」



 ベニーグに促されると、モナルク様はキッと私を睨み、大きなお尻と小さな尻尾を振り振り、足早に屋敷の中へと戻っていった。まだ逆立った毛は収まっていなくて、一回りほど大きいままだ。


 ちゃんと謝れなかったことが悔やまれる。

 けれど、あの後ろ姿、怒っているとわかっていても可愛い。可愛くて可愛くて、口元が緩んじゃう……心から反省してるのに、顔がついていかない!



「……さて、アエスタ様」

「アッハイ、何でしょうか」



 垂れ落ちかかった涎をハンカチで拭き拭き、私は渋々ベニーグに目を向けた。いつの間にか、シレンティも私の側に控えている。



「あなたにはまず、モナルク様の婚約者となるための心得を指導する必要があるようですね。午後からにする予定でしたが、これより私の指示に従って勉強していただきますよ!」


「待って、ベニーグ。指導ってあなたがするの? 専属の家庭教師だとか講師の方ではなく?」



 疑問を口にすると、ベニーグは勝ち誇ったような顔で微笑んだ。



「ええ。最終的な婚約者の選定はもちろんモナルク様が行いますが、一月と定めた期間中はこの私があなたの動向を観察して点数を付け、逐一モナルク様にご報告、及びあまりにも不適切な言動行動を起こした場合は指導を担当いたします。この館には使用人など一人もおりませんので、そういった面倒事も私が請け負うしかないのです。感謝なさい」



 ここで私は、シレンティと顔を見合わせた。声は出さなかったけれど、視線で互いの言いたいことは伝え合えたと思う。



「ええと、ではお屋敷の管理はどなたが?」

「私が管理しております。お庭も私がお手入れしております」



 シレンティの問いに、ベニーグがさらりと答える。



「そ、それじゃお食事は誰が作ってるの? 後片付けとかお洗濯とかお掃除とかは……」

「私が全て担っております。自慢ではありませんが、腕前はプロ並みだと自認しております」



 私の問いに、ベニーグが自慢ではないと言いつつ自慢げに答える。


 いろいろと癇に障る男ではあるけれど……確かに辺境伯の執事の仕事から屋敷の管理、おまけに家事全般まで全てを一人でこなすなんてすごいわ。彼の指導で学ぶところはたくさんありそう。大変に癇に障る男ではあるけれども!


 私は姿勢を正し、ベニーグに向き直った。



「ベニーグ、改めてよろしくお願いしますね。立たない耳を立てなくすることも、ない尻尾を巻くことも、キャインキャインなんておバカっぽい変な声を出すこともないと断言できますけれど、精一杯頑張ります。今日の失敗を取り返し、モナルク様に婚約者として認めていただけるよう、どうか遠慮なくご指導ご鞭撻ください。そしていつかあなたにも、モーリス夫人と呼んでいただけると嬉しいわ」



 昨夜彼が吐いた捨て台詞も、ちゃんと真摯に受け止めていますよと自分なりに示したつもりだ。

 おまけに彼はまだ、私がモナルク様を恐れていると勘違いしているらしい。その点についてもやんわりと、違いますよ、私は心からあの方を可愛いと思っておりますよ、妻になる心づもりもできていますよ、と伝えたつもりだ。


 なのに。



「あーなーたーとーいーうーひーとーはーぁぁぁ……」



 唸りに近い低い声音で、ベニーグが言葉を吐く。私を見下ろす金の瞳は、暗く燃えていた。



「いちいちいちいちいちいち言動が腹立たしいんですよ! やはり噛み殺しておくべきですね! 今ここで!」



 うわ、また怒らせた! あっ、でもここにはフリスビーの代わりになりそうなものがない……!



「ご、ごめんなさいごめんなさい! そ、そうだ、キャインキャイン! ほら言いました、言いましたからどうか落ち着いて!」


「落ち着けるかー! そんな心のこもっていないキャインキャインで、この私を誤魔化せると思うなー!」


「キャインキャイン! キャインキャイン! キャインキャイン!」



 …………というわけで、一生口にすることがないだろうと思っていたのに、この時だけで何十回もキャインキャイン言わされてしまった。


 キャインキャイン叫び疲れてヘトヘトになるなんて、初めてのことだったわ……今度からは、フリスビーかボールの代わりになりそうなものをこっそり持ち歩くことにしましょう。そうしましょう。

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